職場の席替えはなぜ必要なのか
社員の異動や退職、あるいは部内の交流を活性化するために、配置換えや席替えをする企業は多い。それを煩わしいと思う従業員もいるだろう。座席を移動するために荷物の梱包作業に時間を取られてしまい、日々の業務の妨げになるからだ。だが、筆者らの調査によると、そうした配置換えは人的交流を促すだけでなく、業績の向上にも寄与することが明らかになった。
『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』2018年11月号より、1週間の期間限定で全文をお届けする。
「中央のトイレ」が生んだ
ピクサーのイノベーション
職場で配置換えや席替えがあると、多くの社員はひたすら面倒だと感じる。デスクを片付け、物をダンボール箱に梱包しなくてはならず、日々の仕事をじゃまされる。いったい何のためだ、と考えてしまう。
そうした変化のメリットをずっと主張してきたのはデザイン会社だ。人の流れがスムーズで、異なる同僚たちと思いがけない出会いがあれば、コミュニケーションが向上し、協働作業がうまくなり、創造性も増す、という。
これを信奉するマネジャーたちもいる。ピクサーの新しい本部を計画していた時、スティーブ・ジョブズは建物の中央の空間にトイレをつくり、少し歩かないと社員は利用できないようにしたが、予期せぬ「衝突」がイノベーションに火をつけることになった。多くの調査研究でこの主張が裏付けられている。しかし、オフィス改造への投資に対する経済的な効果を証明するのは、これまでのところ困難であった。
あるeコマース会社の実験
カーネギー・メロン大学のサンキー・リー教授は、新しい本部に移転する韓国の大手eコマース会社で「自然な実験」に遭遇した(同社は匿名を希望している)。旧社屋では、仕入販売担当の6チームが、多種にわたる製品カテゴリー(電子製品、乳児用品、ファッションその他)の仕入れとフラッシュマーケティングを担っており、一つの区画に固まって座っていた。一方、別の仕入販売担当の6チームは別の区画に席があって、2つのチームは共通の入り口によって隔てられていた。
新社屋では全チームを1ヵ所にまとめたいと会社は考えていたが、スペース上の制約で、9チームはオープンエリア1ヵ所に、他の3チームは別の区画に配置され、共通の入り口で隔てられることになった。2つのスペースは、インテリア、照明、設備、チームとワークステーションとの距離、管理部門への距離において同一だった。またこれらは旧本部の様子とよく似ていた。どこに座るかについて社員が選ぶ自由はなかった。
リー教授が移転前の120日と移転後の80日、合わせて200日間にわたり、60人の仕入販売担当者が行った3万8435件の取引を比べると、チーム数が多いエリアにいる担当者は、移転前より、新規サプライヤーからの仕入れを平均25%多く行っていた。
これらの取引は仲間で協働した結果ではない。人々の仕事ぶりの質に変化が起きたことを示したのである。リーはこの変化を、「活用」(単に以前うまくいったオファーを繰り返す)から「探求」(新しいアイデアを出す)へのシフトだとした。さらに重要と思われるのは、移転前はあまり面識のなかった同僚の近くに座った仕入担当者の1日当たり取引収益が、移転前の担当者全員の平均と比較して、40%(1日当たり1万6510ドル)上昇したことだろう。
創造性の高まり、すなわちアイデア探求へのシフトが統計上顕著だったのは、仕入取引の経験が中央値より高くて、新社屋での同僚のうち、少なくとも数人とは以前に交流がなかった人たちである。
リーは、「自分の専門エリアについて十分に学習してしまうと、新しい人々との接触で創造性が高まります。特に物理的な近さによって、新しく出会った同僚との間で信頼が高まり、新しい貴重な情報の交換が増加します。そういう能力を持つ人であれば、その新しい知識と以前からの自分の知識を組み合わせて、イノベーティブになるのです」と説明する。
こうして新しく仕入れた商品には、車内で電源を取れる炊飯器(家庭生活とレジャーの組み合わせ)、ブルートゥース機能搭載のイヤーマフ(ファッションと電子製品)、音楽を奏でるトイレしつけ用の幼児用便器(ベビー用品と電子製品)などがある。担当者たちは新しい同僚たちと直接協力したわけではない、とリーは述べる。むしろ、聞こえてきた会話や世間話に刺激されて、創造性が「ゆるやかに」から「急進的」にシフトし、その結果、売上げが伸びたのだという。
興味深いのは、物理的な職場スペースの改革のほうが、会社が行ったもう1つの別の改革より、業績向上に大きく役立ったように見える点だ。この改革とは個々のインセンティブから定額賃金への移行である(これについてもリーが調査している)。加えて、職場の配置換えによる効果は非常に早く、クロスカテゴリー取引の上昇は1ヵ月のうちに表れ、移転後80日間を通じて上昇が続いた。
会社の目標と合致すれば
席替えは意味がある
リーの調査は、移転前・移転後の状況を利用して、席替えが個人のイノベーションと販売成績に及ぼす影響を検証した初めての研究である。しかし、これは、同僚の座る位置が共同作業に大きな影響を与える可能性を探る、これまで長く続けられてきた調査の一端にすぎない。
たとえばマサチューセッツ工科大学のトーマス・アレン教授は1970年代に、ある多国籍企業のR&D施設内におけるエンジニアたちのコミュニケーションを調査した。アレンの分布曲線では、遠く離れて座っている人たちの間で対話が大きく落ち込むことが示された。先行研究の多くがビジネスをテーマとしていたが、この事象は他の分野にも及んでいる。たとえば、2015年のある調査によれば、所属政党にかかわらず、米国上院議員は席が近い議員が出す立法案を支持する率が高いという。
リー教授は、その韓国企業でデータを収集し続けたら、席替えの効果のその後が観察できたのではないかと考える。「これまで関わりのなかった人の近くに座った時、その人から吸収できる知識は一定量に留まります。こうした知識は時間が経つと薄れてきます」
またリーは、調査が集団主義的な文化におけるテクノロジー系スタートアップの、比較的小さな社員グループを対象としたものであったことから、この結果を拡大して解釈すべきではないとする。それでもリーは、他の会社でも、また他の国々でも、結果を出すためにこうした試みを行う価値はあると言う。
「これはその会社の目標にもよります。生産性を維持したいのであれば、職場スペースをいまのままにしておくことが考えられます。移転、特にオープンスペースへの移行は、社員のモチベーション、満足度、さらに健康まで低下させることがあります。しかし会社が知識の共有とイノベーションを目指すのであれば、定期的な配置替えは価値があるかもしれません。特に以前関係が薄かった人たちを一緒にし、新しい業務に就いた人々に訓練と支援を与える場合には」とリーは述べている。
多くの会社ではドアを閉め切ったオフィス、オープンなキュービクル方式(個人のスペースをパーティションで仕切る)すら捨てて、偶然の交流を促進するために(そして経費を節約するために)、デスクを寄せて配置する共同ワークスペースを採用するようになった。しかし、定期的に席替えをする会社は少ない。
実施している会社の例を挙げると、シミュレーションゲームのバルブでは、ワークステーションにホイールをつけて、社員が行きたいところ、プロジェクトに都合のいいところへ勝手に動けるようにしている。旅行ウェブサイトのカヤックでは、新入社員を理由にして社員の席の配置替えをする。マーケティングソフトウェア会社ハブスポットでは、数カ月ごとにランダムにデスク配置を変えている。
このようなオフィスの配置替えが韓国のeコマース会社と同じように売上増大につながるかどうかは、今後の調査が必要だ。しかし、この手法は次第に一般的になってきている。「異なる背景の人々に、アイデアを出し合い、影響し合うように奨励するというアイデアで、双方のよいところを取ることが可能です。個人と集団のパフォーマンス両方を向上させることができるのです」とリーは述べている。
IN PRACTICE
“IT MAKES THE COMPANY LESS CLIQUE-Y”
「派閥を生まない会社をつくる」
ケイティ・バークはマーケティングソフトウェア会社ハブスポットの人事担当責任者である。同社はボストンに本拠を置き、2000人近くを雇用する。席替えを定期的に行うアプローチについて、最近HBRに語ってくれた。その抄録を掲載する。
HBR(以下色文字):ハブスポットのオフィススペースには、組織文化がどのように反映されていますか。
バーク(以下略):当初から、社内のコラボレーションを進め、上下関係を取り払いたいと考えました。「コーナーオフィス症候群」を避けたいと思ったのです。「コーナーオフィス症候群」というのは、幹部社員が他の社員たちから孤立し、また、チームによっては他のチームと全然交流しないような状況です。
ですからいつもオープンオフィスを使ってきました。また、チームとオフィスにもよりますが、だいたい3カ月ごとに席替えをしています。
それほど頻繁にデスク位置を変えさせる理由は何ですか。
どんなオフィスにも良い席と悪い席があるということに創業者たちが気づいたからです。そこで、創業者たちも含めて全員が参加するくじ引き制度をつくりました。番号「1」を引いたら、その人が自分の好きなところに座ります。しかし何ヵ月か後には別の人が一番のくじを引くことでしょう。
パワーバランスの不公平感を取り除くことが大切です。席替えでは、変化が継続的に続くことを示すので、私たちの適応性が要求されます。社員たちに、自分で決めた交流パターンから出て、ほかの人たちと協働し、学んでほしいのです。もし私がブログチームでマーケティングを担当していて、ある日突然、営業担当者の隣に座ることになれば、その電話のやり取りを聞くことになります。そうしたら、自分たちが提供しているものをどのように説明するのか、多くのことを学べるはずです。
チームはまとめて移動するのですか、それともいろいろな役職の人たちをミックスするのですか。
チームは1つにまとめておきますが、隣のグループは変わりますし、チーム内での席も変えます。またインターンや新規に採用した人たちを前から在籍している人たちの近くに置いて、仕事のやり方を学んでもらえるようにします。
そういう配置替えにどれほど時間がかかりますか。
従業員エクスペリエンスの担当チーム、管理や設備などのチームがかなりの時間をかけて協力しますが、そうしたコストをかけてもメリットは十二分だと考えています。
席の配置を重視していらっしゃいますが、社員は在宅勤務も許されるのですか。
全員にノートPCを持たせています。柔軟性を推し進め、テレワークを奨励しています。どのオフィスでも全然顔を出さない人たちもいますが、少なくとも週に3日か4日は出勤するよう奨励しているチームもあります。私たちは、それぞれのチームに何が期待されているかに透明性を持たせようとしています。
それからオフィス内に、電話をかけるとか、一人で集中して働くとか、そういう目的のスペースも設けてあります。人通りの少ないエリアのノマド用デスクとか、クワイエットルーム、防音スペースもあります。
社員の人たちは、四半期ごとにデスク周囲のものを集めて移動するのが、いやになってこないですか。
いまの私たちの規模の会社でこんなことをするのが実際的かどうか疑問視する人はいます。友だちになった人、プロジェクトで協力した人と離れて移動するのは、嫌だとか面倒だとか思う人もいます。
でもそれが創業時からのうちの文化です。これで派閥が生まれにくくなります。自己満足に陥るのを防いでくれます。社員への強いメッセージの一つは「あなたがすべて解決できたと思う日は、会社にとっては敗北の日だ」というものです。物理的に席を動かすことが、目に見える形でこれを思い出させてくれます。
研究について:
“Can Recon?guring Spatial Proximity Between Organizational Members Promote Individual-Level Exploration?” by Sunkee Lee (working paper)
“Why You Should Rotate Office Seating Assignments,” HBR, March-April 2018.
(C)2018 Harvard Business School Publishing Corporation.
編集部/訳
(HBR 2018年3-4月号より、DHBR 2018年11月号より)
Why You Should Rotate Office Seating Assignments
(C)2018 Harvard Business School Publishing Corporation.
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- 職場の席替えはなぜ必要なのか (2018.10.17)