オーバーロード ありのままのモモンガ 作:まがお
<< 前の話 次の話 >>
王国は二百年以上の歴史を持つ国だが、建国始まって以来となる珍事件に見舞われていた。
麻薬や人身売買など、数多くの悪質な犯罪に手を染めていた犯罪組織『八本指』。その組織の主要なメンバーとそれに関わる者たちが、王城に詰めかけて一斉に罪を自白し始めたのだ。
裏社会の犯罪組織が消えるだけならば、喜ぶべき事だったのだろう。しかし、その口から出てくるのは数多くの貴族達の名前だ。
挙げ句の果てに、王国の第一王子バルブロの名前まで出てきたのだ。
自首する者が明らかに誰かに操られている事、証拠が無い事から、一部を除き裁かれていない貴族達もいる。
王国の第一王子、バルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフも裁かれなかった一人だった。
八本指と繋がり、賄賂を受け取り私腹を肥やしていたが、証拠が無かったためお咎めは無かった。
「くそっ!! 私は王となるべき存在だぞ!! 証拠は見つからんと思うが、万が一にもアレが明るみに出たら――」
このままでは第二王子のザナックに王位を取られてしまうと、バルブロは焦った。
妹のラナーはこの件にショックを受けたのか、部屋に篭っている。
あんな奴はどうでも良いと、頭から振り払う。
「――こうなれば人々を操り王族を侮辱させたとして、その犯人を私自ら捕らえるしか…… だがそんな存在など――」
事件を起こした犯人を早々に捕らえ、抹殺する事で自らの失態を揉み消そうと考える。この際その犯人は本物でなくても構わない。
しかし、そんな都合良く犯人になれそうな存在はいない。
自分にかかれば犯人を仕立て上げる程度のことは簡単だ。
ただし、今回の件ではこれだけの事を起こせそうな存在でなければならないため、普通の平民に罪をなすりつけても周りが納得しないだろう。
「――いた。巷で話題となっているという冒険者。アンデッドを使役しているという怪しい存在ならば…… いや、この際そのアンデッドそのものでも良い」
犯人に仕立て上げるのにちょうど良い存在を見つけ、バルブロはほくそ笑んだ。
仕立て上げるまでもなく、そのアンデッドが犯人なのでバルブロ大正解である。
王国戦士長ガゼフ・ストロノーフは、カルネ村に向けて進む馬の上で、自らの行いを振り返り心を痛めていた。
八本指の関係者が王城に突撃し、自首し出すという珍事件。
またあの骨が何かやったんだろうと投げやりに考えていたが、それが思わぬ方向に進んでしまった。
恐らく八本指と関わりのあったと思われる一部の貴族が、これは王族や貴族を侮辱する許し難い犯罪であると騒ぎ出したのだ。
そこにバルブロ王子が見計らったかの様に、犯人に目星はついており重要参考人として捕らえるため、兵を貸して欲しいと言い出した。
元々、八本指と思しき者達は魔法か何かで操られており、確かに証言の信憑性は微妙なところだ。
そんな中、真の犯人を捕らえるためと言われれば、自らの子供に甘い王は断る事ができなかった。
こんな事に部下は巻き込めないと思ったガゼフは、それならば私一人で行くと言ったが、六大貴族の一人であるボウロロープ侯までもが兵を貸し出すと言い出した。
そのため、最終的にはバルブロ王子、ガゼフ、総勢5000名のボウロロープの精鋭兵団でカルネ村に向けて出撃することになった。
(ああ、俺は何をやっているんだろうな……)
村を救うべく行動した時とは違い、今のガゼフは王国の秘宝を装備している。
肉体の疲労が一切無くなる、
癒しの効果があり、常に体力を回復し続ける、
最高の硬度を持つ希少金属アダマンタイト製の鎧、
鋭利さのみを追求して、鎧すらバターの様に切り裂く程の魔化を施された魔法の剣、
一体何のために、この装備を俺は託されたのだろう。
民を救う為には使えず、民を捕らえる為に使う事になるとは…… これで平民の希望の星とは皮肉なものだ。
このままではきっとあの御仁と戦いになってしまう。バルブロ王子はきっと村ごと焼き払ってでも、件の冒険者とアンデッドを殺そうとするだろう。
敵対した時にどんな結果になるかは想像に難くない。
なんとかしたいが、ただの王の剣である私にはどうすることもできない。
村に被害が出る前に、自分が速やかに冒険者を捕縛する。
いや、我々に被害が出てしまう前にだろうか。
いったいどうすればいいのだ……
答えの出せないまま、ガゼフは馬に揺られていた。
もう少しでカルネ村に到着する頃、急に先頭集団の動きが遅くなり、馬の足が止まった。
遠くからではよく見えないが、どうやら何者かが進路を塞ぐように立っているようだ。
「王子の道を遮るとは、この無礼者っ!! 我々はその先の村にいる、大罪人をひっ捕らえに行く大事な任務の最中なのだ!! 分かったらそこを退け!!」
バルブロ王子が叫ぶが、目の前の男はまるで怯まずそこから一歩も動こうとはしない。
その尋常じゃない様子に強者の気配を感じ取ったガゼフは、殿下と周りを一度下がらせ自ら前に進み出てその男を確認する。
軽装に見えるが服の上からでも分かる程、筋肉が盛り上がり尚且つ引き締まった身体の男だ。
ボサボサの髪で顎には無精髭が生えている。
そして、その腰に有るのは一振りの刀。
「――お前は」
「ようガゼフ、久しぶりだな。こんな所で何してるんだ?」
自分が王に仕える切っ掛けとなった御前試合。その決勝で戦った男、ブレイン・アングラウスだった。
目の前の男は詳しいことは何も知らないはずだ。それでもガゼフの前に立ち塞がっている。それが正しいことだと言わんばかりの態度は、今のガゼフには羨ましい姿だった。
「――王の御命令により、あの村にいるアンデッドを使役する冒険者とそのアンデッドを、人々を操り王族を侮辱した事件の重要参考人として、連れて行く所だ……」
「あの村にそんな存在が、ね。俺は少しだけあの村に滞在させてもらっていたが、復興を頑張る普通の村だった。そもそもその御命令とやらに、お前は全く納得してないようだが……」
「私は王に剣を捧げた身。ならばどんな御命令であれ、忠義に誓って為さねばならない」
目の前の立つブレインは心底下らないと言いたげな雰囲気だ。
「そうか、かつて目指した存在が随分とちっぽけな男に見える。大層な装備を着けてるようだが、あの時の方が強そうだったぞ……」
何か決意を固めた様な表情をして、ブレインは刀を引き抜きこちらに突きつける。
「王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ!! お前に一騎討ちを申し込む!!」