ZOZOコミュニケーションデザイン室長の田端信太郎氏 衣料品通販サイト「ゾゾタウン」を運営するZOZO(ゾゾ、旧スタートトゥデイ)の前沢友作社長は、月周回旅行を申し込んだり、プロ野球参入に意欲を見せたりと話題の多い経営者だ。その前沢氏が「無料でばらまきまくる」と宣言した体のサイズを測るボディースーツ「ゾゾスーツ」の配布数は100万を大きく超え、これを核とするプライベートブランド(PB)戦略が本格始動した。PB展開に向け、前沢氏が招いたのがLINEの上席執行役員を務めた田端信太郎氏だ。コミュニケーションデザイン室長を務める田端氏にZOZOのブランド戦略と広告の今後を聞いた。
■オーダーメードを「民主化」
――LINEの広告事業のトップで、ネットで発信力を持つインフルエンサーとしても知られる田端さんの転職は話題になりました。どういう経緯だったのですか。
「LINEの広告事業を通じ、顧客であるZOZOとは付き合いがありました。2017年の秋ごろ、前沢社長から『PBをやるにあたって、今までの会社のブランディングやマーケティングを変えていかないといけないと思っている。一緒にやりませんか』と声がかかりました」
スマートフォンで撮影し、体形を計測できるゾゾスーツ 「まだPBの具体的な情報が出ていない段階でしたが、3回ほどお会いしたところで、ゾゾスーツを見せられました。『これを世界中に配って体のサイズを測り、それぞれの人に合った服を低価格で販売しようと思っている』と言われ、一瞬で『なるほど!』と納得したのを覚えています」
――ゾゾスーツにどんな可能性を感じたのですか。
「今、私が着ているPBのTシャツは1200円です。服のオーダーメードは高級というイメージがありますが、技術を通じてそれを民主化していくというビジョンです。前沢社長自身、背が低いので、服を買ったり試着したりするのは必ずしも愉快な体験ではなかったと、よく言っています。そういう個人的な問題意識から出発し、普遍的な悩みや課題のど真ん中にボールを投げる話だと思いました。ニーズは地球上の70億人にあるのです」
――ファッションテックともいわれます。
「2~3年前から、IoT(あらゆるモノがネットにつながること)とよく聞くようになりましたが、あまりピンときていませんでした。ネット黎明(れいめい)期から業界にいますが、こういうアルファベット3文字の業界言葉は、ラベルを張り替えているだけのような気がしていたんです。ところが、ゾゾスーツと、押すだけで商品を注文できる小型端末『アマゾンダッシュ』をほぼ同じ時期に見て、これこそIoTをマーケティングに生かす事例だと思ったんです」
■生産の「起点」、メーカーから消費者に
田端氏の後ろに見えるのが「ゾゾスーツ」。ファッション業界をどう変えるのか 「20世紀はT型フォードが象徴するような大量生産が確立した時代でした。おかげで一般人も車に乗れるようになった。大量生産・大量消費の経済モデルで、まず生産がある。21世紀はアマゾンダッシュとかゾゾスーツみたいなものが常時ネットに接続され、消費者の情報を企業が自動的に吸い上げられるようになります。まず供給ありきでなく、需要が生まれてから生産・流通が動くというのが簡単にできるようになります。起点が逆になるという革命です」
――入社してから、何をしてきましたか。
「7月3日にPB戦略の発表会をやりました。今までそういうことをやってこなかった会社でした。入社したとき、良くも悪くもスーツだけが目立っているのが課題だと感じたんです。スーツには一晩で100万着の予約が殺到しましたが、これはあくまで巻き尺です。服のブランドとして始めたんだと認知してもらわないといけないんです。10月1日には、社名をスタートトゥデイからZOZOに変えました。サービス名と会社名が別なのも、ブランド認知の意味で非常にもったいなかった」
――今後の課題は。
「PBで提供できる価値を訴えていきたいです。サイズがぴったりの服が、着る人にとってどんな意味があるのか。着心地がいいということなのか、格好良く見えるのか、自分のための服を着て自信がつくのか。あるいはビジネススーツで就活の面接に行ったら合格しやすいみたいなことがあるのかどうか。これから研究していくところです」
「PBの展開にあたっては、偉大な先輩としてユニクロの事例も研究しています。『ヒートテック』は10年以上前から素材で東レと組み、広告では利用者に焦点を当てて北海道の漁師に着てもらうなど革新的な取り組みをしています。日本で最も寒さに困っているだろう漁師に、着ぶくれしなくて動きやすい服が届き、今までと次元の違う機能に出合った感動が見える。イメージ戦略じゃなくて、ファクト(事実)そのものです。ストーリーとしてわかりやすい」
■どんな体形でも、似合う服
田端氏は「全ての業界で個人仕様化が起こる」と話す 「サッカー日本代表の本田圭佑選手が当社のデニムを着てくれていました。サッカー選手は一般的な体形に近いと思いますが、ラグビーとかアメリカンフットボールなどのアスリートには特殊な体形になった人もいて、既製品では間に合いません。肩幅で合わせると下がだらだらになる。そういう人にZOZOのビジネススーツがいい、というように展開できるのではないかという仮説を持っています」
――ユニクロはSPA(製造小売り)という業態でアパレルに革命をもたらしました。ZOZOは何を変えたいですか。
「ゾゾスーツで利用者のことを知れば、従来とは違うレベルで消費者の需要に直結できると思います。化粧品でも個人仕様化が始まっており、全ての業界でそういうことが起こるでしょう。一人ひとりの情報が、ネットの力で低コストで把握できるようになりました。お客さんのことをよく知っている人が強いというのは、昔から商売の基本です。当たり前のことを最新の技術でやっていくだけです」
――マーケティングの発想を学ぶ原点になったのは、どんな仕事ですか。
「リクルートのフリーマガジン『R25』の立ち上げが原体験ですね。R25は60万部までいきましたが、同じだけ売れている男性向け雑誌と、広告単価を同じにはできませんでした。一流企業はフリーマガジンに広告を出さないという常識を覆そうとしていました。そうしたなかで、読者はなぜ記事を読むのか、広告主はなぜ広告を出すのかなどと本質を考える癖がついたと思います」
■単なる広告、ブロックされる時代に
――広告やマーケティングは、これからどう変わりますか。
「広告が独立した機能としてある時代は、だんだん終わるんじゃないかと思います。糸井重里さんのような言い方になりますが、商品やサービスそのものに広告やマーケティングが練り込まれる。広告と商品を分けた瞬間に、広告はブロックされます」
「アマゾンダッシュは、ユーザーがわざわざ500円くらい払って商品が描かれたボタンを買います。それをうれしそうに冷蔵庫に貼ったりするんです。この現象を考えたとき、『これも広告だな』と思いました。広告を『ユーザーと新しい接点を持ちながら、なおかつ継続的に商品が売れる状態をつくりだすこと』と定義するなら、まさに広告ですよね」
「ゾゾスーツも21世紀の広告だと思っています。マーケティングとは、どうやって新規の顧客と接点を築くか、既存の顧客とのつながりをどうやって深めるかということです。何のために会社があるのかという存在意義、本質を考えないといけないと思っています」
田端信太郎
1975年石川県生まれ。慶応大経済卒。NTTデータを経て、リクルートでフリーマガジン「R25」の立ち上げに参画。2005年ライブドア入社。コンデナスト・デジタルを経て、12年にNHNジャパン(現LINE)執行役員広告事業グループ長に。18年から現職。
(安田亜紀代)
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