アース製薬の懺悔「いっぱい殺して、ごめん」

ゴキ・ダニ・シロアリ・ハエを弔う企業(上)

2018年10月22日(月)

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 人間の歴史は、有害生物との戦いの歴史でもある。

 マイクロソフト創業者のビル・ゲイツが率いるビル&メリンダ・ゲイツ財団は2014年、「地球上の人間は1年間に、どの動物にどれだけ殺されているか」とのレポートを公開した。

 そのランキングのトップは「カ」だった。カはマラリアやデング熱などを媒介し、年間72万5000人もの人間が命を落としているという。続いてヘビは5万人、噛まれて狂犬病などを発症するイヌは2万5000人の人類の命を奪っている。ちなみにライオンに襲われて殺される人間の数はわずか100人、サメはわずか10人である。

 日本ではあまり馴染みがないが、アフリカ原産の吸血性のハエ、ツェツェバエによる感染症では年間1万人が死亡している。近年では、ヒアリの脅威が国内で報道された。

 意外にも、小さな昆虫が人類の脅威になっているのである。

 こうした害虫から、人間社会を守っているのが、殺虫剤を手がけるメーカーである。

 実はアース製薬、大日本除虫菊、フマキラーといった大手家庭用殺虫剤メーカーや、業界団体である日本家庭用殺虫剤工業会は「虫供養」を毎年実施している。害虫の殺生を生業にしている企業ではあるが、「供養せずにはいられない」という。

 ここでは害虫を相手にした商売をする企業の供養の様子を紹介していく。供養のあり方から、日本的な経営のすがたが見えてくるはずだ。

 アース製薬は毎年12月中旬、研究所がある兵庫県赤穂市の妙道寺で虫供養を実施している。業務時間が終了すると、社員の乗り合いで寺に向かい、およそ1時間、しっかりとお勤めに参加するという。

 2017年は研究開発部員の正社員ほぼ全員にあたる約80人が参列した。本堂にはハエ、カ、ゴキブリ、マダニなどの7種の「遺影」を並べ、1人ずつ焼香をし、手を合わせる。

 同社の研究所では常に100万匹のゴキブリや1億匹以上のダニなどを飼育している。製品の改良・開発では、無数の害虫の犠牲が前提になってくる。また、殺虫剤やゴキブリ捕獲器などを消費者が使用すれば、当然のことながら多数の害虫を死に至らしめることになる。同社の虫供養では人間が安全・快適な生活を送る上で犠牲になった害虫を、広く弔いの対象としている。

 同社研究開発本部副本部長の永松孝之さんは、長年、虫供養に参列してきたひとりだ。永松さんは大学時代の専攻は魚類の研究で、実験で使用される魚類の供養を毎年実施してきた、と語る。永松さんはアース製薬に入社し、30年以上が経過するが、新入社員の時から虫供養は行われていたという。実験動物を使う理系の研究者にとって、供養はごく自然な行為だという。

 「研究所の発足時から虫供養はやっていたのではないかと思います。参加は強制ではありません。しかし、毎年、ほぼ全ての研究員が声を掛け合って参加します。研究に関わる実験用の虫への鎮魂の気持ちを込めて供養しています。エンドユーザーによる虫の駆除にまで思いを馳せているかについては、推し量ることは難しい。しかし、それでも『いっぱい殺して、ごめんなさい』という償いの気持ち、そして『(実験用の害虫の)おかげさまで商品開発ができています。商品開発がうまくいきますように』との思いは、みんなで共有しながら参加しています」

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「アース製薬の懺悔「いっぱい殺して、ごめん」」の著者

鵜飼 秀徳

鵜飼 秀徳(うかい・ひでのり)

ジャーナリスト、浄土宗僧侶

1974年、京都市生まれ。新聞記者、日経ビジネス記者、日経おとなのOFF副編集長などを歴任後、2018年に独立。「宗教と社会」をテーマに取材を続ける。正覚寺副住職、浄土宗総合研究所嘱託研究員、東京農業大学非常勤講師。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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