2018年。
仮想通貨のバブルが弾けた後にアフィリエイターやブロガーがこぞって紹介し始めたのが「ウェルスナビ」であった。
ウェルスナビは、「ロボアドバイザーが自動で運用する」という触れ込みで、機械的に運用することで「心理的な罠にはまらず継続的に資産運用することができる」と言われている。
ノーベル賞受賞者の提唱した理論に基づいた資産運用のプロセスを、テクノロジーの力で、すべて自動化しました。
富裕層など、限られた層だけが実現してきた資産作りを、スマホで手軽に始められます。
少し検索して出てきたアフィリエイターのサイトでは
「WealthNaviのアルゴリズムはノーベル賞を受賞した世界の富裕層が用いる手法をもとにしているので、素人が自分で判断して投資するよりもずっと効率よく儲けてくれます」
的なことが書かれていた。
さて、このようにアフィリエイターが必死になって「ウェルスナビ」を紹介する理由は、彼らのサイトを通じて誰かが新規口座を開設した場合、そのアフィリエイターに2,000円の報酬が入るからである。
ノーベル賞受賞者の理論とかロボアドバイザーが運用しているのは関係ない。
アフィリエイターのモチベーションの源泉は、アフィリエイト報酬が高いかどうかなのだ。
ちなみに「ノーベル賞受賞者」という響きに魅力を感じて投資したくなった人は、一度深呼吸してから、wikipediaで「ロングターム・キャピタル・マネジメント」の項目を見てほしい。
ノーベル経済学賞受賞者のロバート・マートンとマイロン・ショールズ。
ソロモン銀行の利益の半分近くを稼いでいた債権の帝王、ジョン・メリウェザー。
ファイナンス学会最高の頭脳とウォール街の伝説のトレーダー達が設立したLTCM(Long Term Captal Management)でさえ、たった数年で大損失を出して破綻してしまったのだ。
投資の世界の残酷な真実は、
「世界最高の頭脳を持ってしても、途方も無い損失を出して市場から退場してしまうことがある」
ということなのだ。
サルが適当にダーツを投げて銘柄を選んだほうが、投資のプロよりも優れた成果を出すこともある、というのがファイナンスのシュールな結論なのである。
もちろん、そこには「市場が効率的であれば」という条件がつくのだが。
ハリー・マーコビッツと現代ポートフォリオ理論
ではウェルスナビが利用している「ノーベル賞受賞者の理論」とは何か。
その理論は富裕層に限定された秘密の理論でもなんでもなく、本屋で普通に売ってる1,500円のファイナンスの本に書かれているものだった。
各資産クラスへの配分比率を決定します。
具体的な比率の算出には、1990 年にノーベル賞を受賞したハリー・マーコビッツ氏が礎を築いた現代ポートフォリオ理論に基づき、平均分散法を用います。
では「世界の富裕層が用いる手法」と言われているマルコビッツ氏の主張を元にした投資方法とはどのようなものか。
これは順に説明していくととても面倒だが、結論はとてもシンプルだ。
「投資家にとって最適なポートフォリオは、国債(安全資産)とマーケットポートフォリオを組み合わせたものである」
超シンプル。これだけ。
もうちょっと踏み込んで書くならば、現代ポートフォリオ理論に従うならば、
「もっとも効率的な投資法はインデックス・ファンドをなるべく安い手数料と運用報酬で購入して、後は何もしないで寝ていればいい」
という結論に至る。
「ポートフォリオ」とは投資家の保有する複数の銘柄をひとまとめにして表す言葉である。
マルコビッツは
「同じリスク(標準偏差)を取る場合に、そのポートフォリオよりも優れたポートフォリオが他にないこと」
を「効率的である」として、その効率的なポートフォリオが集まったものを「効率的フロンティア」と呼んだ。
リスクとは「危険」という意味ではなく、「期待リターンのブレ」という意味で使われている。
それで、「同じくらいリスクがあるならリターンが高いほうがいい」という当たり前で、上の図の点線の部分はリスクが同じでもリターンは青線の部分よりも少なくなっている。
(グラフは縦軸が「期待収益率」、横軸が「リスク」)
この青線の部分を「効率的フロンティア」と呼んだのが、現代ポートフォリオ理論の生みの親であるマルコビッツ先生だった。
リスクとリターンの観点から「最適なポートフォリオはすべてこの効率的フロンティアの上に乗っている」としたのがマルコビッツのポートフォリオ選択モデルというやつである。
説明を端折るけど、実際は推定しなければならないパラメータが多すぎて使い物にならない机上の空論だったマルコビッツのポートフォリオ選択モデルに息を吹き込んだのが、トービンやシャープといった経済学の巨人であった。
「安全資産を組み合わせたら有効フロンティアの外側に飛び出すことができるやないか...!」
上の図の真ん中の直線上にあるポートフォリオが常に最も優れているんや!
と数式で証明したのがトービン先生である。
そして、直線上のポートフォリオがどうなっているかというと、
- 国債のような安全資産
- 市場全ての銘柄を時価総額の比率で購入したもの
の組み合わせとなっているわけだ。
つまり、ウェルスナビが誇る「現代ポートフォリオ理論に基づいた分散投資」とは、
「国債とインデックスファンドを個人が受け入れられるリスクに応じて組み合わせる」
というものなのだ。
市場は効率的か
ここまで書いた「国債とインデックスファンドの組み合わせに投資する」手法が有効なのは、市場が効率的な場合である。
「市場が効率的」というのは、市場はあらゆる情報を織り込んでいて予測不可能だとか、市場に流通している全ての証券には正しい株価がついているといった意味だ。
「市場がどの程度効率的なのか」はたびたび議論されているが、さすがに「完全に効率的」だとは考えられていない。
ウェルスナビのような「ロボットアドバイザー」が素晴らしいアルゴリズムを備えている場合は、もしかしたらインデックスファンドよりも優れた成果を残すかもしれない。
凄腕のファンドマネージャーが一時的に市場平均を超える成果を挙げるように。
しかし面白いことに、そうやって凄腕のAIとか凄腕のファンドマネージャーが必死こいて競争して割安な株を買ってくれるおかげで、市場はどんどん効率的になっていって、株価が適正な水準に落ち着いてしまうのである。
手数料をちゃんと見よう
株式市場に投資するということは、リスクを取るということである。
そのリスクに対するリターンは平均して5%程度と言われている。
これをリスク・プレミアムという。
リスクを取った人へのご褒美という意味だ。
(ちなみに1928年から2013年の85年間のアメリカのリスク・プレミアムは4.62%)
少し驚いてほしい。
リスク・プレミアムはたったの5%程度なのだ。
株式市場に投資することによる期待リターンは
「国債のリターン + リスク・プレミアム5%程度」
となる。
そこから手数料を引かれるのはけっこう辛い。
だから投資家は、手数料に敏感にならなければいけない。
ウェルスナビの場合は手数料が1%とされている。
WealthNaviがお客様から受け取る手数料は、預かり資産の1%(年率・税別)のみ。
これを高いとするか安いとするかは個人の判断に任せるが、証券会社で投資信託を買った場合は、安いものだと0.1%程度のものもある。
つまり、ウェルスナビを使いたい人は自分自身にこう問うてみるのがいいかもしれない。
「ロボットが自分の許容リスクを考えてくれて、国債とインデックスファンドに資産を振り分けてくれる機能」
「月々、自動で資産の配分を調整してくれる機能」
に、預けた資産の1%の手数料を払う価値があるかどうか。
自分で判断した場合は、信託報酬0.1~0.5%程度の投資信託を選んで買うことになるのだが、と。
1%の価値があると考えるなら「ウェルスナビはお得」
価値がないならウェルスナビを使っても「手数料の分だけ損である」といえる。
ちなみに投信積立を利用する場合、
- 毎月いくらずつ積み立てるのか
- ボーナスの月に多く積み立てるか
なども自分で判断する必要がある。
所要時間は月に1〜2時間くらいかな。
関連記事:普通のサラリーマンにとって最強の資産運用は、ノーロードのインデックスファンドにドルコスト平均法で投資することだと思う。
ファイナンスの基本を学ぶ
この記事を書くために色々とファイナンスの本を復習していた。
個人的に力強くおすすめしたいのが、藤沢数希さんが2006年に書いた『なぜ投資のプロはサルに負けるのか』である。
小難しい数式は交えずに、この記事で書いてきたような理論や、その他の主要なファイナンス理論を噛み砕いて説明してくれている。
ウェルスナビに限らず、今後も投資商品は次々と産み出されるだろう。
何を買って、何を買わないかは都度自分で判断していくしかない。
『なぜ投資のプロはサルに負けるのか』はなんと、アマゾンで1円である。
1円で今後の人生で大いに役に立つフィナンシャルリテラシーを身に付けることができる。
12年前の本だが、理論はそもそも50年以上前から作られてきたもので、内容は陳腐化しているようには思えない。
ファイナンスを全く学んだことがない人のための「一歩目の本」として勧めたい。
(この記事で紹介した翌日にアマゾンを覗いてみたら、『なぜ投資のプロはサルに負けるのか』の最低価格が32円になっていた。申し訳ない)
似たような本で橘玲先生の『臆病者のための株入門』などがあるが、こちらは理論よりもエピソードの紹介が多いので、先に『なぜ投資のプロは〜』を読んでから、次の本として選ぶのがいいと思う。
ちなみに橘玲先生は個人投資家にとって最適な投資戦略は
「大暴落のタイミングを待って、ドルコスト平均法でインデックスファンドに投資すること」
としている。
- 作者: 藤沢数希
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