日本でLGBTであることを公表する意向のある人は4割の一方、職場で公表している人はわずか4.3%——。
同性婚などLGBTに関する法整備が遅れている日本で、セクシュアル・マイノリティの人たちが働きやすい制度と風土をどうつくるか。先進的な企業の取り組みを追った。
顧客の反応、昇進への影響…公表できない理由
LGBTQ社員をサポートする取り組みが充実している企業を表彰するカンファレンス「work with Pride」が10月11日、東京都千代田区で開催された。同日は、性的指向や性自認をカミングアウトしたセクシュアル・マイノリティを祝う「国際カミング・アウトデー」だ。
「work with Pride」では、差別禁止規定などの行動宣言や人事制度など5つの「PRIDE指標」で各企業の取り組みを評価し、特に優れていたりユニークな取り組みを行ったりしている10社を「ベストプラクティス」として表彰する。
だが2017年にLGBT総合研究所が発表した調査結果によると、日本でLGBTであることを職場でカミングアウトしている人はわずか4.3%だ。一方でカミングアウトする意向がある人は41.5%にのぼる。(「職場や学校など環境に関する意識行動実態」より)
この調査から浮き彫りになるのは、その意思があっても環境が許さないという現実だろう。
イベントでも、録画VTRやトークセッションで当事者たちの苦悩が語られた。
「女性だけがお茶汲みをするような職場にいるので、カミングアウトするのが怖い」
「『結婚するの?』『お見合いしたの?』と聞かれて嘘をついてごまかした時に良心が傷んだ」
「学生時代は当事者だと明かしてLGBTの支援活動をしていたが、社会人になると顧客の反応や昇進への影響を懸念して隠すようになった」
「(人事制度や福利厚生を利用するために)同性パートナーを登録しなければならないが、上司に知られるのが不安でできずにいた」
プライバシー守るチャット人事
こうした課題をテクノロジーで解決しようとしているのが、「ベストプラクティス」に選ばれた外資コンサル大手のアクセンチュアだ。これまでも社員研修やアライ(支援者)のネットワークづくり、「結婚祝い金」や「健康診断・赴任に伴う引っ越し費用」など、社員とその配偶者に適用している人事福利厚生制度を同性パートナーにも適用してきた。
だが、前出のように同性パートナーにも配偶関係と同等の福利厚生を整備しても、会社に知られるリスクを考えてその申請をためらっている人も少なくない。
そこでアクセンチュアが導入したのが、AIを使ったチャットボットだ。
同性パートナー登録や制度を利用する際、通常は上司や人事担当者に理由を説明し書類を提出しなければならない。それを代わりに、チャットで行える仕組みだ。チャットに入力した情報は中国・大連にあるオペレーションセンターでオペレーターが処理するため、申請のために社内でカミングアウトせざるを得ないという状況を避けられる。
「制度を整えても、利用しづらければ意味がありません。テクノロジーの力で手続きの際の心理的ハードルを下げて、働きやすい組織風土づくりを続けます」(担当者)
JR東日本は事実婚制度をスライド
「同性パートナーシップ制度、なぜ取り入れられる?どう取り入れる?」と題したトークセッション。
(c)toboji & (c) work with Pride 2018
日系企業でも改革が進む。2年連続で「ゴールド」を受賞したJR東日本は2018年4月から、同性パートナーにも結婚休暇、扶養手当、社宅などの人事・福利厚生制度を広く利用できるようにした。
きっかけは、2018年の中途採用の選考だ。ある入社希望者が面接時にLGBTであることをカミングアウトし、志望動機として「work with Pride」でゴールドを受賞したのを見たのがきっかけだったと説明したのだ。ちなみにJR東日本はエントリーシートに性別を書く必要もないという。
「もともと社員にLGBTの方々がいるのは把握していました。いいタイミングだと思い、そこからさらに数カ月で制度を整備したんです。既存の『事実婚』の制度を活用したので素早い対応ができました」(担当者)
同社は「採用に苦戦している」とも言い、こうしたダイバーシティへの取り組みで学生や転職希望者にアピールしていきたいと話す。宿直時の入浴設備など、施設面の整備はまだ追いついていないのが今後の課題だ。
就活にも影響の一方、理解進まない不動産業界
PRIDE指標への応募企業で最も多い業界は「情報通信」。次は「製造」「金融/保険」だった。
撮影:今村拓馬
「work with Pride」の開催は2018年で3回目。応募企業・団体数は1年目に比べて約2倍になった。
売り手市場が続く就活も影響している。
「働きやすさを重視している学生が増えました。ダイバーシティはもはやビジネスの余力でやるものではないという意識が学生にも企業にも根付いてきたと感じます」(work with Pride広報担当者)
また、観光業ではLGBTフレンドリーは必須だ。3回目の今年はホテルや航空会社などで沖縄の企業が目立ったという。
一方で課題も多い。依然、参加企業の約8割は大企業で、当事者にとって大きな問題である不動産業の参加率も低いままだ。同性カップルの入居希望に対する不動産オーナーへのアンケート調査で、「入居許可をためらう」「入居してほしくない」と回答したのは、男性同士のカップルに対しては46.2%、女性同士のカップルには44.5%だった(SUUMO『不動産オーナーのLGBTに対する意識調査2018」)。業界全体での意識改革が急務だろう。
公表から5カ月、勝間和代さんが気づいたこと
5月に同性パートナーとの交際を公表した経済評論家の勝間和代さんは、work with Prideイベントに登壇し、呼びかけた。
「『心理的安全性』という言葉があります。誰もが自分のマイノリティ性を開示した上で最高のパフォーマンスを発揮できるような環境をつくることができれば、その企業は本当に強くなると思います」
勝間さんは10代から自身がLGBTだと気づいていたが、30代前半まではそのことを打ち明けるたびに、「あまりいい思いをしなかったので、言わない方がいいと思い自分だけで抱え込むようになりました」。
LGBTの友人も周囲にいなかったという。だが自身のカミングアウト後、「実は私も」という昔からの友人や仕事先の知人からの連絡を複数もらった。可視化が連帯につながるのだ。
「自身がマジョリティではないということを公表した瞬間に、職場や社会で攻撃を受けてしまうと誰もカミングアウトできなくなる。そうすると今度は自分の周りにいるマイノリティも見えなくなるので、『マジョリティの偽装』をするようになるという悪循環が生まれます。偽装しなくてもいい社会、職場を作りあげていきましょう 」
(文・竹下郁子)