「AIが競輪を楽しむ未来」
チャリロト.comの特別コンテンツとして競輪記事生成プログラム、「AI-win(アイウィン)」が公開された。
これは、AI技術によって競輪の記事を自動生成するという競輪記事生成プロジェクトを、株式会社チャリ・ロトと北海道大学大学院が
共同研究にて進めてきたものである。
今回は、その公開記念として、AI研究の第一人者であり、様々な企業との共同研究についても
実績が豊富な、北海道大学大学院情報科学研究科の川村秀憲教授にインタビューを受けていただいた。
子供の頃からすると、今の世界はSFチックな夢物語というイメージである。まさか「コンピューター」が将棋や囲碁のプロ棋士
(しかも相当に強い人たち)に勝つことになるとは思ってもみなかったし、「コンピューター」が小説を書き、音楽の曲を作り、
人間に代わって仕事するようになるのは、映画やアニメ、そしてそれこそ小説の世界だったのだ。
そういったSFのような世界が、今や当たり前の世界になっている。そして今、「コンピューター(AIのことをあえてコンピューターと
言っています)」が競輪の記事を書く能力を身につけたのである。SFの世界では、高度なコンピューター(つまりAI)内蔵のロボット
(もしくは人造人間?)が競輪の出走表を見て、過去のレースを思い出し、展開を読んで、記事を書いているというイメージである。
そして、実際のレースを観戦して選手に声援を送り、お気に入りの選手が勝てば喜ぶし、負けたら悔しがる・・・
そんな世界もそこまで来ているのかもしれない。
今、SFだと思っていた世界はどこまで進んでいるのか。AIを切り口に、
まずは身近な話題のところから川村教授へのインタビューをスタートさせた。
- 今回の共同研究は競輪というエンターテイメントとAIを結び付けたものですが、エンターテイメント分野でのAIと言うと
私のような一般人でも、ディープマインド社のアルファ碁がかなり強くなっているといったニュースは耳にします。
まずはそのあたりからお話しを伺ってもよろしいでしょうか。
川村 : 「囲碁や将棋には決められたルールがありますよね。しかも、盤上という閉じた世界の中で行われていることでもあります。
盤のマス目の数も決まっているわけです。このことから何が言えると思いますか?」
- う~ん、決められたルールの中でやるからこそ難しいとか。
川村 : 「そうですね。決められたルールの中で最善の手を考えなければならない。そのときの一手の候補はたくさんありますね。
その中で、先のことを考えて一手を選ばなければならない。そのとき、ルールがあって有限だということは、
『この場面、この局面では、次の一手はこれが正解だ』という答えがあるということなんです。しかしながら、
その正解の一手を見つけ出す可能性というのは、神のみぞ知るというか、具体的な数で言うと、囲碁の場面の数は
だいたい10の360乗というとんでもない数を考える必要があるのです」
- え! ちょっと想像がつかないんですけど・・・それはどのような数になるのでしょうか?
川村 : 「この10の360乗という数というのは、たとえば、宇宙にあるすべての原子よりもずっと多いことになります。
つまりは、宇宙のすべての原子の一つ一つに、手の選択肢を一つずつ記入していってもすべてを書ききることはできません。
書ききれないだけならまだしも、さらにその一つ一つに対して正解を選ぶという途方もない作業になってしまいます。でも、
数は大きくても有限なので、理論的には可能なのです」
- そんなとんでもないことをAIはやっているんですか?
川村 : 「いえ、さすがにそこまでの計算は今の技術では不可能です。コンピューターのメモリーや計算速度も限られていますし。
だから、過去の棋譜データから読み取ったり、学習をして、それと近い手を導き出しています」
- まさに人智を超えている感じですね。
川村 : 「そうなんです。ただ、人智を超えているからこそ、『なぜそうなったのか』を知りたいというのが人間の知識欲なのですが、
AIは『なぜそうなったのか』の説明をするところまでは行きついていません。AIが囲碁で人間に勝つところまでは行きましたが、
なぜ勝ったのか、なぜその手を選んだのか、ということをAIが説明するのは、次のステップだと考えています」
- AIが説明をするというのは、具体的にどういった場面で有用になってくるのでしょうか?
川村 : 「たとえば、今の医療の最新技術として、AIがレントゲンなどの画像診断をして病気を見つけるということをやっています。
しかしAIは、診断はできても、『なぜそういう診断をしたのか』を説明することができません。だとすると、それを受け取る側、
つまり患者なりその家族が、『いや、その診断には納得できない』という判断をする可能性があるわけです。
そこに『説明能力』という新たなスキルが必要になるのです」
- なるほど。そこには、人間ならではの感情も入りますし、やっぱり説明がほしいですよね。私なんかは
『よく分からないけどAIがそう言っているならそうなんだろう』って受け入れてしまうような気がします。
川村 : 「まさにそこが重要で、AIが出した答えを受け取る側に合わせた説明が必要になってきます。
今のAIは確率統計的な意味で正解を出せますが、受け手の理解度や興味レベルに合わせて情報を表現することにその能力を
活用することが、これから求められてくるでしょう。そして、相手に納得させるためには、相手のことをよく理解し、
どのように表現すれば相手の心に突き刺さるのか、相手にとって大切なことは何なのか、
そこにどういったストーリーが用いられるべきかということまで突き詰めていく必要があります」
- それって、もはや人間同士のコミュニケーションと同じ話ですね。
川村 : 「人間そのものを理解するAIが必要でしょうね。今回の共同研究テーマである競輪は、記事を読む対象者は競輪ファンの方ですが、
単に情報として記事を読みたい方もいらっしゃれば、選手のバックグラウンドやドラマなどを
読みたいという方もいらっしゃるのではないかと思います。まだまだ難しいところはありますが、
より多くの方にとって読み応えがあるように、そういったところにまで踏み込んだAIにしていきたいですね」
- しかし、AIによる記事のレベルが上がれば上がるほど、AIと人間の役割分担ということが難しくなってきませんか?
川村 : 「私はそうは思っていません。今回は簡単な競輪の記事生成となっていますが、その記事内容を取り入れるかどうかは人間の
判断です。チャリロト社が会社として公開するかどうかも、チャリロト社の方が決めるのでしょうし、公開された記事を見て、
『良い記事だな』と思うか『う~ん、この記事はどうかなぁ』と思うかも、その記事を見た方の判断です。
つまり、AIが出した何らかの答えの出来を良いと思うか、悪いと思うか、その判断は人間だけができます。
じゃあ人間は、その判断をどう下しているのかというと、何らかの基準があるわけです。この基準を作るのが人間の役割ですし、
AIが出した記事を公開するかどうかを決めるのも人間の役割です。AIで俳句を作ったり、今日のファッションをAIが考えたりすることも
研究として進んでいますが、同じように、そこに基準を与えるのは人間の役割です」
- 人間とAIのコミュニケーションのようなものですね。
川村 : 「そうです。競輪においても、人間が見つけられなかった面白いドラマやストーリーをAIが発見し表現する。それを人間が公開し、
受け手からフィードバックを得て、よりクオリティの高いものに仕上げていくといったことをしていきたいですね」
- ということは、競輪というテーマに興味を抱いたきっかけもそういったところにあるのでしょうか?
川村 : 「今回、共同研究ができてよかったと思うのが、競輪という既にあるエンターテイメントに関われたということです。
言うまでもなく、競輪は一つの魅力あるコンテンツとして確立されています。そういった注目されているコンテンツの魅力を、
AIによって、より高めようという取り組みは、学術的にも多くの意味がある研究テーマを含んでいるものと思っています。
しかも、競輪を知れば知るほど、人間的なドラマがあることに面白みを感じていて、そこをAIと結びつけるのも面白いですね。
AI研究に必要なデータもそろっていますし」
- 私もそういったプロジェクトに関われてうれしいです。もっと欲を言うと、
将来的にはAIが競輪を私たちと一緒に楽しむということがあれば、より面白いなぁと思います。
川村 : 「AIがそのような感情を持ったりするのは今の段階では難しいとは思います。でも、競輪というのは、
人間である選手が自転車で走りますよね。たとえば、選手がつぶやいているSNS情報などをAIが取り入れて、
その選手の背後にあるドラマ、たとえば、今日は誕生日だからバースディウィンを飾りたいと意気込んでいたり、
家族のために勝利を目指すとか、人間ならではのモチベーションを加味して、一つのレースの背後にある人間ドラマや
ストーリーを記事などに反映できるようになれば、AIがいつの間にかある選手に『がんばれ』とエールを送っている
ということもあるかもしれませんね」
- ある日、私の隣でAIが一緒に競輪を楽しんでいるのをイメージすると、本当にワクワクします。
そんな夢のある話までしていただきまして、本日は本当にありがとうございました。
川村 : 「こちらこそ、ありがとうございました」
川村教授からは、インタビュー終了後、別れ間際にこういった言葉をいただいた。
「競輪への取り組みの面白いところは、AIだけで完結しないというところですね。人間の考えをAIに取り入れていくことが必要で、
その先には、人間とAIがコミュニケーションを密に取るという世界が広がっている気がします」
意外に近い将来、競輪場で車券が外れて悔しがる私たちの隣で、人知れず、お気に入りの選手が優勝を決めてガッツポーズをしている
「彼ら=AI」がいるかもしれない。もちろん「彼ら」も我々も競輪ファンとしての仲間である。