薬剤成分の略称表示の商標権侵害の成否 PITAVA(ピタバ)事件(6)
知財高裁判 H27・10・21 H27(ネ)10074号 商標権侵害差止等請求事件
(原審 東京地裁 H27・4・27 H26年(ワ)771号)
事実の概要
本件は,「PITAVA」の標準文字からなる商標(「本件商標」)の商標権者である控訴人が,被告標章を付した薬剤を販売する被控訴人の行為が控訴人の有する商標権の侵害(商標法37条2号)に該当する旨主張して,被控訴人に対し,同法36条1, 2項に基づき,上記薬剤の販売の差止め及び廃棄を求めた事案である。
控訴人は,原審において,当初は,指定商品を第5類「薬剤」とする商標権(「本件商標権」)の侵害を請求原因として主張し,被告標章を付した薬剤の販売の差止め及び廃棄を求めていたが,平成26年11月17日に本件商標権の分割の申請をし,本件商標権は,指定商品を第5類「薬剤但し,ピタバスタチンカルシウムを含有する薬剤を除く」とする商標権と指定商品を第5類「ピタバスタチンカルシウムを含有する薬剤」とする商標権(「本件分割商標権」)に分割されたため,原審第5回弁論準備手続期日において,請求原因を本件商標権の侵害から本件分割商標権の侵害に変更する旨の訴えの変更(交換的変更)をした。これに対し被控訴人は,上記訴えの変更について異議を述べた。
原判決は,控訴人の上記訴えの変更を適法と認めた上で,
① 変更後の本件分割商標権の侵害を請求原因とする請求については,被控訴人による被告標章の使用はいわゆる商標的使用に当たらず,また,本件商標は公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標(商標法4条1項7号)に該当し,本件商標の商標登録は,無効審判により無効とされるべきものと認められるから,控訴人は,本件分割商標権を行使することができない,
② 変更前の本件商標権の侵害を請求原因とする請求については,被控訴人による被告標章の使用は商標的使用に当たらず,また,本件商標の指定商品のうち,「ピタバスタチンカルシウム」を含有しない薬剤に本件商標を使用した場合には,需要者等が当該薬剤に「ピタバスタチンカルシウム」が含まれると誤認するおそれがあるので,本件商標は「商品の品質」の誤認を生ずるおそれがある商標(同項16号)に該当し,本件商標の商標登録は無効審判により無効にされるべきものであるから,控訴人は,本件商標権を行使することができないとして,控訴人の請求をいずれも棄却した。
控訴人は,原判決のうち,上記訴えの変更後の本件分割商標権の侵害を請求原因とする請求を棄却した部分を不服として,本件控訴を提起した。
その後,被控訴人は,当審第1回口頭弁論期日において,上記訴えの変更に異議はない旨述べて,変更前の本件商標権の侵害を請求原因とする請求に係る訴えの取下げに同意した。
判 旨
控訴棄却。裁判所は、『被告商品の錠剤に付された被告標章は,「需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができる態様により使用されていない商標」(商標法26条1項6号)に該当するものと認められ,控訴人が有する本件分割商標権の効力は被告標章に及ばないものと認められるから,控訴人の請求は,いずれも理由がないものと判断する』とし、請求を棄却した。
1 商標法26条1項6号該当性(争点2)
(1) ・・・ 上記認定事実によれば,被告商品の錠剤に付された「ピタバ」の表示(被告標章)は,有効成分である「ピタバスタチンカルシウム」について,その塩であることを示す部分(「カルシウム」)の記載及び「スタチン」の記載を省略した「略称」であることが認められる。
ウ そして,医師,薬剤師等の医療従事者の間においては,後発医薬品の販売名は含有する有効成分に係る一般的名称に剤型,含量及び会社名(屋号等)から構成されていることは一般的に知られているものと認められるから,医療従事者が,被告商品に接した場合,被告商品が「ピタバスタチンカルシウム錠1mg「テバ」」を販売名とする後発医薬品であることを認識し,被告商品の錠剤に付された「ピタバ」の表示(被告標章)は,有効成分である「ピタバスタチンカルシウム」の略称であることを認識するものと認められる。
一方で,患者においては,PTPシートに入れられた状態で被告商品の交付を受けた場合,PTPシートから被告商品を取り出して服用する際に,PTPシートに記載された「ピタバスタチンカルシウム」等の表示が自然に目に触れ,被告商品は「ピタバスタチンカルシウム」が含有された錠剤であること認識するものと認められるから,被告商品の錠剤に付された「ピタバ」の表示(被告標章)は,被告商品の含有成分を略記したものであることを理解するものと認められる。また,被告商品は,医師等の処方箋により使用する「処方箋医薬品」であり(前記1(8)),被告商品と他の薬剤とが一つの袋にまとめて包装される「1包化調剤」により処方される場合があるが(乙28),この場合,患者は,1包化した袋を開封し,その袋内に薬剤が入ったままの状態で服用するので,被告商品の錠剤に付された「ピタバ」の表示を認識することはないのが通常である。もっとも,患者は,1包化した袋からいったん薬剤を取り出して服用する場合もあるが,その際には,取り出した薬剤を一緒に服用すべきひとまとまりの薬剤として認識し,個々の薬剤の表示が目に触れたとしても,その表示が薬剤の出所を示すものと理解することはないものと認められる。
エ 以上によれば,被告商品の需要者である医師,薬剤師等の医療従事者及び患者のいずれにおいても,被告商品に付された「ピタバ」の表示(被告標章)から商品の出所を識別したり,想起することはないものと認められるから,被告商品における被告標章の使用は,商標的使用に当たらないというべきである。
したがって,被告標章は,「需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができる態様により使用されていない商標」(商標法26条1項6号)に該当するものと認められる。
(2) 控訴人の商標法26条1項6号に該当しない旨の主張に対して
しかしながら,前記(1)ウ認定のとおり,患者は,PTPシートに入れられた状態で被告商品の交付を受けた場合には,PTPシートから被告商品を取り出して服用する際に,PTPシートに記載された「ピタバスタチンカルシウム」等の表示が自然に目に触れ,被告商品は「ピタバスタチンカルシウム」が含有された錠剤であること認識するものと認められるから,被告商品の錠剤に付された「ピタバ」の表示(被告標章)は,被告商品の含有成分を略記したものであることを理解するものと認められる。
次に,被告商品が「1包化調剤」により処方された場合には,患者は,1包化した袋を開封し,その袋内に薬剤が入ったままの状態で服用するので,個々の薬剤の表示には被告商品の錠剤に付された「ピタバ」の表示を認識することがないのが通常であり,また,患者が1包化した袋からいったん薬剤を取り出して服用する場合もあるが,その際には,患者は,取り出した薬剤を一緒に服用すべきひとまとまりの薬剤として認識し,個々の薬剤の表示が目に触れたとしても,その表示が薬剤の出所を示すものと理解することはないものといえるから,患者において,被告商品に付された「ピタバ」の表示(被告標章)から商品の出所を識別したり,想起することはないものと認められる。
したがって,被告商品における被告標章の使用は,商標的使用に当たらないから,控訴人の上記主張は,採用することができない。
(3) 以上によれば,被告商品の錠剤に付された被告標章は,商標法26条1項6号に該当するから,控訴人が有する本件分割商標権の効力は,被告標章に及ばないというべきである。
検 討
判決に賛成。
1 商標法26条1項6号
患者が、本号の「需要者」に該当するかとういう問題があるが、商標法は「需要者の利益を保護すること」を目的としている(商標法1条)ので、医師,薬剤師等の医療従事者のみならず、患者も需要者に該当する。
しかしながら、患者に対して、「何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができる態様により使用されていない」といえるかについては疑問である。
判決は、『PTPシートから被告商品を取り出して服用する際に,PTPシートに記載された「ピタバスタチンカルシウム」等の表示が自然に目に触れ,被告商品は「ピタバスタチンカルシウム」が含有された錠剤であること認識するものと認められるから,被告商品の錠剤に付された「ピタバ」の表示(被告標章)は,被告商品の含有成分を略記したものであることを理解するものと認められる。』ことを理由の1つとしているが、患者は含有成分の略記と認識しないともいうことができる。
また,被告商品が「1包化調剤」により処方された場合には,『その袋内に薬剤が入ったままの状態で服用するので,個々の薬剤の表示には被告商品の錠剤に付された「ピタバ」の表示を認識することがな』く、1包化した袋からいったん薬剤を取り出して服用する場合には,『個々の薬剤の表示が目に触れたとしても,その表示が薬剤の出所を示すものと理解することはないものといえる』から、『「ピタバ」の表示(被告標章)から商品の出所を識別したり,想起することはない』ことを2つ目の理由とした。しかし、これは、26条1項6号に該当する理由とはならない。
商標法26条1項6号は、商標の使用「態様」を問題としている。本件では、錠剤に商標を刻印して使用するという態様が需要者である患者にとって「何人かの業務に係る商品であることを認識することができる」か否かである。「ピタバ」という表示自体が「ピタバスタチンカルシウム」が省略されたものと認識するかどうかということは、2号の問題であって、6号の問題ではない。
錠剤に商標が刻印された被告標章は、薬剤の出所を表示するために通常使用する場所ではないので、商標法26条1項6号に該当するという結論に問題はない。
2 商標的使用
いわゆる「商標的使用」と商標法26条1項6号の関係が問題となる。判決は、『被告商品における被告標章の使用は,商標的使用に当たらない』から,『被告商品の錠剤に付された被告標章は,商標法26条1項6号に該当する』という。しかしながら、原材料表示や記述的記載(3号に該当)も「商標的使用」ではないで疑問である。
6号が1項の総括規定であるならば、問題ないであろう。
以 上
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