守る人がいなくなり打ち捨てられる墓、通夜も弔問客もない葬式。日本の葬送の風景は近年、大きな転換点を迎え、新規参入も増えている。選択肢が増える中でも、家族と「死後」に向き合えば、納得のいく「最期の買い物」ができるはずだ。
(日経ビジネス2018年8月6日・13日号より転載)
まるでむき出しの崖線のように見える石の壁には、近づいて見ると家名や戒名、ハスの花の模様などが彫られていた。岐阜県美濃市の小山の麓に位置する、民家の敷地の一角。ここに不法投棄された無数の墓石が折り重なった、“墓の墓場”がある。
その高さは3m、幅と奥行きは15mほど。墓石に絡まったツタを引っ張れば、崩れ落ちそうなほど乱雑に積み上げられている。この家の住民、河村誠治さんは「どれだけの数が持ち込まれたのかも分からない。撤去には700万円以上かかるようだ」と嘆く。
投棄が始まったのは9年前。墓石の処分業者を名乗る男が、土地の賃借を申し出た。通常、参拝者がいなくなるなどした墓石は石材店が引き取る。男は石材店から墓石の処分を請け負い、輸送中の一時置き場として土地を使うと、河村さんに説明していた。
しかし、河村さんが長期入院をしているすきに、男は墓石を大量に持ち込んで放置した。河村さんはたまる一方の墓石の撤去を何度も要請。しかし、男は「(撤去するための)レンタカーの空車がなく、借りられない」などと理由をつけて取り合わなかった。地権者も巻き込んでの民事訴訟に発展したが、男は出廷を拒否。さらに敗訴の直後に美濃市内の自宅を引き払い、行方をくらませた。
男が雇っていたドライバーの証言で、墓石の処分を頼んだ東海地方や関西地方の石材店が一部判明。岐阜県は各業者に引き取りを求めているが、実際に回収されたのはごく僅かだ。男に依頼した石材店の店主は「家名などを刻む『竿石(さおいし)』は施主の代わりに永代供養し、台座は産廃業者で砕石すると男から説明を受けていた」と証言する。店主は「それなりの処分料を支払っている以上、自費で引き取れといわれてもおいそれとはできない」と困惑顔だ。
岐阜県によると、墓石を不法投棄した業者は産業廃棄物処理業者でも宗教法人でもない。しかし、この業者が掲げていた「墓の代行供養」というサービスには、どちらの資格も必要なく、行政処分の対象でもない。法の抜け穴をついたビジネスだった。複数の石材店によると、男は竿石1つを1万円で引き取っていた。
一般社団法人「全国優良石材店の会」の山崎正子事務局長は「全国で同様の投棄事件が散発している」と懸念を示す。継承者の有無に関係なく、先祖伝来の墓を撤去する「墓じまい」をする高齢者が増えていることが背景にあるという。「子どもに墓の世話をさせるのが忍びないという動機の人が多い」
実際、墓じまいをしたり、故郷から都市圏などに墓を移したりすることを指す「改葬」は、地震の頻発で墓の移動が一時的に急増したとみられる2005〜06年を除き、年々少しずつ増加している。
●墓を処分したり移したりする「改葬」の件数
一部の寺院や霊園は、墓じまいした墓石の供養を請け負っているが、石を安置する土地が不足するケースが増え始めた。施主が墓を産業廃棄物にすることに抵抗を覚える場合は、墓石の行き場がなくなってしまう可能性がある。結果、墓石の不法投棄で暗躍する業者が出てくるという構図だ。
近代日本の家制度の象徴として、先人をしのび、敬い弔う対象だった墓石。それが、残される家族の重いお荷物に、あるいは悪徳業者の飯の種になる場面が増えてきた。その象徴が美濃市の「墓の墓場」なのである。
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