「子供は汚れがない。純粋だ。」なんていうのは子供の頃を覚えていないひとの言うことです。女子小学生ほどバリエーション豊かな悪口を言う生きものはいませんし、男子小学生ほどトンボやカエルをいじめる生きものはいません。
しかし子供の頃にもっていた、視野が狭いがゆえのまっしぐら感、無鉄砲な探求心、どうでもいい細部へのこだわりや洞察力にはまぶしい思いを抱いてしまいますね。鼻くそがあれば深追いし、深海生物を網羅して暗記し、チョコボールのくちばしはハズレでも執念深く集めまくり、母親の毛穴の一つ一つをじっくりと観察して感想を述べ、ねこやなぎを鼻に詰めてみたら取れなくなって病院送りになっていたあの頃。
なんでこんなに子供時代を懐かしんでいるかと言うと、こんなブツを発掘してしまったのです。
『五日間でねこになれよう』 年齢オブジョイトイ(8才)編・著
これ、実家のベッドの下から出てきました。「え、これなんだっけ」と思ったんですが、どうやら小学二年生のときの宿題のようです。なんで我々はこんなに過去のことを忘れてしまうんでしょうね。
まずこれ、表紙からすごいですよね。猫三体いますから、ご本猫に加えてダメ押しで、もう一体割とリアルなタッチで描き込まれていて味な表紙です。そしてサイドにカラフルな★のマークが描き込まれているのも女子小学生っぽさがあってよいです。
余裕の表情。年相応のイラストですが、鼻のラインと顔の骨格にささやかなこだわりと感じます。
そしてこのご本猫、ももちゃんという名前でした。実はオスなのですが家族全員がなぜかメスだと思い込んでノリノリで名づけたんです。父だけは「こいつ…どことなく仲村トオルあたりに似てないか?」とずっと言っていましたが。
のっけから注意事項が記載されています。
このせつめい書を読めばあなたも五日間でねこになれることができます。まず次の二つのことをまもってください。
- しっぽにさわると、いやがるのでさわらない。
- ひっかいたりかじったりしたらしかる。
かなり猫初心者向けの本のようです。「五日間でなれる」って、どこでそんなTOEICの本みたいな手法覚えたんでしょう。
そしてページをまたがずにまたこいつが出現。白目の少なさが青鬼を思わせないこともないです。「これだったらわりとうまく描ける!」という年齢オブジョイトイ氏のささやかな自信がうかがえます。
もくじ
①道具を用意しよう。(一日目)
②エサをあげよう。(二日目)
③ねこをだいてみよう(三日目)
④じゃらしてみよう。(四日目)
⑤にわへ出してみよう。(五日目)
一日目にはエサをあげず、三日目にしてようやく抱っこするという猫にとっては大変ハードなスケジュールになっております。
猫だけの中央フリーウェイ。よそ見上等大爆走。
それではさっそく五日間で猫とお近づきになれるとのことなので読んでいってみましょう。
①道具を用意しよう
まずねこをかうのに大切な、つめとぎ、キャットフード、ねこ用のトイレ、トイレ用の砂、くびわを用意する
※首わをきつくしめすぎないように
まさかのつめとぎが最重要項目として登場。そんなに大事か?キャットフードやトイレの砂の袋に、さりげなく猫のイラストが描かれているのが小憎らしいです。
そして「※首わをきつくしめすぎないように」。大事です、たしかに大事。こんなことまで配慮できるなんて、なかなか8才の頃の自分も捨てたもんじゃないです。座右の銘にしようかな。「首わをきつくしめすぎないように」
そして年齢オブジョイトイ氏痛恨のミス、エサ皿を道具に加えるのを忘れたようです。だからこんなコラム的なとこにねじ込んでいるのでしょう。うつわを無駄に4パターン描いてどうする。
②エサをあげよう。
二日目にしてやっとごはんをあげるようです。「できればうつわのここくらいまで」と細かく指示を下してきます。しかも「ちょっとひと言」が定番コラムとして定着しつつあります。そしてあたかも全猫がかにかまぼこを好むかのような言い回しをしています。ここは年齢オブジョイトイ氏が一貫してこの本を作ってしまったため、客観的な視点を欠いてしまった部分だと思います。
③ねこをだいてみよう。
三日目にしてようやく抱いてやるようです。じらし過ぎ。猫を抱かずに二日間過ごせます?わたしは無理。
世の中にあふれる書籍にはいわゆる注釈と呼ばれる説明書きがたくさん書かれていると思うんですが、まさか「あおむけ」を注釈する本はほかにないでしょう。「あおむけ」もびっくりしていると思います。でも考えてみれば「あおむけ」みたいな言葉の響きだって子供には新鮮なんですよね。
たてにだくといやがるねこと、あおむけでだくといやがるねこがいます。
あたかも幾多の猫を抱いてきたかのような口ぶりですが、おまえ、このときももちゃんしか抱いたことなかっただろ。知ったような口を聞くな。抱いた猫の数を盛るって、どういう見栄の張り方してるんだよ。
④じゃらしてみよう
ようやく発展的な内容になってきた気がしないでもないです。衣食住が整ったら、次は遊びですよね。
急に思い出したんですが、この本をつくるとき積極的に手伝ってくれたのは父でした。ももちゃんが遊んでいるこのビロってした紐、父がパジャマがわりにしていたジャージのズボンの紐なんですよね。ズボンの紐がなくなるのって、地味に嫌じゃないですか?そんな犠牲を払ってまで手伝ってくれた父、案外いいお父さんだったかもと時を超えて見直してしまいました。
⑤にわへ出してみよう。
にわへ出すそうです。あの、ももちゃんは外の草をワイルドにバリバリ食べちゃうような猫だったんですが、これは全猫にあてはまることではないですよね。配慮に欠けておりました。申し訳ありません。
おめでとう!!
わたしの家のねこがたべたもの
①どらやき
②ささかまぼこ
③やき魚(シャケ)
④やき魚(さんま)
他にもどんなものを食べるかためしてみましょう。
どうやら五日間のねこなれプログラムは終了したようです。あっけなかった。しかも②ささかまぼこって書いてあるけど、かにかまぼこが好きなんじゃなかったの?しかも「他にどんなものを食べるかためしてみましょう。」っておそろしい事を言うな。
あとがき
あとがきの文量よ。
この本にはのっていないけれど名前をつけないといけません。すきな名前をつけるのもいいし、何かねがいをこめて名前にしてもいいです。
ももちゃんはどんなねがいをこめてつけられた名前だというんだ。オスで仲村トオル似なら、トオルでよかったんじゃないか。
そして最終ページをかざる、弱肉強食トライアングル。なぜか首から上で切り取られたももちゃんが謎の立場から俯瞰している。どういうまなざしだ。
背表紙もぬかりなし。
おわりに
年齢オブジョイトイ(8才)責任編集『五日間でねこになれよう』に大人げなくツッコミを入れつつ振り返ってみました。子供の頃の宿題を掘り起こしてツッコミを入れながら読んでみるとめちゃくちゃ楽しいので皆さんにもおすすめします。わたしの場合は思いがけず父親を見直してしまったこと、ももちゃんという昔かわいがっていた猫のことを思い出せたこと、座右の銘を発見したことといいことづくめでした。
何より、子供の頃の視点を思い出すことができます。わたしは今でもたまにコロコロコミックを読みますが、それと同等の効果があります。
何かに迷ったときや、アイデアに詰まったときは子供の頃の自分に聞いてみましょう。
しかし在りし日の年齢オブジョイトイよ、おまえはあまり猫を語らない方がよい。