「メイド・イン・ジャパン神話」の理想と現実
メイド・イン・ベトナムの縫製技術には目を見張るものがありました(筆者撮影)
「メイド・イン・ジャパン」と聞くとどのようなイメージを思い浮かべるでしょうか? 腕利きの「日本人職人」が作る高品質なイメージが強いのではないでしょうか?
それはアパレル業界でも同じです。たとえば、オーダーメイドのワイシャツを、品質を落とさずにいかに低価格で高付加価値をつけて実現するかということは業界内での課題でした。
約2年前、筆者は「KEI(ケイ)」という新たなブランドを立ち上げ、販売価格と品質を両立すべく、「メイド・イン・ジャパン」のオーダーシャツを実現しようと国内の多くの工場を訪問していました。
しかし、思い描いていたものとは大きく異なる実態がそこにはありました。
外国人実習生ばかりの工場もあった
国内に大量生産できるオーダーメイドシャツ工場は10社程度あると見られます。私が視察したある国内の工場では、日本人の社長を除いたスタッフのほとんどがアジアの外国人実習生でした。
一部の「メイド・イン・ジャパン」の裏では外国人実習生が低賃金で生産している背景も少なくありません。もちろん優秀な外国人実習生は多く、それを「メイド・イン・ジャパン」と謳うことは大きな問題ではありませんが、懸念されるのは実習期間の3年が経つと必ず故郷に帰らなくてはいけない点です。ようやく技術を覚えたと思うと、すぐにいなくなってしまう。
近年アパレル業界では服が売れず、価格がつかない。売れるよう安くしたいが、「メイド・イン・ジャパン」のブランドは捨てたくないので国内生産にこだわる。
となると、低賃金で雇える外国人実習生に頼らざるをえなくなります。結果、工場の技術が蓄積されず服の品質は下がり、さらに売れなくなる……の繰り返しに陥ります。
日本のオーダーメイドシャツの工場で進行している職人の高齢化と外国人実習生の増加は、そのまま技術継承の難しさに直結します。日本のブランドは「メイド・イン・ジャパン」にこだわりすぎた結果、少数の高級品を除き、品質の維持・向上に限界をきたしています。
理想のシャツを作るためにオリジナルのパターン(シャツの設計図)を持ち込みたいと筆者が依頼したところ、作業工程が異なるから難しい。機械に頼った画一的な刺繍でなく温もりを感じられる手刺繍を実現したいといってもミシン以外の作業はできないのが実情のようです。
また、効率的にするために新たな仕組みの導入や、システムの連携を図ろうとしても現場は年配の方が多く、いまだにFAXでのやりとりが主流です。
オーダーメイドシャツの生産工場としては、一定のクオリティを納期どおりに提供するためのこれまでの仕組みはすばらしいことは事実。
その反面、オリジナリティあるものづくりをすることは難しく、多店舗展開している販売店のオーダーメイドシャツは、ブランド名を除けば同じ工場で同じように作られた、どこも似たような製品に陥りがちです。
ルールが多く、画一的で融通のきかない生産体制
ミシン以外の技術力
タグと価格だけが異なるシャツへの違和感
これらの現状に違和感を覚え、「メイド・イン・ジャパン」ではない形でのシャツ生産を模索しました。
ベトナム製を担うのはほとんどが若い女性
ベトナム・ハノイ郊外、あるオーダーメイドシャツ専用の工場があります。室内は白が基調の、パターンなど指示書が壁に並び、整理整頓が行き届いた空間ではベトナム人技術者が作業しています。
そのほとんどは若い女性です。一心不乱にシャツを縫っている様は、工場というよりまるで絵を描く大きなアトリエのような雰囲気。筆者がこのベトナムの工場と一緒にシャツを作っていく決断をしたのは2016年です。
ベトナムの工場の縫製技術は非常に高いものがあった(筆者撮影)
オーダーメイドシャツの販売価格は5000円からで、一般的な綿100%オーダーメイドシャツの価格と比べて半額程度。
日本国内工場とは変わらないクオリティを実現するための品質は妥協していません。
たとえば、「運針」と呼ばれる縫い目の細かさは、大手アパレルが販売している約8000円の一般的なオーダーメイドシャツが、3センチ以内に16カ所しか縫い目をつけていないのに対し、このベトナムでの生産工場ではオーダーメイドにもかかわらず21カ所も縫い目をつけています。
細かければ細かいほどエレガントさを演出できる分、よれやすくなり、まっすぐ縫いにくくなります。同水準の商品を国産品に求めると、大手百貨店が販売する1万5000円~1万6000円程度のブランドに匹敵します。
ベトナムへオーダーメイドシャツの生産拠点をシフトしてから、知れば知るほどオーダーメイドに向いた生産環境を整えている国でした。親日的で勤勉な国民性で、アセアン諸国のため関税が優遇される場合もある点に加え、もっとも大きいのが労働人口の若さです。国全体の平均年齢30歳(日本46歳)。
労働市場に若年層が多く、日本よりも採用に困りません。手縫いによる「ボタン付け」といった技術も、彼らに容易に継承させることができます。
ボタン付け。真上からのアングルと横からのアングル(筆者撮影)
この国は服作りにおいては長い伝統と技術を持っています。例えば、民族衣装であるアオザイ。実は、既製品の専門店は現地にほとんどありません。店を訪れても布しか置いておらず、布地から個人個人に合わせて縫うのが当たり前な、いわば「総オーダーメイド商品」なのです。家々で自前のアオザイを縫うのが当たり前の文化がつい最近まであったのです。
私たちが現在協業している工場も、元々欧米や日本のオートクチュールの生産を請け負ってきた経緯があります。
品質を担保するのであれば日本製にこだわる必要もない
ベトナムでオーダーメイドシャツの生産を進めて思うのは、「メイド・イン・ジャパン」の名前が果たしてどこまで必要なのかという点です。
縫製工場内はまるでアトリエのようだった(筆者撮影)
自動車や赤ちゃん向けの食品など生命にかかわる商品については、特にメイド・イン・ジャパンの『 安心・安全 』ブランドは世界的なネームバリューがあると思います。しかし、服について果たして消費者がそこまでこの名前にこだわりを持っているのか。
特にアパレル業界は冬の時代が続き、多店舗展開して画一的な商品を売るといった、これまでの常識は通用しなくなってきています。前述の縫い目の細かさなどに表れる「中身」にこだわった商品をコストを抑えてベトナム製で提供することもひとつの選択肢です。
モノづくり大国日本において、国産ブランドの価値が完全になくなることはないでしょう。もちろん、アパレル業界もそれは同じです。しかし、特に品質が求められるオーダーメイドの世界だからこそ、「メイド・イン・ジャパン」ブランドにこだわらない「商品自体のこだわりや魅力」こそが、求められると考えています。