中小企業経営者の年齢は、高齢化の一途を辿っています。そして事業承継の際に後継者が見つからず、廃業を選択せざるを得ないという経営者も少なくありません。これまでM&Aの水準は年間売上3億円以上など、規模の大きな企業でないと難しいイメージがありましたが、近年は中小企業のM&Aも増えています。
「我々がご紹介しているのは主に年間売上1億円前後の企業です。しかし、企業に価値があると判断できれば、規模や売り上げによらず案件化しています」
そう話すのは、完全成功報酬型で中小企業へのM&Aサービスを提供する、株式会社ビザイン代表取締役の早嶋聡史さん。
業界の第一人者である早嶋さんは、いったいどのような視点で売り手企業を見ているのでしょうか。中小企業M&Aの現状も含め、経営者のヒントになるお話を伺いました。
早嶋 聡史(はやしま さとし)
MBA取得後、横河電機株式会社の海外マーケティング部にて同社主要製品の海外市場におけるブランド戦略・中期経営計画策定に参画。退職後、株式会社ビズナビ&カンパニーを設立。戦略立案を軸に中小企業の意思決定支援業務を行う。また成長戦略や撤退戦略の手法として中小企業にもM&Aの手法が重要になることを見越し小規模のM&Aに特化した株式会社ビザインを設立。さらに、M&Aの普及活動とM&Aアドバイザーの育成を目的に一般財団法人日本M&Aアドバイザー協会(JMAA)を設立。現在は、売上規模数十億前後の成長意欲のある経営者と対話を通じた独自のコンサルティング手法を展開。著書に『頭のモヤモヤをスッキリさせる思考術』(総合法令出版)、『この1冊でわかる! M&A実務のプロセスとポイント』(中央経済社)などがある。
4割を切る「親族内承継」
――――中小企業における売り手側のM&Aニーズが増してきています。いったいどんな背景があるのでしょうか?
20年ほど前までは、中小企業の8割くらいが親族内承継をしていました。我々のような人間が出てくるというよりは、税理士さんの世界です。それが今や親族内承継の割合は4割を切っています。残る選択肢としては親族外承継となり、社内に継ぐか社外に継ぐかという2パターンに分かれます。
社内に継ぐ場合、従業員やマネジメント全員に権利と株式を譲るのが、いわゆるバイアウトです。従業員に渡せばエンプロイーバイアウト、経営陣に渡せばマネジメントバイアウトです。そして、経営権も株式も社外に渡すのがM&Aであり、私たちの扱う領域になります。
では、なぜ中小企業で親族内承継ができなくなってきているのか。「少子高齢化で経営者に子どもがいないから」だと考えられがちなんですが、今M&Aを考えている方々は、社歴でいうとだいたい30年以上経っていて、その多くに30〜40歳くらいの息子や娘がいるんです。
にもかかわらず承継ができないのは、売上規模の半分程度の負債を子どもにつがせたくないか、あるいは子どもが優秀になり過ぎて、会社に興味がなくなってしまっているかなどの理由です。
日本人ってなかなか、子どもに面と向かって「将来会社継げよ」なんて言えないんですよ。大抵は「お前は好きなことしていいよ」と話しているんですね。ですから帝王教育を受けていて、早い時期から海外に目を向けたり、あるいはテックビジネスを興したりして、気付いたら親父も「継いでほしかったな」なんて思っている。そのような経営者はかなりいますね。
多くの経営者に、M&Aの正しい知識が不足している
――――しかし一方で、親族内承継ができず売却も視野に入れるべき状況なのに、実際にはM&Aを選択肢として考えられず、廃業してしまうというケースも見られます。その理由としてどんなことが考えられますか?
まず圧倒的に多いのが、経営者に正しい知識が不足していることです。ドラマなどの影響もあり、M&Aに敵対買収やマネーゲームのようなイメージを持たれている方も多いんですね。
実際に株式が上場しているときは敵対買収できるのですが、基本的に今の中小企業は経営者がほとんど株式を握っています。ということは必ず交渉になるので、条件が悪ければその場で断ればいいんです。ですから中小企業で非上場企業であれば、100%ハッピーなM&Aになります。まずそれが理解されていません。
2つ目は、会社の価値を自分たちで勝手に判断してしまっているケースや、新聞で報道される大規模なM&Aの印象が強いために、「まさか自分たちの会社規模で売却できるわけがない」と思われていたりするケース。
しかし、マーケットが完全自由市場の場合、価値を判断するのは当然に買い手なんですよ。私たちが重要視しているのも、買い手から見て、強みや特徴があるか。つまり、投資して回収できる「何か」があるか、という基準です。
そして3つ目の理由として、売り手と買い手を介在する私たちのサービスやM&Aアドバイザーの存在がまだまだ知られていない、というのもあります。
「赤字だからダメ」では必ずしもない
――――中小企業のM&Aについて、買い手側の視点からも教えていただけますか?
近年大企業が、スタートアップや中小企業に資本を入れるケースが増えています。
というのも、例えば大企業で新規事業を立ち上げることになり、1年間、担当者ひとりを付けることになったとします。すると、ひとり当たり余裕で2000万円以上の維持費がかかるわけです。でも1年間リサーチに費やしたものの、結局スライドの資料を30枚作って「こういうのがいいんじゃないですか」で終わってしまう可能性もあり得ます。
一方、こんな企業の買収案件があったとします。商売としては数百万円くらいの赤字だけど、社員が10人いて、売り上げも2億円くらい立っていると。それが「やってみたいな」と思う事業領域だとしたら、一応買う前に、どういう経営の過ちをして数百万円の赤字を出しているのか、分かるわけじゃないですか。
そして自分がその会社の舵を切った場合、どういう風になるのか算段しますよね。そしたら数百万円は解消できて、むしろ1000万円くらいの利益が出る、あるいは自分たちになかった別の機能が手に入る、よい人材が獲得できるということになれば、それって全然おいしい話ですよね。
「赤字だから価値がない」じゃなくて、「ビジネスの中身がどうなっていますか」というのを見切れる買い手であれば、当然そこに価値を見出していきます。我々もそのような売り手企業を見つけてきて、しっかりと価値を伝えてご提供するというのを強みにしています。
引退後の体制はできているか
――――早嶋さんが売り手企業を見極める際のポイントを教えていただけますか?
定量的にこの会社規模だからダメだとか、赤字だからダメ、債務超過だからダメですよ、といった指標はありません。お話を伺いながら何かしらの価値が見出せれば、M&Aとして成り立つと感じています。
もうひとつポイントを挙げるならば、経営者が引退後の体制をちゃんと作っているかどうか。社長に全てのノウハウがついているとか、全ての営業先がついているとか、社長がいないと回らないとかっていうのは、たとえ利益が大きくても、結局その人がいないと成り立たないので、基本的にM&Aはできないのかなと思います。
一方で、それを社員やアルバイトでもこのような仕組みでできますよとか、経営者が抜けても回る仕組みが整っている企業は、案件化して価値を見出すことができると考えています。
出口戦略を考えているのであれば、経営者がやめることをはじめから考えているんですよ。理屈の世界では、経営者と会社の寿命って会社の寿命の方が長いわけでしょう。自分がいくつかでぽっくりいったときに会社はどうなっているのかを考えるのが出口戦略なんですね。
だから60代の経営者で後継者がいないというのは怠慢なんですよ。わかっていたことじゃないですか。10年前、20年前から準備をしてこなかった、経営者の責任です。
「生涯現役だ」っていう社長さんもいます。そういう方ほど全部自分でやってしまうから、結局社員が育たない。たとえ売却できたとしても、「のれん代」の価値が低くなってしまいます。
心のケアも大事な仕事
――――M&Aの交渉段階において大切なことは何でしょうか?
M&Aを進めていく際、「売却するかもしれない」という話は売却するその日まで言っちゃいけないんですね。秘書から情報が漏れて「この会社危ないかもしれない」と社員どうしで話をしていて人が辞めていって、価値が毀損されるということも十分考えられるからです。
100億円くらいのキャッシュフローを出している売り手企業だったら、みんなが競り合って価値が上がりますよ。でも、従業員が5人10人の中小企業で「社長が売りに出すかもしれない」とわかったらビビりますよね。ふらっときた銀行の担当者にうっかり話してしまい、要注意先となって資金の提供が悪くなるかもしれない。だから絶対、経営者は秘密を守らなきゃいけないんですね。
売却を検討した社長の特徴として、確実に経営から心が遠ざかるので、成績が下がるんです。今まで勢いのあった社長がなんか折れていて、「社長、なんかM&A考えているよ」って社内でなったら、「社長大丈夫か」ってことになりますよね。それがバレないようにアドバイスを差し上げます。
例えば私も、資料を送る際は社名表記のない茶封筒で送ったり、秘書や社員が絶対に見られないメールアドレスがないか尋ねたり、「この携帯電話って社長以外が触ることはないですか」と尋ねたり。「社長、誰かに話したいでしょう。でも何かあれば私に電話ください」と。信頼関係を最初に築きます。
M&Aを進めていく最初の段階では、買い手の社長と売り手の社長がトップ面談をします。そこに我々が介在して、「どうして興味を持ったのか」とか経営者の想いなどを聞きますよね。面談の後、売り手の経営者から「早嶋さん、あいついいやつだよね、息子と同じ歳だよ」なんて言われることだって多いです。
なんか去来するものがありますよね。若い頃、父親が田舎で創業して、何十年も苦労してやってきた。その企業を手放すとなると、色々ありますよね。そうした心のケアも、私たちの仕事の一部なんですよ。
文:中村洋太