「成る程・・・確かにいるな」
悟が〈
「これは・・・〈
「知っているのか?」
「はい、確か第三位階魔法で召喚されるモンスターです」
「第三位階・・・」
ガゼフが苦々しい表情を浮かべて呟く。ただの雑魚モンスターだと思うのだが、何か不安要素があるのだろうか?
「あの、手ごわい相手なのでしょうか?」
「ああ、相手はおそらくスレイン法国の者だ。さらにこのような戦術をとれるということは、特殊工作部隊。・・・噂に聞く六色聖典のどれかだろうな」
「特殊工作部隊!?」
「ああ、おそらくこの村を襲ったのも彼らの仲間だろう」
ガゼフはここに来るまでにも多くの村が襲われていたと語る。そのために多くの隊員を救助のために残して来ざるを得なかったこと。さらに貴族を動かされ、本来の装備を持ってこれなかったこと。
王国最強の戦士にしては装備が貧弱なのではないかと思っていたが、それは本意ではなかったようだ。そんな状況に追い込んだ貴族とやらに怒りが込み上げてくる。
(なんてやつらだ、勝手な理由で装備を制限するなんて!うちの会社にもいたなぁ、気に入らない部下には会社の設備を使わせないくそ上司が)
コピー機の使用を許されず、会議の資料を必死に手書きで用意した同僚の姿が思い出される。その上で『なにモタモタやってるんだ』だの『字が汚くて読めない』なんて難癖を付けるのだ。
自前の武具から貸し出したいところだが、自分は純
そしてガゼフが追い詰められている理由が分かった。やつらは物量戦を狙っているのだろう。こちらの数を減らしたうえで低レベルの天使を村に差し向ける。本来なら軽く蹴散らせるのだろうが、無力な村人を狙われたのならそれを守るために奔走せざるを得ない。そうして消耗させてから本命を差し向ける。
・・・これを避けるにはこちらから敵の本陣に突っ込むしかない。
「なるほど、強敵ですね」
「うむ」
悩んでいた様子のガゼフだったが、こちらに向かって問いかける
「サトル殿。良ければ雇われないか?」
「え?」
「報酬は望まれる額を約束しよう」
「いや、その・・えっと」
悟としては法国の特殊部隊なんてゲームやアニメでしか聞いたことのないような存在と戦うなんてごめんだった。正面からでは王国最強のガゼフでさえ勝ち目は薄いという。
「頼む。我らだけならともかく、作戦が終わったらやつらはこの村を再び襲うだろう。目撃者を処理するために」
先ほどのようにサトルに向かって頭を下げるガゼフ。エンリとネムの時とは違う意味で断りにくい雰囲気だ。
「う・・ぐ・・わ、わかりました」
「本当か!」
「え、ええ・・・」
かかっているのが自分の命だけだったらそれでも断っていただろう。しかしまた村が襲われるとなっては自分だけ逃げるわけにはいかない。ならばガゼフ達と一緒に戦った方が勝率が高い。―――それに
(
勝て・・るさきっと)
騎士との戦いで
期待を込めて後ろに視線を向けると、光の粒子になりながら消えていく
「・・・え?」
◆
「む、サトル殿。天使が消えていくようだが、これは?」
「や、役目を終えた・・ようです・・ね」
(ま、まずいぞ。まだ超位魔法のクールタイムが終わってない)
超位魔法は使用するほどクールタイムが長くなっていく。先ほど〈
「あ、あの。戦いについてなんですが―――」
「あれほどの天使を召喚できるサトル殿が共に戦ってくれるなら心強い。天使が役割を終えたというのはサトルどのご自身で戦われるという事ですかな?」
(やばい!このままじゃ俺が戦う事になってしまう)
先ほどと違い今度はガゼフ達がいるので自分は後衛になるだろうが、それでも戦場に立つのに変わりはない。
「い、いえ、違います。あー、私は召喚魔法が得意でして。もっと相応しいモンスターを召喚しようかと思ったんです」
言いながら何を召喚すればいいか必死に考える。〈アンデッドの副官〉は経験値を消費するのでできれば使いたくないし、一度に一体までしか作成できないので保険として温存しておきたい。
〈上位アンデッド創造〉は最大七十レベルのモンスターしか作成することができない。スキル強化して一度に二回分使用することで最大九十レベルまでのアンデッドが作成できるが、〈上位アンデッド創造〉は四回しか使用できないので二体しか召喚できない。
(・・・となるとあれしかないか)
死霊系魔法に特化した〈
〈邪神降臨〉
スキルを発動した瞬間空を影が覆う。見上げるとそこには禍々しい漆黒の球体が宙に浮いている。徐々に大きくなりながら降りてきた球体は大地に触れると弾けた。
中に満ちていた粘着質な液体が放射状に広がると、それは蠢きながら膨らみ、吹き上がるように”何か”が姿を現す。そして産声をあげるかのように鳴いた。
―――メェェェェェェ
◆ ◆ ◆
「汝らの信仰を神に捧げよ」
スレイン法国の特殊部隊”六色聖典”の一つ”陽光聖典”。彼らはガゼフ抹殺の指令を受けて作戦を遂行していた。作戦は最終局面に入り、あとはその命を摘み取るだけだ。
「では、作戦を―――」
ガゼフのいる村を見据えながら陽光聖典の隊長であるニグン・グリッド・ルーインが作戦開始を宣言しようとした瞬間”それ”は現れた。
外見は蕪に似ている。葉の代わりにのたうつ触手が何本も生え、胴体は栗立つ肉塊であり、その下には黒い蹄を持つ山羊のような足が五本生えている。
”メェェェェェェ”
胴体にはいくつか亀裂があり、粘液をだらだらと垂らす口になっている。そこから可愛らしい山羊の鳴き声が聞こえてくる。
巨大で異様な存在が太くて短い足を器用に動かして走る。それは不器用な生き物が一所懸命動いている様であり、ある意味笑ってしまう光景だったかもしれない。
それがこちらに向かってきていなければの話だが。
「全天使でやつを足止めしろ!」
隊員すべてが呆けている中、ニグンの声が響く。
「最高位天使を召喚する。時間を稼げ!」
その言葉に我に返ったかのように隊員が動き出す。目の前の化け物に対して立て続けに魔法を詠唱し、四方八方から天使が飛び掛かる。しかしどの魔法も効いている様子はなく、天使達は化け物に触れた瞬間消滅していく。
(あれは魔神!?それとも。・・・まさか〈
隊員は半ば狂乱状態に陥っている。部隊が崩壊していないのは”最高位天使”という希望があるからだ。
「現れよ!〈
ニグンが魔法封じの水晶を使用すると、周囲を爆発的な光が覆う。そこには光り輝く翼の集合体が存在していた。手には笏が握られており、それを見た隊員から喝采が上がる。
至高善の存在。それは目の前の
「〈
個人では決して到達できない領域。大掛かりな儀式を通じてのみ発動可能な第七位階魔法を選択する。
―――そして魔法が発動した。
光の柱が化け物を包み、ジュウジュウと音を上げる。〈
「・・・やったか?」
光が徐々に弱まり、消える。
―――そこには何事も無かったかのようにこちらに向かってくる化け物が存在していた。
「あ、あり・・えない・・・」
よく見ると表面が少し焦げている様に見える。効いていないわけではないようだが、”あれ”を倒すのに何回〈
それは森の木すべてを一本の剣で切り倒せと言われたようなものだ。
―――それならばまだ時間をかければできるかもしれない。しかし化け物はもう目前に迫っている。
召喚者を守ろうと
ニグン、いやすべての陽光聖典はもはやただ唖然として迫りくる化け物を見ているしかできない。再び触手が振り上げられる。
「・・・そういえば休暇が溜まっていたな。近所に新しい劇場ができたらしいから行ってみてもいいな。久しぶりに教会でミサを開くのも悪くない。子供は国の宝だからな。今の内に正しい知識を身につけさせなければ。力があってもそれを正しく扱えなければ意味がない。・・・あの忌々しい青薔薇め。やつらは人類の置かれた状況を知らないからあんな短絡的な事ができる。どちらに大義があるのかもわからぬ愚か者が」
全員が終わりを感じ取り、あきらめる。それは神の裁きを待つ哀れな罪人のようであった。
―――しかしいくら待っても終わりは訪れない。
ニグンが恐る恐る視線を上げると、そこには触手を振り上げたまま凍り付いたように動きを止める化け物の姿があった。
◆ ◆ ◆
「・・・あれ?」
「ど、どうされたサトル殿」
「えっと、ぷにっと萌えさん考案『誰でもらくらくPK術~釣り野伏せ編~』を実践したんですけど。釣りの段階で終わってしまったようで。『魔法を使おうとするやつを倒せ』って命じたんですけど”黒い仔山羊”の攻撃範囲に入ったらなぜかみんな魔法使わなくなったんで攻撃対象がいなくなっちゃったみたいです。降参したんですかね?
・・・タンクもいなかったからな。それも召喚モンスターで賄ってたのかな?やっぱり召喚魔法は応用力には優れるけど時間がかかる分対応力には劣るなあ。とっさに
元々の作戦はまず正面から”黒い仔山羊”を突撃させ、それを対処させてる間にガゼフ達が背後に回り込んで奇襲するというものだった。正直あの化け物だけでも過剰戦力だと思うのだが、サトル殿によるとあれはあくまで囮であり本命はガゼフ達だったという。
(一目見ただけでも力の差は分かるはずだが、なぜそんな事を?)
疑問を抱くガゼフの頭に、サトルが召喚した天使が消滅した時の事が思い浮かぶ。
『や、役目を終えた・・ようです・・ね』
『もっと相応しいモンスターを召喚しようかと思ったんです』
(なるほど。そういう事か)
あの天使達は人を守護するための者であり、人々の救済が役目なのだろう。
そしてあの冒涜的な獣はその逆。罪深き命を刈り取る存在なのだ。しかし彼らは抵抗を止めて己が罪を受け入れた。ならばその裁きは自分ではなく我々―――人間自身で行うべきだと言っているのだ。
「・・・感謝する。サトル殿!」
「え、あ、はい、どうも?」
その清廉な考えに感動しながらも、もしあの力が王国に振るわれたらと思うと身震いする。あの貴族たちはきっと自分の尻に火が付くまで愚かな争いを止めないだろう。
◆
その後村長の家で色々と話し合い、村を襲った騎士と降参したスレイン法国の特殊部隊はガゼフ達に連行してもらう事になった。捕虜の扱いなんて知らないのでこちらとしては大助かりだ。
話の中でどうやらこの世界はユグドラシルが現実化した物ではないというのがわかった。改めてこの世界の情報を聞くと、リ・エスティーゼ王国だのバハルス帝国だの聞いたこともない国や地域ばかりだ。魔法やスキルはそのままなので共通点はあるようだが。
(なんで言葉通じてるんだろ?)
今まで気にしてる余裕がなかったが、ガゼフを含めこの世界の住人は明らかに日本人ではないのに日本語が通じている。ユグドラシルは日本のゲームだったので言語が日本語なのはまだ分かるのだが、文字は国によって独自の物が使われているという。そんな異常な状態なのに全員それに対して疑問を抱いていないようだ。
(う~む。わかんない。まあ、いっか僥倖僥倖)
言葉が通じないならともかく、通じるなら問題ない。文字に関しては確か読解のモノクルがあったはずだから大丈夫だろう。・・・筆記はどうしよう?
話がひと段落したところでガゼフがこちらに向き直る。
「サトル殿。改めて礼を言わせてもらう」
「いいですよ。もう、何回目ですか?」
最初は恐縮していたが何度も言われたのでもう慣れてしまった。もはや律儀なガゼフに苦笑するばかりである。
「サトル殿、この感謝の気持ちは言葉で言い表せぬ程なのだ。村人や我々の命が今あるのも全て貴方のおかげだ」
顔を上げたガゼフがさらに続ける。
「それでサトル殿。もし良ければ王に会っていただけないだろうか?」
「え?」
「六色聖典の一つを捕える大活躍をされたのだ。約束の謝礼に加えて、国王陛下に謁見してもらえれば可能な限りの待遇を約束しよう」
(王って王様の事だよな?それって国で一番偉い人か!?うわ、それって平社員が会長に挨拶するようなものじゃないか)
正直勘弁して欲しい。ガゼフと会った時でもあんなに緊張したのに王様に謁見なんてしたら心臓が止まるかもしれない。――無いけど。
「頼む。サトル殿。ぜひ王国まで来て欲しい」
「ぐ・・う・・・き、機会がありましたらぜひ」
迷った末否定とも肯定ともとれるジャパニーズ営業テクニック使う。これならどっちに捉えられても穏便にこの場を切り抜けられるだろう。
「おお、そうか!ならぜひ一緒に王都まで来てくれ」
ダメでした。
仔山羊がアンデッドなのか?とか
普通に召喚できるのか?とか
そもそもエクリプスにそんなスキルあるのか?
など多数ねつ造ありましたが許して。
タイトル詐欺でニグンさん生き残ったけど、元ネタに遵守した結果です。