久しぶりにDMMOユグドラシルにアクセスしたくなったのはモモンガからの一通のメールだった。
ペロロンチーノ様、既にご存知かもしれませんが残念ながらDMMO-RPG YGDORASILがサービス終了となります。宜しければサービス終了までの一時を私達のナザリックで過ごしませんか?ギルドメンバーの皆さんに声掛けしています。私は必ず行きますのでナザリックにてお待ちしています。
「……モモンガさんらしいや」
ちょっとばかりかしこまったような、それでいて不器用ながらも心がこもった文面はモモンガそのものと言ってよいだろう。ペロロンチーノは懐かしさに暫し浸った。
――楽しかったな。
モモンガさんは真面目過ぎる所があったけど、ギルドメンバーのまとめ役をよくやってくれていたっけ。どこのモンスターを狩りに行くかで意見が別れた事も、ただただ一日中雑談してばかりいた事もあったなあ。……そういえば姉と一緒に遊んだのってユグドラシル位じゃなかったかな?
ペロロンチーノの姉、ぶくぶく茶釜はDMMO自体初体験だったので最初の内はペロロンチーノが師匠みたいなものだった。ペロロンチーノの後を懐いた子犬のようについて歩くピンク色のスライム……普段からは想像出来ない控え目な様を思い出すと今でも笑いが込み上げるのだった。
よし、久しぶりにモモンガさんと話したいし行ってみようかな、ナザリックに。
ペロロンチーノはユグドラシル最終日にナザリック地下大墳墓を訪れる事に決めた。
◇◆◇
「――あー姉えーーーえっ!やってくれたなぁー!」
ゲームにアクセスするとペロロンチーノのキャラクターがいじられていた。ユグドラシルではプレイヤーは自由に種族を選べる。ペロロンチーノは異業種のバードマンをキャラメイクしていたのだったのだが、それが消されてダークエルフの少年になっていた。
『マーレくん LV1 ダークエルフ♂』
こんなイタズラをする人物は一人しかいないだろう。犯人はすぐにわかった。おそらくは数年前まで同居していた姉のイタズラに間違いない。
とはいえ、ペロロンチーノにも非があると言える。今日の今日まで気がつかなかったのだから。
幸いデータクリスタルの余りはあるし、少しばかり必要なレベルアップ用の経験値アイテムもある。以前のものには遠く及ばないが“それなり”のキャラを作る事は可能だろう。
(――さて、どうしたものか……どうせなら全く新しいキャラクターにするのも……)
思い悩むペロロンチーノの目に落書きされたキャラクター設定画がうつった。彼が作成した階層守護者、シャルティア・ブラッドフォールンのイラストだ。
ペロロンチーノの意志に反して巨乳にされた胸を殴り書きで消されている。
(……そういえば、モモンガさんは来ているんだよな……それなら……)
ペロロンチーノはちょっとしたいたずらを思いついた。この思いつきがその後の彼を襲う災難の種になるとは、その時のペロロンチーノには全く想像出来なかった。
◇◆◇
――ナザリック地下大墳墓――ギルドマスターのモモンガは駆けていた。ギルドメンバーの誰かがログインしたというサインがあったからだ。
ログインするとまず円卓の間に姿を見せるので、いち早く迎えようとモモンガは走っていた。ギルドメンバーの誰がログインしたのかはわからないがモモンガには確信があった。
(きっとペロロンさんだな。)
ペロロンチーノとは仲が良かった。だからこそ最終日には来てほしいというモモンガの欲望かもしれないが、何故だかそう確信していた。
円卓の間の扉を開く――するとそこには一人の人影が待ち受けていた。――そこに立っていたのは――
◇◆◇
「!!」
――そこにいたのはギルドメンバーではなくNPCのシャルティア・ブラッドフォールンだった。いつもとちょっと違っていたのは真紅のボールガウンではなく漆黒のボールガウン、いや、赤でなく黒いシャルティアと言った方が適切かもしれない。
よく観察すると髪も銀髪ではなく金髪だった。
「あっはっはっはっは……ペロロンさん……」
唐突にモモンガは笑い出した。笑った。笑いすぎて涙が出てきた。考えてみたら如何にもペロロンチーノらしい悪戯だ。
シャルティアはゲート等の転移魔法がある。だからユグドラシル最終日になんらかしらのプログラムでシャルティアを円卓の間に転移させたのだろう。
まさにペロロンチーノらしいちょっとしたイタズラだった。
笑い疲れたモモンガを一抹の寂しさが襲った。そう、このイタズラは「ペロロンチーノは今日来ない」というメッセージを意味していたのだった。
モモンガは肩を落として円卓の間を後にした。
◇◆◇
モモンガが去って数分後、誰もいなくなった円卓の間にマネキン人形の様に立っていたシャルティアが大きく息を吐いた。
「……いったか……クックッククククク……アーハッハッハ!」
シャルティアは腹をよじって大笑いし始めた。
「……く、苦しい……いやあ、大成功。モモンガさん、すっかり騙されたな。」
そう、モモンガがシャルティアだと思っていたのは実はシャルティアの外装データを真似した新しいペロロンチーノ、いや、わざわざまぎわらしい名前にした、ツャルティア・ブラッドフォールソだったのだった。
(――さて、モモンガさんには後で謝るとして……せっかくだからシャルティアと並んでキャプチャーしようか……最後の記念に……)
ペロロンチーノは軽い足取りで第一階層に向かっていった。