10月18日、東京・台東のAIベンチャー、GHELIA(ギリア)が、あるアメリカのAI系ベンチャーと提携を発表した。
提携先の企業名は、Cogitai(コジタイ)社。ディープラーニングにまつわるAI開発の重要な基礎技術の1つ、強化学習(Reinforcement learning)の先駆者の学者ら16人が集まって2015年9月に設立されたAIベンチャーだ。
・マーク・リング博士
Cogitai社CEO。継続的強化学習(Continual learning)の先駆者。学術検索Google Scholarによると、論文引用数600以上
・ピーター・ストーン博士
President & COO。テキサス大学教授。自律的に強化学習するロボットを開発し、RoboCup世界大会常勝チームを作る著名研究者。同、論文引用数2万以上
・サティンダー・シン・バベイジャ博士
ミシガン大学教授。強化学習の専門家。同、論文引用数3万以上
実はCogitai社は、ソニーと資本関係がある。2016年にソニーが出資しているのだ。
2016年にソニーが出資を公表した際のリリース文。
一方のGHELIAの出資者にも、ベンチャーキャピタルのWiLのほか、同じくソニー(ソニーCSL)も名を連ねている。GHELIAはソニーCSL所長の北野宏明氏が取締役会長を務めるなど、ソニーCSL人脈と近しい関係にある。
今回の出資は、ソニーが目をつけたアメリカの気鋭AI学者集団に、ソニーと関係があるAIベンチャーが、具体的な事業に向け提携を結んだ、という構図が見える。
AI産業界に「中国脅威論」を持ち込むのはまだ早い
代表の清水亮氏。2000年代から、いわゆるアルファブロガーとしても知られるほか、AI関連書籍も複数執筆している。
GHELIA代表の清水亮氏はドワンゴ創業期のメンバーで、IPAの未踏事業にて「天才プログラマー/スーパークリエイター」に認定されるなど、業界では気鋭のプログラマー経営者として知られる人物だ。
清水氏は2003年にUEI社を創業、その後2017年にソニーCSL、WiLとの合弁会社GHELIAを立ち上げた。GHELIA設立に前後して、ここ数年は深層学習を使ったシステム開発や実証実験(PoC)のコンサルティングなどに舵を切り、水面下で複数の大手企業とPoCを進めてきた。2018年5月にみずほFGが発表した「人工知能等を活用した事務効率化ソリューション」はその一例だ。
清水氏は今回の事業提携の取材のなかで、産業界と学術界とで「AI分野の中国脅威論」には、見立ての違いがある、と語った。
いま、世の中では、中国がAI研究にかける莫大な投資と、街角の監視カメラを使った実社会での実証などから、「AI研究において中国は有利」だという認識が一般的になりつつある。
実際、AI研究者の間では、AI関連学会に占める中国の研究者の比率の高さや、世界トップ級のAI学会に出展する中国勢の勢いと比較して、日本悲観論が根強いのも事実だ。
しかし、清水氏がベンチャーとして産業側の目線でみると、その風景は少々違うという。
清水氏「たしかに、学術界で、中国のAI研究者は存在感があります。だから、学者の先生方が脅威に感じているのは本当だと思います。ただ、“ビジネスになりうるのか”、“産業がつくれるのか”という観点からは、僕は別の見方を持っています。
単純な話、中国で開発されたAIやフレームワークをどこかの企業が使った、メジャーになった、という話を聞いたことがありますか?」
清水氏によると、確かに中国は学術分野ではすばらしい功績も持っており、中国内での実績もユニーク。しかし、その成果は、プライバシーの問題や文化的背景の観点から、中国外に輸出しづらい技術ではないか、と指摘する。
また、産業に大きな影響を及ぼす部分、例えば深層学習のフレームワークやライブラリなどの根幹技術に目を移すと、「TensorFlow」(テンソルフロー。グーグル開発)や「Keras」などのニューラルネットワークライブラリ、またそれらを支える大手クラウドベンダー(グーグルのGCP、マイクロソフトのAzure、アマゾンのAWS)など、いずれもその中心はいまだに中国ではない。
産業界の現状を冷静に見る限り、中国発祥の世界的ブレイクスルーは実際のところほとんど浸透していないのが現状ではないか、というのが清水氏の見立てだ。
「なぜこの話をしたかというと、僕は日本が、AI産業において全然戦えると思っているからです。そして、Cogitai社と組むことが、それを加速する一歩につながると考えて、戦略的パートナーシップの締結を合意しました」
グーグルについても、清水氏はユニークな持論を持つ。グーグルは傘下に世界最強の囲碁AIと名高い「AlphaGo ZERO」を作ったDeepMindを抱えている。莫大な研究予算を持つと考えられることから、グーグルが有利だ、という見方も根強い。
清水氏「DeepMindの成果は確かに素晴らしいものです。ただ、プログラマーの目線で分解して見ると、たとえばAtari社のブロック崩しの攻略で世界を驚かせた技術はDQN(Deep Q-Network)と呼ばれるものです。
では、DQNをDeepMindがゼロから発明したのか? というと、そうじゃありません。DQNの根幹部分であるQN(Q-Network)は、Q学習(Q-Learning)という強化学習技術で、これはCogitai社に所属するピーター・ダヤン博士が1990年代に発表した技術です。
言い方を変えれば、DeepMindのやったことは、古典的なアルゴリズムに深層学習を組み合わせただけとも言えます。AlphaGoに関しても、ディープラーニングと古典的なモンテカルロ木探索の組み合わせです。
実のところコアとなる学習部分そのものでは、DeepMindとは関係なく、古典的手法が使われています。古典的手法であるからには、それが深層学習と無関係に洗練されてきた強化学習の方法論があるはず。そこをたどっていくと、Cogitaiという頭脳集団に行き着いたわけです」
Cogitai社はDQNで使われているQ学習をはじめとして、機械学習の重要技術である強化学習、継続学習といった技術で世界の先頭を走る学者集団だ。
インタビューの中で、清水氏は、2017年にCogitaiが発表したゲーム攻略をするAIの論文からグラフを見せた。
Cogitai社が研究中の「DeepTAMER」というアルゴリズムで、Atari社のゲームBowlingを学習し、プレイするという論文だ。DeepMindが開発を進める「A3C」というアルゴリズムを見ると、このゲームに関しては15分程度の学習では、特に成果の変化がない。
Deep TAMERを使うと、15分ほどの学習時間で、人間のエキスパート級のプレイヤーの水準を超え始める。DeepTAMERがどんなゲームにおいても同様の成果が出せるかはわからないが、少なくとも、アルゴリズムによってここまでの違いが出るということはよくわかる。
清水氏はCogitai社のアルゴリズムを生かせる分野を「ゲーム化(数理モデル化)が可能が産業すべて」だと説明する。ゲーム化とは、処理をある種の数理モデルとして設計できる事象という意味で、例えば以下のようなものがわかりやすいという。
・デジタルサイネージ
カメラで通行客を画像解析して、ファッションや年齢、性別などからどんな広告を見せたら成果が最大化されるかを判別するAI
・コンテンツフィルター
その人に向いたコンテンツをパーソナライズして見せるAIの応用技術
・ロジスティクス最適化
ある地域の店頭で販売する商品として、何を置いたら最も売り上げが最大化するかを推定するAI
・金融分野のアルゴリズムトレード
投資判断をAIに行わせる金融AIへの応用
AIで解決すべき課題を発見し、より強いアルゴリズムをつくり、使いこなした者(企業)が勝つ —— AI業界では以前から、こう言われ続けている。
課題を見つけ、活動資金を取り付け、社会を巻き込んだ実証実験を行うにはスピードが必要だ。この点でも実は日本は有利ではないか、と清水氏は見る。
清水氏「世界一の都市人口と、課題を持つ世界的大企業・規制を判断する行政機関・資金を提供する金融機関、そして大学などの国内トップクラスの研究機関。これらが半径数十キロのタクシー距離に密集するような地域は、世界広しといえども東京くらいしかない」
強化学習のエキスパート集団であるCogitai社と、日本のベンチャーの業務提携の裏に、こうした期待を持ったストーリーがある。そう思って目を向けると、この業務提携のニュースはまた違った面白みをもって見えてくる。
(文、写真・伊藤有)