ずるいよね、女ばっかり守られて」

今年の夏、"ナンパ塾"をうたう組織・リアルナンパアカデミーの塾長と塾生が、女性に性的暴行をしたとして逮捕されました。牧村さんはこの事件について深く考え、「わたしが女性に警戒されるような自分だったらどうだったろうか」と想像します。「痛いほどの孤独がわたしを刺す」という牧村さんの言葉には、どんな想いがこめられているのでしょうか。


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午後10時、横浜・みなとみらい駅。

4番出口はSFの宇宙船の廊下みたいな細い四角い閉鎖的ルートをずっとずっとずっと歩いてちょっと右折して、エレベーターのドアしかない死角で待って上がって出るという隠し通路みたいな作りになっている。午後10時ともなると、大観覧車もショッピングモールも営業終了した街に、わざわざ出て行こうという人はとても少ない。

わたしは歩いていた。帰宅の人混みを逆流していた。人混みを抜けやがて、隠し通路・4番出口のルートに入った。すっと人がいなくなる。明かりがやたらと明るい。人混みのガヤガヤ楽しそうな声が、足音が、後ろに遠のいていき、目の前にはただ、リクルートスーツの女の人ひとり。長い通路に、彼女とわたし。コツコツ、彼女のパンプスの足音が響いた。わたしの足音はスニーカーだから、静かだ。

喧騒が遠のいていく。パンプスがコツコツ響く。目の前の女性が歩調を早めた。つられてわたしも歩調を早めた。わたしの足音が少し大きくなる。右に曲がる角が目前に迫る。あの角を曲がれば、わたしたちは人混みから見えなくなる……。

女性が右折した。その瞬間、ちらりとわたしを見た。その人はわたしが女性であることを見てとって、すこしほっとしたようだった。わたしはその女性とエレベーターを待ち、ふたりで、エレベーターに乗った。地下二階から一階へ、少しの沈黙。その沈黙の間、こんな想いにとらわれた。

この人は、わたしが男性だったらエレベーターに同乗しただろうか?
わたしは、この人が男性だったらエレベーターに同乗しただろうか?

2018年9月。信号待ちしていた歩行者の女性をバーに誘い、ダーツで負かして罰ゲームと称して大量の酒を飲まそうと思ったけど結局女性が強すぎて勝てなかったので、イカサマUNOで負かして飲ませ性的暴行に及んだ疑いで、“ナンパ塾”をうたう組織・リアルナンパアカデミーの塾長と塾生が逮捕された(時事通信)。

塾長・渡部泰介容疑者は、容疑を否認。報道陣に対して中指を立ててみせた(AbemaTIMES)。

中指立てておきながらもサングラスとマスクで顔を隠して下を向いている、彼の姿を見て、胸が痛くなった。言葉を探した上で、誤解を恐れずに言えば、わたしのこの胸の痛みはどうしても、さみしさ、としか言いようのないものだ。

たぶん、だけど。 おそらく渡部容疑者は……40代男性として生きる渡部容疑者は、きっと、見たことがないのだろう。夜道で、電車で、エレベーターで、みなとみらい駅4番出口で、(ああ。こんなとこで気配がして怖かったけど女の人だった、よかった)と、女が女に見せる、あのほっとした表情を……。

「女好き」を名乗り、「10年以上ナンパの最先端にいます」と自称し、プロフィールページにモザイクをかけた自分と何十人もの女性の写真を並べて「この女の子達のほとんどとSEXしています」と黄色ラインマーカー付きで書く40代男性。

そんな彼に向けられてきた、女性たちの視線を想像している。

渡部容疑者のツイートを追うと、今回の逮捕について、「自分は悪くない。女が悪い。社会が悪い」と考えている様子がうかがい知れる。塾生が逮捕され警察の捜査が進んでいた2018年6月下旬、彼は「女の言い分だけで有罪にされる」というような発言を繰り返している。


渡部さん、女が憎いんでしょう?

女好きを自称し、わたしを女扱いする男性と話すとき、わたしは彼らの中に、こういう声を聞くことがある。

「ずるいよ、女ばっかり守られて。弱者ぶって、被害者ぶって、言い分を聞いてもらえて、同情してもらえて、ちやほやしてもらえて、おごってもらえて、運転してもらえて、レディースデーがあって、女性専用車両もあって、可愛く甘えることが許されて、セックスでは気持ちよくしてもらう方で……女ばっかり守られて!!」

憎悪と、羨望と、寂寥。女を「女」としてしか見られない。それぞれ違った個性を持つ人々とどれだけ出会ったとしても、相手が「女」に見えたというだけで、セックスした回数の数字にまとめてしまう。人間を前にした時、相手が「女」に見えたというだけで、人間なのに「女」としてしか見られなくなる。ただ人間と人間として向き合うことが難しくなる。人を孤立させる濃い霧のような憎悪と、羨望と、寂寥が、わたしをも窒息させる。女を愛する女のわたしをも、窒息させる。

女を愛する女として、わたしは引き裂かれるような気持ちでいる。

女の姿のわたしは知らないのだ。異性愛男性と違い、レズビアンには路上でナンパする権利すらないと思って生きてきた。女が女に声をかけたとしても、カルトかマルチの勧誘だと思われるだけだと思ってるから、わたしは一度もナンパしたことがなくて、だからナンパを無視される痛みも知らない。可愛い雑貨屋に入る。可愛い雑貨を買う。可愛い女性店員さんはわたしに警戒しない。「そのネイル可愛いですね。似合ってます」「ありがとうございます!わたしもお気に入りなんです〜」。ドキドキしながら何か言おうとも、返ってくるのは、無邪気な笑顔だ。目の前の女性客の性的指向が女性に向いているなんて想像もしないであろう、ただ女性を女性であるというだけで信頼してくれる無邪気な笑顔と、その笑顔が可愛いからこその罪悪感。この笑顔を裏切ってしまうような自分の性的指向。みにくい自分の汚い性欲。拒絶される恐怖。自己嫌悪。自己嫌悪。自己嫌悪。自己嫌悪……。

濃い霧に包まれて、ひとり。

渡部容疑者的なるものは、続いている。渡部容疑者が逮捕され、彼が何万円で売っていた情報が科学的根拠に乏しい血液型性格診断やら営業向けビジネス書を一冊でも読めば絶対書いてある超基礎的交渉術やら冤罪防止と称した盗撮・録音のススメであったことが報じられても、渡部容疑者的なるものは、続いている。

わたしが“渡部容疑者的なるもの”と呼ぶのはつまり、顔出しせず女をはべらせたアイコンでナンパ師・恋愛コンサルなどと自称し○人斬りなどと誇る男性と、彼に何万円も何十万円も上納する男性たちのコミュニティだ。そうしたコミュニティの共通点は下記の通りである。

  • 女性に“ランク”や“攻略難易度”があるとうたう。
  • 何人の女性とセックスしたかを数値化して競う。
  • コミュニティ内の専門用語を作り結束を強める。
  • ナンパの成功率は技術や法則で上げられるとし、情報を有料で売る。

彼らが嘲笑の対象となり、「女心を知りたいのになんでわけわからん男のコンサルに金払うんだよw」「キモすぎw」「モテなさそうw」的なコメントを浴びているのをインターネット上のあちこちで目にする。罵倒と嘲笑の中で彼らは孤立し、結束を深め、先鋭化する。

「○○さんを叩く奴らはわかってないですよね」
「頭が悪い」
「理解力が低い」
「モテない自分を変えようと努力する自分たちが正しいに決まっている」
「アンチの皆さん拡散乙です!これから昼ストw人妻即りまくりです!!」

僕たちは頑張っている。
僕たちは頑張っている。
僕たちが頑張っている。
ずるいよね、女ばっかり守られて……。

(渡部容疑者が使用していたバナー

以上でわたしはこのエッセイを終え、入稿し、プライベートネイルサロンに行き、女性ネイリストとサロンで二人きりになって爪をきれいにしてもらい、夕食の材料を買って夜道を帰るだろう。「守られて」いるはずの女性は、夜道で、エレベーター前で、今日もわたしを警戒して振り返るだろう。そして安堵するだろう。(ああ、女の人だったかぁ)と。

しかしわたしが、「守られて」いるはずの女性に警戒されるような自分だったらどうだったろうか。「男は勉強を頑張っていい大学いい会社に入り女性と子供を守りなさい」と育てられた自分だったらどうだっただろうか。満員電車で疑われないように両手をあげて耐えて帰宅後、教科書を買うみたいにして、「塾」とか「講師」とか「メソッド」とか「マインドセット」とか言ってる自称ナンパ講師の情報商材を買ったのではないだろうか。勉強と同じように、恋愛にも方程式があるのだと信じたがったのではないだろうか。そして無視される。女性に対する憎悪を募らせる。女性を数字にする。夜道で女性を襲う性犯罪者ではなく、夜道で男を警戒する女性を標的とみなす。電車で性犯罪をはたらく者ではなく、女性専用車両に乗る女性を標的とみなす。冤罪だ!冤罪だ!僕は何もしていないのに!僕は何万円も払って努力しているのに!どうしてそんな目で見るんだ!どうして無視するんだ!

ずるいよ、女ばっかり守られて……!

痛いほどの孤独がわたしを刺す。何か言いたくなる。バイト先で会ったバンドマンがガラケー時代に出会い系のサクラのバイトで月40万稼いでいた話や、ナンパセミナーの構造について「基本詐欺師の手のひらで踊るシステム」と報じたポストセブンの記事など知ってもらいたくなる。でも響きにくい。わたしの見た目が女だからだろう。彼らの目には、わたしの見た目が、「人間」ではなく、「女」だから、だろう。

早く人間になりた〜い、ね。

だからわたしは書く。書き続ける。涙目で書き続ける。あきらめ悪く書き続ける。わたしたちがみな、人間であるということを。わたしたちは、「男」や「女」とされる前に、一人一人、みんな違う、数字ではありえない、記号でもありえない、人間、なのであるということを。

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ハッピーエンドに殺されない

牧村朝子

性のことは、人生のこと。フランスでの国際同性結婚や、アメリカでのLGBTsコミュニティ取材などを経て、愛と性のことについて書き続ける文筆家の牧村朝子さんが、cakes読者のみなさんからの投稿に答えます。2014年から、200件を超える...もっと読む

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tatorukk 和姦を証明するには、録画を残すしかないと思うのだが。隠し撮りはダメなのか?じゃ、ハメ撮りすればいいのか? https://t.co/3zx2n7F5N7 3分前 replyretweetfavorite

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