ミッドタウン日比谷で開かれた東京五輪・パラリンピックのPRイベント「ふつうじゃない2020展」(18年8月、東京都千代田区) 2020年の東京五輪・パラリンピックは開催都市、東京の姿を大きく変える。三井不動産が大会を起爆剤に進めようとしているのが、日比谷の再開発だ。今春に開業した複合ビル「東京ミッドタウン日比谷」に資本提携先の帝国ホテル、さらには借景となる日比谷公園まで加えれば、街のブランド価値のポテンシャルは格段に高まる。東京のビジネスの中心地を丸の内から奪うことも夢ではない。
この秋、日比谷の街が映画一色だ。ミッドタウン日比谷では、19年全国公開予定の「スパイダーマン」シリーズの最新作とタイアップしたイベントが開催されている。スマートフォンのアプリを使い、スパイダーマンに扮(ふん)した自分の姿を屋外の大型スクリーンに映し出して楽しむ映画ファンらで会場はにぎわう。
仕掛けたのは、ミッドタウン日比谷を開発した三井不動産。総工費1322億円を投入し、総力を結集した大規模プロジェクトだけに、開業後も街づくりに一段と磨きをかける。東京ミッドタウン日比谷の来場者は開業から半年間で1200万人に達した。
映画を満喫した人々の多くは、そのままミッドタウン日比谷で食事や買い物も楽しむ。周囲には東京宝塚劇場や日生劇場、日比谷公園などがあり、ミッドタウン日比谷を起点にした街の回遊性は着実に高まっている。
■オフィス賃料は丸の内に及ばず
だが三井不動産が日比谷の現状に満足しているわけではない。それはオフィスの賃料に表れている。
ミッドタウン日比谷のオフィスはほぼ満室で稼働を始めたとはいえ、坪(3.3平方メートル)あたりの賃料は、同4万~5万円の丸ビル、新丸ビルには今のところ及ばない。
日本のオフィス市場では、賃料価格の決定権は三菱地所の丸ビル、新丸ビルが握ってきた。日本で一番高い賃料のオフィスは丸ビル、新丸ビル。ここから離れるにつれ価格は少しずつ安くなる。この現象は「日本のビジネスの中心は丸の内」であることの証左にほかならない。
■建築から50年、建て替えの臆測
ミッドタウン日比谷のオフィス賃料を押し上げるには、ビル単体ではなく、日比谷の街全体の魅力を高めなければならない。そのための切り札となるのが帝国ホテルだ。現在の本館は東京五輪・パラリンピックのある20年に、完成から50年を迎えることから、それ以降の建て替えが取り沙汰されている。
三井不動産は07年に国際興業から帝国ホテルの株式を取得、発行済み株式の33.2%を握る筆頭株主になっている。双方とも「何も決まっていない」というスタンスだが、本館建て替えの際に連携することは十分考えられる。
当時、この交渉に関係した三井不動産幹部は「帝国ホテルは日比谷再開発の目玉になる」と周囲に漏らしていた。「ビジネスマンはもちろんいる。しかし、それだけは街として十分ではない。女性たちがふらっと遊びにくる。『お茶でも飲んで行こう』となったとき、そこに名門ホテル、帝国ホテルがあれば、それだけで日比谷は他のエリアとは違う特別な場所となる」というのだ。
実際、ミッドタウンが開業して半年がたち帝国ホテルとの相乗効果が生まれ始めている。ミッドタウン日比谷に隣接する日比谷シャンテと東京宝塚劇場の間にある日比谷仲通りは、かつて車両の往来が激しい区道だったが、再開発に伴い、歩行者専用道路になった。ここをぶらりと散策し、そのまま帝国ホテルに立ち寄る女性客が増え始めた。
帝国ホテルの側もミッドタウン日比谷のにぎわいを取り込もうと動いている。歩行者専用道路の整備に伴い、歩行者にわかるように、ホテルの看板を取り付け、宴会ロビーのエントランスに人を引き込む策を打ち出している。帝国ホテル関係者が「導線」と呼んでいるルートだ。
■帝国ホテル隣のオフィスビルも取得
三井不動産は帝国ホテルの筆頭株主となっている(東京都千代田区) 三井不動産が日比谷再開発で描いているビジョンはもっと大きい。それを予感させるような動きが今年3月にあった。帝国ホテルの隣にある「NBF日比谷ビル(旧大和生命ビル)」を三井不動産系の不動産投資信託(REIT)である日本ビルファンド投資法人から640億円で取得したのだ。NBFビルの賃料からすれば決して割安とはいえず、三井不動産の意気込みがうかがえる。
NBFビル、さらにその横に並ぶ「NTT日比谷ビル」をも巻き込んだ総合開発は三井不動産の長年の夢。すでにNTTを含む周辺の地権者と一体再開発に向けた勉強会を進めているもようで、不動産業界では「NBFビルを巻き込んだ帝国ホテルの再開発が視野に入りつつあるのは確か」(大手デベロッパー幹部)との見方が支配的だ。
日比谷には、ほかの街にはないユニークな特徴がある。背後に広がる日比谷公園だ。もちろん公園そのものは東京都の運営だが、三井不動産はそれも借景として巧みに取り込んで、街の価値向上につなげようとしている。
日比谷公園も借景として利用する(ミッドタウンの「パークビューガーデン」) それを垣間見られるのが、ミッドタウン6階にある「パークビューガーデン」だ。屋外には日比谷公園が広がっており、透明のフェンスは視界を遮らないため、日比谷公園の緑がそのまま目に飛び込んでくる。植栽にもこだわりがあり、日比谷公園に生息する多年草のジャガなどを植えてある。日比谷公園に迷い込んだような錯覚を感じるように計算されている。
9階の「スカイガーデン」はオフィスに入居している企業の社員らの憩いの場となっている。人工の小川をしつらえ、その側にテーブルと椅子を配置。無料Wi―Fiを備え、オフィスでも自宅でもない「サードプレイス」と呼ばれる屋外空間を創出し、せせらぎに耳を傾けながら、思索にふけることができるようにした。
ミッドタウン日比谷の開業から半年がたち、三井不動産の菰田正信社長は「日比谷は東京の要衝。圧倒的なポテンシャルを有する」と自信を見せる。確かに日比谷には劇場やホテル、公園もあり、街のポテンシャルはむしろ丸の内より高い。
日比谷は丸の内を超えて、日本のビジネスの中心になれるのか。ミッドタウン日比谷のにぎわいは、その日が近づいていることを物語っているようでもある。
(前野雅弥)
日経からのお知らせ 日本経済新聞社は11月1日、2020年東京五輪・パラリンピックの開催都市、東京がいかに利便性や先進性などを高められるのかを考える第4回日経2020フォーラム「ホストシティ・東京の未来」を開催します。菰田正信三井不動産社長と中山泰男セコム社長が東京五輪後も見据えた再開発や都市の安心・安全をテーマに基調講演。梅沢高明A.T.カーニー日本法人会長や野焼計史東京メトロ常務、長谷部健渋谷区長、元新体操日本代表の畠山愛理氏によるパネル討論も予定しています。同フォーラムの模様は日経の映像コンテンツサイト「日経チャンネル」で、ご覧いただけます。
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