国連「日本女性の権利審議」に見えるオリエンタリズムとフェミニズムの西欧中心主義
去る2月11日、国連女子差別撤廃委員会が「日本における女性の権利を審議」における議題を発表し、話題になりました。
議題の筆頭は、「性的暴力を描写したビデオ※1や漫画の販売の禁止」という実際の被害者がいない表象に関するもので、つづく項目は、「雇用:セクハラ及び妊娠・出産を理由とした違法な解雇」「『慰安婦』問題」「障がいを持つ女性の意思に反する不妊手術に対する賠償」「福島※2事故後の被災地における女性への医療・保険サービス」「年金の男女格差」「高齢女性の貧困」となっていました。見方によっては、これは、ジェンダーギャップ指数世界101位の日本において、セクハラやマタハラや女性の貧困といった実在する女性の困難をなくすことよりも、ゲームや漫画といった二次元における性暴力表象をなくすことの方が重要であるととることができます。
※1英語版ではvide games or cartoonsなので、性暴力を描写した「ゲームや漫画」となるのだが、翻訳がずさんなせいで、実在する女優を使ったアダルトビデオなども含まれるように見える。
※2原文では「福島」の「福」の字が間違っていた。ひどいものである。
実際に行われた審議では、「性的暴力を描写したビデオや漫画の販売の禁止」に関してはほとんど触れられなかったそうですが、この議題が日本人以外の国連女子差別撤廃委員によって立ち上げられたものであることは、注意しなければならないように思います。
なぜ、日本人以外の国連女子差別撤廃委員が決めた議題であることが重要なのか。それは、これがオリエンタリズムに関わる問題であるからです。
オリエンタリズムを簡単に説明すると、非西洋圏の文化を異質なもの、不気味なものとして規定する西洋中心主義的な視線を多分に孕む、「西洋から見た東洋」という表象です。言うまでもなく、ここには、非西洋の文化に対して西洋文化が先駆的で優れているという差別的な視線を孕んでいます。
西欧諸国、とりわけイギリスは、暴力や性的暴力描写への規制が厳しい国です。アダルトゲームだけでなく、ホラーゲームやアクションゲームにおいても、「子供の死体」の描写が禁止されているため、かわりに「テディベア」で表現するという文化が形成されているほどです。かの有名な「レイプレイ問題」然り、日本から輸入されるコンテンツが、そもそも国の表現規制の基準に合わないのです。
自国の表現規制基準と日本産のゲームや漫画などのコンテンツの表現に齟齬があるのであれば、輸入しない・自国の基準に合うものだけ輸入する、もしくは、自国の基準を改訂するしかありません。しかし、インターネットによって、コンテンツの鎖国をすることが極めて難しくなったこと、西欧男性が、「オリエンタリズム」の免罪符の下に日本のエロコンテンツ(二次元だけでなく、三次元もです)を利用するという問題が出ています。平たく言えば、西欧のフェミニズムスタディーズにとっては、「日本のロリショタエロ表現はオリエンタリズムの免罪符のもと西欧男性に享受されるからけしからん!」という側面があるのです。そこには、オリエンタリズムとフェミニズムの中の西欧中心主義という、多層構造の差別が生まれます。
でも、イギリスは大英博物館で『大春画展』を開催しており、日本のエロ表象に好意的じゃないか? そう疑問に思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、これこそ、オリエンタリズムをわかりやすく示す事例だったと私は捉えています。
2013年10月から2014年1月にかけて大英博物館で開催された『大春画展』では、入場者は8万8000人以上にのぼり、内6割が女性であったそうです。アンケートによると、入場者の95%が“満足”、96%が“期待以上”と回答したといいます。「人類史上、最もきわどくて素敵」(英誌・インディペンデント)、「啓示的」(英誌・タイムズ)と英国メディアからも好評で、英誌『ガーディアン』は、5段階評価で4がつけられました(過去に5は出たことがないので最高ランク)。江戸文化に詳しく、『春画 片手で読む江戸の絵』という著書もあるロンドン大学東洋アフリカ学院のタイモン・スクリーチ教授は、「春画にはレイプなどの強制的な性はまったく出てきません。好きな人と結ばれる姿が描かれているのです。だから女性にも受け入れられたのでしょう」と解説しました(GQ JAPAN 取材・文 木村正人)。が、春画には、籠屋(江戸時代の重要な交通手段)による集団強姦事件を描いた作品などもある上に、展示作品の〈蛸と海女〉(葛飾北斎)でも、北斎※本人によって「大蛸:いつぞハいつぞハとねらいすましてゐたかいがあつて、けふといふけふ、とうとうとらまへたア。(意:いつかいつかと狙っていたが、今日はとうとう捕まえたぞ)」と台詞が書き込まれており、“好きな人と結ばれる姿が描かれている”とは到底言えません。むしろ、これが“好きな人と結ばれる姿”であれば、世界中から「性犯罪」や「レイプ」といった概念が消えてしまいそうです。
※〈蛸と海女〉において北斎が名乗る画号は、「鉄棒ぬらぬら」なので、鉄棒ぬらぬら、と表記した方が良いかもしれない
また、大英博物館日本セクション長のティム・クラーク氏は、「春画は西洋化が進んだ明治以降タブーとされましたが、それを解き放つ時が来たことを実感しました」と述べている(GQ JAPAN 取材・文 木村正人)ことから、大英博物館の『大春画展』には、明確に「西洋による東洋(日本)の再発見」という意図と視点があります。
日本でタブーとされている文化を、他国の視点から捉え直すこと自体は意義あることですが、タブーとされているエロティック・アートがあるのは、なにも東洋圏に限ったことではなく、西洋圏にも、道祖神としてのヘルメス神や男根信仰と一体化されたプリアポス神をはじめ、勃起した男根が春画同様に肥大して表現されている絵画や彫刻があります。中でも、ナポリ考古学博物館の通称「秘密の小部屋」に所蔵されている、ポンペイ遺跡から発掘された大量のエロティック・アートは、西洋(キリスト教)圏ではとりわけ厳しくタブーとされている獣姦を描いた彫刻〈パーンと山羊〉などをはじめ圧巻ですが、こちらは現在でも一般公開には至っていません。
個人的には、ポンペイのエロティック彫刻や絵画は、春画同様に“きわどくて素敵”な作品群であるように思いますが、西洋圏では未だに「恥」や「タブー」と捉えられることもあるようです。西洋圏のエロティック表現を恥・タブーとしつつ、東洋圏のエロティック表現を賛美するというちぐはぐな態度があらわれるのはどうしてなのか。その根底には、非西洋の文化に対して西洋文化が先駆的で優れているという差別的な視線があるでしょう。
少し説明が長くなりましたが、西欧や国連が、「春画」をオリエンタリズムを孕む視線(春画には強姦は無いという盛大な誤読つき)によってエロティック・アートと評価する一方で、日本の現代の「性的暴力を描写したゲームや漫画」を規制しようとする態度には、西洋の発見した東洋こそが東洋であり、同時代に生きる東洋人や東洋の文化よりも、西洋にとっての東洋の価値に重きを置くという、まさしくオリエンタリズムとフェミニズムにおける西洋中心主義という、多重の差別があるのではないでしょうか。
私は、女性の人権は守られるべきであり、女性の貧困やハラスメントや性被害がなくなること、日本のジェンダーギャップが是正されることを心から願っています。であるからこそ、現実に存在する女性の困難や問題よりも先に二次元の性暴力表象を禁止することに取り組むことには異存があります。二次元の性暴力表象を根絶しなければ三次元の女性たちの人権を確立できないとも思いません。そして同時に、美術史を学ぶ者として、西洋諸国が評価・読解する日本文化こそを日本文化と捉えることには異論を唱えていきたいと思います。