ゲームの翻訳と一口に言っても、大作ゲームとインディーゲームとではローカライズの方法論において実際大きな違いがある。

そこで今回のインタビューズでは、そうしたインディーゲームの翻訳を数多く手がけてきたゲーム翻訳者、伊東龍氏をゲストに迎え、氏が今年翻訳したヒット作「Dead Cells」の話題を中心に、インディーゲーム翻訳ならではのエピソードや、禁則処理と格闘した日々、そして氏が長年取り組むゲーム制作の話などについて伺った。

“やられたら終わり”という緊張感が面白さを増幅させ、何度でも挑戦したくなります。

とら猫(以下、猫):まずは「Dead Cells」というゲームについて、ざっとご説明ください。

伊東龍(以下、伊):本作は今年の8月に発売(Nintendo Switch、プレイステーション4、PC)された、簡潔に言うとファンタジー世界を舞台にしたアクションゲームです。国内パブリッシングは架け橋ゲームズさんがサポートされています。

グラフィックも、いわゆる昔のゲームを彷彿させるようなドット絵で、ファミコンやスーパーファミコン時代のゲームに夢中になった方々は懐かしく感じられるかもしれません。

▲細部まで美しいドット絵が魅力の「Dead Cells」

猫:世代的に、ドット絵を見るとホッとしますね(笑)。

伊:一度やられると、それまでに手に入れたアイテムなどを失い、スタート地点からやり直しになるという割とハードなスタイルなのですが、このシステムから生まれる緊張感が面白さを増幅させ、何度でも挑戦したくなる、絶妙なバランスになっています。

猫:いわゆる“ローグライク”系ってやつですね。

伊東:はい。昨今のゲームは気軽に「セーブ」でき、死んでもそこから再開できるものが多いですが、本作はそういった意味でも昔のゲームに近いものがあります。

▲ローグライク系ではゲームオーバーも攻略の一過程だ

猫:確かに、昔のゲームはセーブに厳しかった。個人的には「ファイナルファンタジー2」(3はさほど苦労せず)のラストダンジョンが辛くて、カセットをぶっ壊しそうになったのをよく覚えています。

伊:海外のゲーム開発者さんは、子供の頃に“ニンテンドー”(注:海外版ファミコンの一般的な呼称)に夢中になって育った世代が多く、ここ数年は特に「インディーゲーム」と呼ばれるカテゴリの中で、当時のシンプルなゲームへのオマージュとも取れる作品がたくさん作られている傾向があります。

「Dead Cells」もある意味、そうした流れの中にありますが、もちろん単なる懐古主義からくるオマージュではなく、本作にしかない特徴もしっかりと盛り込まれている、極めて現代的な作品でもあります。

猫:宣伝などでは「ローグライク」と「メトロイドヴァニア」を融合させた、「ローグヴァニア」なる新ジャンルとして謳われていますね。

伊:やり始めると止まらない魅力があって、世界的にもよく売れています。特に日本での売り上げが好調で、地域別のデータでは、英語圏に次ぐ第2位のセールスだと教えてもらいました。

猫:伊東さんが翻訳されたゲームって、「Salt and Sanctuary」もそうですし、よく売れるという印象があります(笑)。

伊:昨今のゲーム市場の規模を考えると、日本での支持が高いという証でしょうし、翻訳を担当した者として嬉しく思いますね。

食のスタイルを“菜食”にすれば、ベジタリアンの方も気兼ねなくプレイできます。

猫:さてこの「Dead Cells」、私も実際に遊んでみたのですが、設定オプションが凝っていますね。「食のスタイル」なんていう項目があったりして(笑)。

▲食のスタイルも変えられるので、菜食派の方も安心

伊:はい。ゲーム中、回復アイテムとして食べ物が手に入るのですが、この種類をオプションで変えることができるんです。

これにはゲーム的な面白さに加えて、プレイする人のライフスタイルを尊重する意図もあるかと思います。たとえば食のスタイルを「菜食」にすれば肉類は出現しないので、ベジタリアンの方も気兼ねなくプレイできますし。

▲焼き串でも人参でも、効果は同じなのでお好みでどうぞ

猫:海外のゲームは特に、そういった多様性への心遣いをカジュアルに盛り込むのが巧い気がします。

伊:以前に翻訳をした「2064: Read Only Memories」という作品では、プレイヤーの食のスタイルだけでなく、性別に関しても、ゲイやトランスジェンダーを含めた多様な選択肢が描かれていました。

▲「2064: Read Only Memories」では、もう一歩踏み込んだ選択肢も

伊:映画などと違い、ゲームでは主人公を自分の分身と捉えてプレイすることが多いので、こういう配慮があるのはよいことだと思います。いろんな人が、自分自身をキャラクターに投影できるようになりますから。

こうしたゲームはまだ少数ですが、今後の傾向になっていきそうな気もします。

猫:同感です、時代の流れというか。

英語は性別がちがっても基本的に口調が変わることはないので、そこは翻訳の難しさですね。

伊:もっとも、翻訳する側の視点のみで言えば大変なこともありまして…

例えば「Read Only Memories」ではプレイヤーの性別を自由に選択できたので、セリフに「僕」「俺」「私」といった一人称は一切使いませんでした。

猫:“縛り翻訳”ですね。

伊:一応どのような性別を想定して読んでも、最低限会話が成立する口調にしたつもりです。女性だと想定すると、じゃっかん男まさりな感じにはなりますが。

猫:役割後の問題とも絡んできますが、“ニュートラル”な口調って実は相当難しいですよね…

伊:「Read Only Memories」の主人公はしかもよく喋るので、その個性を維持しつつ、性別の間口を十分に広げて翻訳するというのは結構な制約になりました。

せめて男性と女性でテキストが別々に用意されていれば、もっとのびのび翻訳できるのに…とはよく思うことです。英語は性別がちがっても基本的に口調が変わることはないので、そこは翻訳の難しさですね。

猫:これは同業者として首がもげるほど肯けます。私が大島のぞみさんと一緒に翻訳を担当した、やはり架け橋ゲームズさんの「バナーサーガ2」というゲームでは、最終的には主人公が男性と女性の場合で、別のストリングを設けてもらいました。

当初はすべてのセリフが男女共有で、できるだけニュートラルな口調で対処してみたのですが、男性ヒーローは狩人の親父、女性ヒーローはその若き娘という設定で、年齢も相当離れており、かつ虚構が活きるファンタジー作品というせいもあって、どうしても会話が盛り上がらない。なのでストリングを分けてもらったんです。

ただまあ、そうしたアレンジまでしてくれるデベロッパさんはそう多くはないでしょうね。

伊:それと似たようなことは「The Red Strings Club」というゲームを翻訳したときにもありました。あのゲームでは後半に、主人公が特殊技能により他人の声を語らって情報収集するというシーンがあるのですが、性別も年齢も異なる6種類の人物の声をしゃべるのに対し、英語では1種類のテキストしか用意されていないというセリフが多かったんです。

猫:それは大変ですね…ニュートラルで訳すと、面白みが損なわれてしまう。

伊:なのでせめて男性と女性でセリフをわけてほしいと頼み、2種類のストリングで6人分(男3、女3)をなんとかやりくりしました。なんとかギリギリばれないレベルでできたかなと思っていますが、これもやはり翻訳するにおいて制約にはなりましたね。欲をいえばやはりキャラクターごとに6種類ほしかったです。

猫:確かに…ちょっと話が逸れましたが、伊東さんの本作おすすめの「食のスタイル」は何でしょう?

伊:「フレンチ」ですかね。

おそらく開発会社(Motion Twin)がフランスにあることから採用されたオプションではないかと思うのですが、肉の代わりに出現するのがクロワッサンだったり、バゲットだったり、これで果たして腹が満たされるのだろうかという(笑)…ちょっとシュールなところが好きです。

猫:ジャムとかバターが欲しくなります(笑)。

▲クロワッサンで腹が膨れる…のか?

ゲーム開発者に「禁則処理の自動プログラムを組み込んでほしい」とお願いしたんです。

猫:同業者として気になったのですが、本作、セリフウィンドウ内では句読点を使わずに「半角スペース」で対応し、アイテムなどの説明文内では句読点を使用されているようです。これは改行の問題があって使い分けているのでしょうか?

伊:お察しのとおり、改行と禁則処理問題へ対処した結果です。

詳しく話すと長くなってしまうのですが…日本語の文章では、行の一番最初に「。」や「、」といった句読点が来てはいけないというルールがあります。

これを「禁則処理」と言って、書籍でも映画の字幕でも、基本的にはそのルールにのっとって文章が印刷または表示されています。

猫:ビジュアル的にも、ちと格好悪いですからね。

伊:それで、ゲームにおいても通常はそうした文字が行頭に来ないよう、プログラムなどで自動処理(改行位置を1文字ずらす等)をするのですが、当初「Dead Cells」にはこうしたプログラムが組み込まれておらず、禁則処理のルール違反が発生しまくっていました。

猫:こちらですね。

▲行頭禁則に抵触した例。伊東氏が実際に開発へ送ったスクショ

伊:あとは変なところで勝手に改行されたりと、原因不明のバグもあったりして…

猫:LT(注:翻訳を実装した上でゲームをチェックし、不具合を修正していくプロセス)がある案件ですと、こうしたスクショが嵩みますよね…

伊:確か今年の5月に京都で開催された、Bit Summitに提出したデモでは、まだこうしたバグが残っている状態だったと思います。

猫:話を聞いているだけで胃が痛くなります(笑)。

▲LT込みの案件では、デバッガー的な役割も求められる

伊:場合によっては手動で改行を入れて調整することもあるのですが、「Dead Cells」に関してはテキストの構成上、それは不可能だということに途中で気づきました。

猫:なるほど。手動での強制改行は改行位置が決まってしまうぶん、想定がずれていた時のリカバリーが難しいですしね…

先の「バナーサーガ」でも、パート1ではマニュアルで改行を入れたのですが、デバイスによって一行の表示文字数が異なることにあとから気づき、モバイル版では綿密に計算された改行位置があっけなく崩れてしまって…

なので「バナーサーガ2」では機械的なオート改行に任せたんです。「バナーサーガ3」は関わってないので、どう処理しているのかわからないですけど。

伊:そういうわけで「Dead Cells」では、本作のパブリッシングサポートをされている架け橋ゲームズのザックさんを通じて、ゲーム開発者に「禁則処理の自動プログラムを組み込んでほしい」とお願いしたんです。

同時に僕のほうでは、ひとまずセリフのテキストから句読点をすべて取り、アイテム説明文の文末の句読点も取りました。

猫:うわー(笑)。

▲セリフの句読点がついている状態

▲セリフの句読点を取った状態。オート改行が効かない場合の保険的意味合いも

伊:万が一、禁則処理プログラムを組み込んでもらえなかった場合に、見た目が酷くなったら困りますから。そうしたケースに備えて保険をかけておいたんです。

猫:なるほど。代わりに半角スペースを挿し込んでおけば、少なくとも英文と同じようには改行されますからね。「フォークを待ちながらストレートにも対応する」みたいな(笑)。

(金曜更新の中編へ続く…)

【ゲストプロフィール】
伊東龍:英日ゲーム翻訳者。本業の傍ら、ゲーム制作にいそしむ。担当作品は『Dead Cells』『Salt and Sanctuary』『Crossing Souls』『The Red Strings Club』『2064: Read Only Memories』『Tacoma』『Gone Home』など多数。Twitter: @Ryu_Ito1976

(c) Motion Twin, (c) 架け橋ゲームズ, (c) MidBoss, LLC., (c) AGM PLAYISM

本サイトの編集長を務める、猫。普段はフリーの翻訳屋さん。
連載エッセイ:映画ホルマリン漬け猫の国
翻訳タイトル:『RUINER』『Owlboy』(ゲーム)『ミック・ジャガー ワイルドライフ』(書籍)『私はゴースト』(字幕)など。