野菜などの皮むきに使う「ピーラー」が進化しているという。それはもう、さまざまな調理道具に精通したプロ中のプロが舌を巻くレベルで使いやすく、かつ、機能も多様化しているそうだ。かっぱ橋道具街のとある店主などは、唐突に沸き起こったピーラームーブメントを「ピーラー2.0」あるいは「ピーラー戦国時代」と表現する。
しかし一方で、筆者の中には若干の疑いの気持ちもある。「2.0っつったって、とはいえピーラーでしょ」という見下した気持ちがないといったらウソになる。皮をむくだけの道具に、さして進化の余地があるのだろうか? 真偽を確かめるべく、専門家を訪ねた。
「ここ数年、ピーラーの進化が止まりません。切れ味や使いやすさの向上はもちろん、特定の食材専用のもの、飾り切りができるもの、さらにはもっとマニアックに用途を絞り込んだものまで、かなり多種多様です」
興奮気味に語るのは、東京浅草かっぱ橋道具街の料理道具専門店「飯田屋」の飯田結太さんだ。大正元年創業の老舗を継ぐ6代目は、あらゆる料理道具に精通したプロフェッショナルとして知られた存在である。そんな飯田さんが今、ぐいぐい推しているのがピーラー。店頭でも最前線に専用コーナーを設けるほど力を入れている。
はたして、何がそんなにすごいのだろうか? とりあえず、目ぼしいものをチョイスしてもらった。
こちら、すべてピーラーである。それぞれに特徴があるとのこと
たとえばこちら、「大根をそうめんにできるピーラー」であるという。
飯田さん(以下、敬称略)「野菜をヌードル状に切ることができるピーラーです。刺身のツマよりもさらに薄く、まさにそうめんのような柔らかい食感に仕上がりますよ。ヌードル状にした大根を電子レンジで30秒くらいチンすればさらにしなっとして、ミートソースなどを絡めるとちゃんと麺料理っぽくなります。ヘルシーですよね。大根だけでなく、にんじんやズッキーニなどでやってもいいですね」
こうした、食材をさまざまな形状に切り分けられるものが、昨今のピーラー界では1つのトレンドなのだと飯田さん。
飯田「なかでも今、売れに売れているのがワッフル型ピーラーですね。野菜にワッフルのようなギザギザの網目を付けてカットすることができます。インスタ映えや、クックパッドにレシピを投稿する際の見栄えを意識する人に重宝されているんだと思います。見た目だけでなく、ギザギザにカットすることで調味料がなじみやすくなる利点もありますね」
一方、インスタ映えとか別に必要ないという人には、超実用的なこちらのピーラーがおすすめだ。キャベツの千切りを簡単に量産することができる。
飯田「キャベツって平べったい刃だと滑ってしまうんですよ。でもこれは刃がギザギザしていて、そのギザギザの頂点にひっかけてから引き下ろすことですんなり切れる。もう、ぐんぐん切れるので気持ちいいですよ。一人前のつもりが、やたら作りすぎてしまうのがこの千切りピーラーあるあるです」
同じくギザギザ刃シリーズでいくと、こちらもすごい。トマトの薄皮をキレイにむけるピーラーだ。
飯田「トマトや桃、キウイフルーツのような皮がぶにょぶにょと柔らかい食材は、セレーションと呼ばれるギザギザの刃が付いたピーラーを使うと簡単です。トマトって湯むきするとすごく時間がかかるし、熱くて大変ですよね。これはお湯につけたりせずにそのままむけるので、トマトの形も崩れないんですよ」
ほかにも、「きんぴら専用ピーラー」や「にんじんしりしり専用ピーラー」など、さらにニッチに絞り込んだピーラーも存在する。刃の付け方1つで、きんぴら、しりしり、それぞれに最適な細さ、長さ、大きさが変わってくるというのだ。ううむ……ピーラー、奥が深いぞ。
さらに、野菜や果物だけではなく、なんと「魚をおろせる」ピーラーまであるというから驚きだ。
飯田「時代はついにここまで来ました。魚を三枚におろすためのピーラーです。三枚おろしって難しいじゃないですか。でも、これを使うと一度も魚をさばいたことがない人でもすごくきれいに三枚におろすことができます。普通のピーラーって上下の板の2枚構造なんですけど、これには下の板が付いていない。そのため、上から刃をずどんと魚に落として、骨に沿って切っていくことができるんです」
一方で、「皮をむく」という本来の用途、その機能性を極限にまで高めたピーラーもある。たとえばこちら。
驚くべきはその価格である。
なんと、2万円だ
なぜこんなに高いのか?
飯田「おそらく、最も高価なピーラーではないかと思います。でも、『これじゃなきゃダメ』っていう人が世の中にはゴロゴロいるんですよ。大根用のピーラーなんですけど、とにかく切れ味がケタ違い。特に、食品工場の人がよく買いに来られますね。工場で使う大根ってめちゃくちゃ太くて普通のピーラーでむくと大変なんですけど、こちらのピーラーは大根の丸い形状にフィットする形状になっているので、いくら太かろうと、ものの4回も引けばむけてしまう。仕事が倍速くなるので、2万円でも安いといわれますね」
想像以上に戦国時代だったピーラー界。そのうち、本マグロを解体できるピーラーとか出てきそうな勢いである。マグロの解体ショーが5秒で終わってしまう……かもしれない。
ちなみに、ほかにも飯田屋には紹介しきれないほどたくさんのピーラーがあるのだが、飯田さんはすべての使用感を実際にチェックしてきたという。
そんなピーラーマスターの飯田さんをして、「これまでに試したものの中では、これがベストです」と言わしめるのがこちら。「SELECT100 T型ピーラー」だ。
飯田「このピーラーはちょっと感動しますよ。切れ味や切った食材のみずみずしさ、食材のくっつかなさ、すべてが最高レベルです。ピーラーって昔ながらのT型と、少し斜めに刃が付いたものがあるんですが、こちらは斜めタイプです。斜めのほうが切れ味は増して、力をかけずに軽く切れるんです。なかでもこれは抜群ですね。これまで200種類以上のピーラーを試してきましたが、価格と性能を照らし合わせて最もコスパがいいのはコイツだと思います。これ1つで、じゃがいも、にんじん、大根、さらにはカボチャの皮までむけますよ」
最後に、特に気になったピーラーを購入し、実際に使い勝手を試してみた。
まずはキャベツの千切りができる、ののじ「キャベツピーラー」。
おお、これは気持ちいい!
半分にカットしたキャベツの断面に刃をあて、ぐっと下に引き下ろすだけでざくざくと千切りが量産できてしまう。
仕上がりも均一で美しい
これはとんかつ屋で出せるレベルだ。ひたすらに大量の千切りを作らなければならない新米料理人に、ぜひこれを進呈したい。
続いて、ののじ「トマトピーラーIII」。トマト薄皮用ピーラーだ。
するっと皮がはがれる。これも、えらい簡単だ
ちなみに、湯せんしていないむき身のトマトはやたらとなまめかしく、そのまま家庭の食卓に運ぶのははばかられるレベルのセクシーさだ。年頃の子供がいる家庭では、特に注意が必要である。
お次は根菜でヌードルが作れる、ののじ「糸そ~めん削り」。
これもすばらしい使い勝手。大根の断面に刃を軽くあてて引くだけでシャリシャリ削れる
こんなに繊細な細切りが、わずか30秒でできてしまう。便利すぎるだろう
なお、茹でて麺料理として食べるのもいいが、そのままメインディッシュの付け合わせにするのもいい。シャキシャキでみずみずしく、うまい。
最後に飯田さんがベストだと激賞する、貝印の「SELECT100 T型ピーラー」も試してみた。
カボチャの皮むきも、このとおり!
なるほど、確かにこいつはベストだ。最初のひとむきでわかる、別格の切れ味。硬く分厚いカボチャの皮も、簡単にするするむけてしまう。むいた面の状態も美しく、つやつやしている。果肉の部分を傷つけることなく、皮だけを繊細にこそぎとってくれるのだ。切れ味鋭く、それでいて繊細なタッチ。「できるピーラー」という感じがしてとても頼もしい。
こうなるとあの2万円ピーラーも気になるが、さすがに今回は購入を見送った。だが使ってみたい! これを使っている大根工場の方がいたら、ぜひバイトさせてください。
ともあれ、冗談ぬきで昨今のピーラーは本当にすごかった。用途ごとに何種類かそろえておけば、さらに料理が楽しくなることだろう。
【取材協力】
飯田屋
http://kappa-iida.com/
雑誌やウェブコンテンツを製作する「やじろべえ」という会社で働いています。だいたい19時に帰って22時に寝ます。https://twitter.com/noriyukienami