寺嶋由芙が2018年10月17日にリリースするニュー・シングル「君にトロピタイナ」は、題して「トロピカルミネアポリスユーロ歌謡」。その作詞作曲編曲とプロデュースを担当したのは、NONA REEVESの西寺郷太だ。彼が寺嶋由芙の「君にトロピタイナ」にミネアポリス要素として投入したのは、プリンスがかつてプロデュースしたシーラ・Eの「The Glamorous Life」という大ネタだった。2015年には「プリンス論」も著した西寺郷太が、「The Glamorous Life」の要素を寺嶋由芙に託したのはなぜだろう? そして、西寺郷太が考える「アイドル」の概念とは? 西寺郷太と寺嶋由芙の対談は、もうすぐソロ活動5周年を迎える寺嶋由芙の今後を照らしだすものにもなった。
出会いは6月の「矢野フェス2018」
――おふたりの出会いは、2018年6月16日の「矢野フェス2018」(矢野博康がプロデュースするフェス)だったとうかがいました。それまでお互いの存在は知っていたのでしょうか?
西寺郷太 正直、「寺嶋由芙」というの漢字四文字の並びはよく見てたんですが口に出して読んだことはないというレベルでしたね……(笑)。僕はアイドル・シーンにあまり詳しくないんですけど、夢みるアドレセンスやNegiccoをプロデュースするときにはやっぱり研究するので、そういうときにソロは目立ちますから。
寺嶋由芙 ありがとうございます。
西寺郷太 あとは、彼女が早稲田大学の後輩ということで、トミヤマユキコさん(早稲田大学の講師として寺嶋由芙を指導していた)から聞いていた気がします。3日ぐらい前にヨーロッパ企画っていう劇団の舞台を見にいったら、たまたまトミヤマユキコさんもいて、「寺嶋をよろしくお願いします」ってさんざん言っていました(笑)。
寺嶋由芙 先生ありがとうございます……! 本当に恩師です。
――寺嶋由芙さんは西寺郷太さんのことを知っていましたか?
寺嶋由芙 Negiccoさんや吉田凜音ちゃんのプロデュースでお名前を見ることが多かったです。なので、そういう方に今回お願いできるって聞いてびっくりしました。
南波志帆の「それでも言えない YOU&I」の10年後が「君にトロピタイナ」
――今回「君にトロピタイナ」のプロデュースが西寺郷太さんに依頼されたきっかけは、これまで寺嶋由芙さんをプロデュースしてきた加茂啓太郎さんが「矢野フェス2018」の深夜に西寺郷太さんと遭遇して、「これは運命だと思った」からだと言っていたんです。
西寺郷太 その直前まで由芙ちゃんと一緒だったんです。
寺嶋由芙 そうなんです。
西寺郷太 打ち上げの一次会は由芙ちゃんもいて、でもあんまり由芙ちゃんとはしゃべってなくて。ここにいるテイチクエンタテインメントのA&Rさんからは、挨拶されたんですけど。二次会終わりでかなり酔っ払った状態で帰ろうとしたとき、その日は別現場で矢野フェスに来られてなかった加茂さんが打ち上げで恵比寿の「8(エイト)」っていう中華屋に偶然いらして。会釈だけした感じでした。後日マネジャーから「加茂さんから仕事を頼みたいって電話がきたよ」って。僕はなんだか混乱したんですよ、由芙ちゃんを担当しているって知らなかったし、「矢野フェスでは会わなかったよな?」って(笑)。
寺嶋由芙 二次会終わりに会っていたっていう(笑)。
――いきなり寺嶋由芙さんの楽曲を依頼されていかがでしたか?
西寺郷太 加茂さんも、A&Rさんも「全部お任せします」って言ってくれたんです。意外にそういう現場はあまりないんです。ソロ・シンガーだったんで、南波志帆ちゃんの「それでも言えない YOU&I」(2009年『君に届くかな、私。』収録)での制作を思い出しましたね。関わる人が少ない楽曲は自分らしさが濃くなるので、やっぱり愛着があります。
――南波志帆さんのメジャー・デビュー前、LD&K時代ですよね。
西寺郷太 そうです。トータル・プロデューサーは矢野さんだったんですけど、あの曲に関しては作詞作曲編曲、打ち込みも、ギターを当時プロデュースしてたJackson Vibeの橋谷康一君に手伝ってもらった以外は全部自分で作れた自信作で。僕の中では、あの曲の約10年後がこの「君にトロピタイナ」っていう感じです。
どんな球を投げてもきちんとキャッチできる人
――2018年6月16日の「矢野フェス2018」の夜に西寺郷太さんと加茂啓太郎さんが会って、8月3日の「TOKYO IDOL FESTIVAL」ではもう「君にトロピタイナ」が初披露でしたね。2か月もありませんでした。
西寺郷太 しかも、8月頭でいいかと思ってたら、仮ミックスで7月のうちに曲を渡さないといけないと後から知ってめっちゃ焦ったっていう(笑)。その4、5日ってでかいんですよ(笑)。
寺嶋由芙 すみません、オケを事前に「TOKYO IDOL FESTIVAL」に渡さないといけなくて。
西寺郷太 でも、「郷太さん、曲をお願いします」と言われても全然頼まれない人もいれば、1回しか会ってないのに1か月ぐらいでもう曲ができる人もいるから、やっぱそれも縁だなと思います。僕も「君にトロピタイナ」を作る前に、由芙ちゃんの今までのいくつかの曲を聴いたり、音程や音域を調べたりすればするほど、「あれ? この子すごいんじゃないかな?」っていうのは思いました。
寺嶋由芙 いやいやいや。
西寺郷太 ソロでやってるから、普通のアイドルよりキャッチ能力があって、どんな球を投げてもきちんとキャッチできる人だなと思ったんです。「もし今知らなくても、CDが出るまでの3か月ぐらいの間にいろいろこの子は勉強するだろうな」と思ったんで、僕が「シーラ・Eっていう人がいるよ」って言っても調べられると思いました。
寺嶋由芙 いやいやいや、恐れ多い限りでという感じです、ほんと。
4番打者としてここにいる
――西寺郷太さんが、女性アイドルを作詞作曲編曲からプロデュースまでするのは、Negiccoの「愛のタワー・オブ・ラヴ」(2013年)や、吉田凜音さんの「恋のサンクチュアリ!」(2014年)から『Fantaskie』(2015年)までの諸作品以来ですね。
西寺郷太 あれはもう全部やりましたね。凜音ちゃんは去年、「HELLO ALONE」という1曲だけ提供しましたね。あと、去年は脇田もなりちゃんの「泣き虫レボリューション」も全部関わりましたけど、やっぱりシングル表題曲は気合いが入りますね。
――それこそ吉田凜音さんの「恋のサンクチュアリ!」のカップリングでは「M.I.R.A.C.L.E ~アイシタイキミガクル~(Fantaskie Re-Edit)」という気の狂ったような名曲も誕生したわけですよね。
西寺郷太 さすが、詳しいですね。ありがとうございます(笑)。
――女性アイドルをプロデュースしてきた中でも、今回寺嶋由芙さんをプロデュースするのはどんな感覚でしたか?
西寺郷太 凜音ちゃんは漢字4文字のソロ・アイドルっていう意味では同じだったんですけど、凜音ちゃんの場合は制作スタートした当時単純に13歳で(笑)。キャラクター的にも恋の歌が似合わない子だったんですよね。その強さが、凜音ちゃんの良さでもあるんですけどね。でも、由芙ちゃんの場合は、ある程度できあがってから僕も出会ってるんで。
寺嶋由芙 「恋の歌、どんと来い!」ですから(笑)。
西寺郷太 やっぱり由芙ちゃんの場合は大人のアイドルとしてフルスイングできるし、4番打者としてここにいるっていう感じだったので、珍しいパターンかもしれないです。そもそもソロのアイドルが少ないですから。あとは全部、夢みるアドレセンスやbump.yやNegiccoとかグループだったり、男性アイドルグループとの関わりも多くてV6やA.B.C-Zをプロデュースしたり。でも、由芙ちゃんの場合はソロの女性で。「あれ? この子なら、どんなことでもできるやん」と思ったんですよね。
寺嶋由芙 いやいやいや。
――寺嶋由芙さん、さっきからすごく持ちあげられていますね。
寺嶋由芙 そうなんです、ありがたい限りです。今回プロデュースしていただいて、今までいろんな方に曲も歌詞もお願いしているんですけど、今回レコーディングも郷太さんが全部ディレクションしてくださって、そういう形でのプロデュースって初めてだったので、いろいろ新鮮でした。ディレクションのときに求めてくださる歌い方やニュアンスの付け方もすごくわかりやすかったので、なるべく実現しようっていう気持ちは自分にもありました。
西寺郷太 プロデュースって名前が付くときは、必ず僕がヴォーカル・ディレクションまでやるので。ニュアンスで随分変わりますからね。それこそV6のときも歌を録るとこまでやらせてもらったので。
「今までこうだったからこうしよう」と考えないほうがいい
――「君にトロピタイナ」を書くにあたって、西寺郷太さんが注目した寺嶋由芙さんの魅力はどこでしたか?
西寺郷太 もともと彼女が持ってる癖みたいなものを、ちょっと薄めたいなと。この曲の場合は、渡して2日目ぐらいに彼女が歌っているんですけど、僕がそうしたかったところもあって。つまりあまり事前に準備してほしくなくて。真面目な子で何でもできちゃうからこそ、彼女が築いてきた「ゆっふぃー」像でデフォルメしすぎないほうが、彼女自身の歌の良さが伝わるんじゃないのかなって。「こうすればファンが喜ぶんじゃないか」って由芙ちゃんが先回りするのをちょっと制御したいっていうのはありました。たとえばですけど本当に悲しいときって号泣しないんじゃないかって、僕は思うんです。意外に外から見ると淡々としてたり、ぽっかり悲しかったりするんじゃないかなって。歌い方もできるだけフラットにしたほうが、彼女の声が本当に持ってるポテンシャルが伝わるんじゃないかなっていうことはレコーディングのときも言いました。
寺嶋由芙 新鮮でした。Aメロについて特に言っていただいたんですけど、なるべく癖を出さないようにって。私がすぐしゃくっちゃったりするのをなるべく出さないように、すごく心がけて歌った曲なので新鮮でした。
西寺郷太 ちょうど彼女の誕生日(7月8日)の辺りにワンマンライヴ(2018年7月6日『「レッツぐる~ヴでハッピーバースデー!」supported by japanぐる~ヴ(BS朝日)』)がありましたよね。加茂さんと電話して本気でやることになったのは、その3日ぐらい前だったと思うんです。ワンマンライヴに行こうかなって一瞬思ったんですけど、行かなかったんです。「今までこうだったからこうしよう」と考えないほうがいいんじゃないかなと思って。逆に、この曲を作った後に「TOKYO IDOL FESTIVAL」での初披露をニコニコ生放送で見たんです。ドワンゴに加入して(笑)。
寺嶋由芙 すいません。
西寺郷太 そのときに、感動したんですよ。ひとりでお客さんを夢中にさせる堂々とした振る舞いを見て、「この子、ステージさばきもすごいな」と思ったんです。それで感じたことを最終ミックスにいかしました。
――「君にトロピタイナ」は初披露からすごく評判が良かったですね。「ゆっふぃーに踊れる曲が来た!」って、みんなリアクションがすごく良かったです。
西寺郷太 「踊りうまいですよ」って聞いていたのもあってダンサブルな曲を書いたら、みんな「踊れる曲が来た!」って反応していたんですけど、「今までそうじゃなかったの?」みたいな感覚もあって(笑)。
――寺嶋由芙さんは、最終ミックスも終わっていない段階で、新曲を注目度の高い現場で初披露したのはどんな感覚でしたか?
寺嶋由芙 注目度が高い場に、ぎりぎりの形ではあっても間に合わせたかったし、それを実現してもらえて良かったです。自分のオタクしかいないところで歌うよりはずっと拡散されるし。郷太さんのプロデュースと聞いてうちのオタクもすごく喜んでいたけど、そうじゃないオタクも「わあ、すげえ」ってなっていたので。
西寺郷太 うちのオタクとそうじゃないオタク(笑)。
――プレッシャーはありませんでしたか?
寺嶋由芙 いや、ありますよ! あの「TOKYO IDOL FESTIVAL」はやることがいっぱいあったので。
西寺郷太 クイズ大会(2018年8月4日『TIF2018アイドルクイズ王決定戦』)で優勝したしね。
寺嶋由芙 そうです、クイズ大会とか、Dorothy Little Happyちゃんとのコラボ(2018年8月5日 SMILE GARDEN)とか、いろいろやりたいことはあったけど、自分のステージをちゃんとやるっていうのが一番大事なので、一番緊張してました。でも、この曲は楽屋で練習しているときから、一緒の楽屋だった子たちが「それ新曲ですか? すごくいいですね!」って言ってくれて、アイドル受けがステージに出る前からすごく良かったので「大丈夫!」って思ってから出ました。
ストック・エイトキン・ウォーターマンとシーラ・E
――サウンド面については、最初加茂啓太郎さんから「ストック・エイトキン・ウォーターマンみたいだと嬉しい」というオーダーがあって、「トロピカルミネアポリスユーロ歌謡」になって、シーラ・Eが入ってきたわけですよね。
西寺郷太 最初、うちの事務所の社長から「加茂さんから郷太君に寺嶋由芙ちゃんをプロデュースしてほしいって連絡がきたぞ、ディスコって言ってたけど」みたいな漠然とした連絡が来て。「ディスコもいろいろありますよ」って僕が言って(笑)。NONA REEVESに「LOVE TOGETHER」(2000年)っていう曲があるんですけど、ああいう生演奏ディスコだと、ストリングスやホーン隊、もちろん生ドラムも含めて、めちゃくちゃお金も時間もかかるし、今から8月までではなかなか難しいですよって。それで、僕が打ち込みのストック・エイトキン・ウォーターマンみたいなものだったらできるかもしれないって言ったんです。そしたら加茂さんから「ストック・エイトキン・ウォーターマン的なほうのつもりでした」みたいなメールが来て、「それだったら可能かもです」っていう感じでした。
――加茂啓太郎さんが、2016年のバナナラマの来日公演を見ていたのも影響していたのかもしれませんね。
西寺郷太 この曲作るとき、バナナラマもけっこう聴きました。
寺嶋由芙 このレコーディングのときに名前をうかがいました。
西寺郷太 最近改めて「I Heard A Rumour」や「I Want You Back」や「Love In The First Degree」とか聴いてみて、「なるほどいいな」っていう感じで。筒美京平さんと20年近く前に一緒に仕事したときに、帰り際に「郷太君、これ聴いて研究したら日本で売れるよ」って言われて渡されたのがリック・アストリーのファースト・アルバム(1987年『Whenever You Need Somebody』)だったんです。それはストック・エイトキン・ウォーターマンがプロデュースしていて、「こんなの今もらってどうするんだろう?」と思ったんです。僕は当然よく知ってましたし、その時点で10年以上前のヒット作でしたから。でも、やっぱり何かここにヒントがあるなと僕も感じて、実際いいメロディーのところにラインが引いてあったんです。「君にトロピタイナ」にもそういう要素は入れたほうがいいなと思って、ちょっとそのことを思いだしました。ユーロビートと言われた音楽が、その後日本でavex traxとかいろんなものにつながって、歌謡曲の中にもどんどん移植されて、今で言ったらDA PUMPの「U.S.A.」になる。日本人がすごく好きな打ち込み音楽なんだけど、ちょっとチャラいみたいな。
――トロピカルミネアポリスユーロ歌謡も「ミネアポリスって何のことだろう?」と思っていたんですけど、「TOKYO IDOL FESTIVAL」の2日目に、シーラ・Eの「The Glamorous Life」(1984年)だと気づいて、プリンスだとわかったんです。NONA REEVESだと、『DAYDREAM PARK』(2007年)の「DAYDREAM PARK」や、『MISSION』(2017年)の「未知なるファンク feat.曽我部恵一(サニーデイ・サービス)」もプリンスの影響が濃いですよね。そういうシーラ・Eやプリンスの要素を寺嶋由芙さんに持ちこむのは、どこから来たアイデアだったのでしょうか?
西寺郷太 さっき「君にトロピタイナ」のMVを見て「やってないやん」」と思ったんですけど(笑)、シーラ・Eみたいにシンバルを蹴っ飛ばしたりするのは、僕がもともといつか女の子のアイドルにやってほしいなって持っていたアイデアだったんです。たとえばマイケル・ジャクソンがステージで帽子をかぶったら「Billie Jean」が始まる予感でキャーッと客が騒ぐみたいに、シンバルがステージに出てくると曲が始まるみたいな(笑)。由芙ちゃんは昭和歌謡もテーマだって聞いていたので、石井明美さんの「CHA-CHA-CHA」(1986年)や中原めいこさんの「君たちキウイ、パパイア、マンゴーだね。」(1984年)や森川由加里さんの「SHOW ME」(1987年)とか、そういうラテン歌謡もあるなと思ったときに、僕が作る必然性としてシーラ・Eっていうのが思い浮かんだんです。単に懐古してるだけでなく、まさに今、世界中でラテンものやトロピカル・テイストって本当に季節を超えたトレンド、いやそれ以上の定番ヒットの流れですしね。それで「君にトロピタイナ」のリフを意図的に「The Glamorous Life」に近づければ面白いんじゃないかなって思って作ったのが、ミネアポリス感でした(笑)。
――今回「君にトロピタイナ」をもらうまで、寺嶋由芙さんは世代的にシーラ・Eの存在は知らなかったですよね?
寺嶋由芙 知らなかったです。
――シーラ・EのMVを見てどう思いましたか?
寺嶋由芙 セクシーだなって。
――「パーカッション、叩きすぎじゃない?」とか思いませんでした? パーカッショニストなんですけど。
寺嶋由芙 私、シンバルを蹴る人は吉川晃司さんだと思っていたんです。そしたら、その元ネタだっていうのを今回うかがって「なるほど!」って勉強になりました。
――え、吉川晃司がシンバルを蹴るのはシーラ・Eが元ネタなんですか?
西寺郷太 シーラ・Eみたいにやろうと思ったんじゃないですかね。吉川さんのベスト盤が「KEEP ON KICKIN’!!!!!」(2011年)っていうタイトルで出たとき、そのタイトルは実は僕が付けたんです。いろいろ考えてもう1個は「シンバルキッカー」っていうタイトルにしたら、「俺は別にシンバルを蹴ってるだけじゃないから」ってご本人に言われて却下されて(笑)。昔はミネアポリス・ファンクの影響で、ザ・タイムやプリンスのバック・バンドが、ベースがドラムを叩きながら踊ったり、キーボードが肩を揺らしたりとかしていて、いっときそれがダサいとされていたんですけど、ブルーノ・マーズが出てきてからみんなまたやり始めて、全然それがダサくないってなっていますね。
寺嶋由芙 ライブでやりたいです!
西寺郷太 ライブではやってください(笑)。ミネアポリスに僕が実際に行ったときに楽器屋さんに行くとシーラ・Eのどでかい掲示板がちゃんとパーカッション・コーナーにあって。そこで買ってきたパーカッションを僕がいろいろ叩いてるんで、楽器自体は本場物のミネアポリス・サウンドになってます(笑)。
「トロピタイナ」の意味とは
――寺嶋由芙さんが「君にトロピタイナ」を初めて聴いたときの感想はいかがでしたか?
寺嶋由芙 びっくりしました。全然予想外のものだったし、加茂さんやレーベルのA&R担当者さんの中でいろいろ案は固まっていたと思うんですけど、あんまり私には共有されずに曲が来て、びっくりしたっていうのが最初です。今までの曲のどれとも全然違ったし。でも、セカンド・アルバム(2018年『きみが散る』)が春に出て、ここまでやってきたものが一段落したタイミングで、新しいことがしたいなと思っていたから、すごくばっちりな曲をいただいたんじゃないかなと思いました。
――こっからずっとラテン歌謡が続くかもしれませんね。
寺嶋由芙 そうですね、ラテンの寺嶋かもしれません。ラテ嶋由芙です、シーラふぃーです(笑)。
――だんだん言いにくくなってきましたね!
寺嶋由芙 言いたかったっていう(笑)。
――ちなみに「トロピタイナ」って、どういう意味なんでしょうか?
西寺郷太 自分のファイルを見たら最初の作り始めは「君にトロピターナ」だったんです。ワム!の「Club Tropicana」(1983年)みたいに。それから、プリンスのいたザ・タイムから「君にトロピタイム」にして、「いや違うな」と思って。とろけてぴたっとしたいなぁっていうので、「トロピタイナ」ってかわいいかなと思ったんです。それまでのいしわたり淳治君の歌詞(2017年『わたしを旅行につれてって』『知らない誰かに抱かれでもいい』)が歌詞の並びでどっきりさせる方向性だったので、僕は言葉のキャッチーさで攻める作詞をしたいなと思いました。それに、彼女の場合は、ちょっとふざけててもそれを受け止められるキャラクターだと思ったので、「君にトロピタイナ」はいいなと思いました。
――ちょっとエッチなニュアンスなんでしょうか?
西寺郷太 とろけてぴたっとしたいっていうのが、彼女の場合はいろいろなニュアンスで表現できるなという気がしたんです(笑)。特にアイドルの歌は、どんな曲でもちょっとセクシーじゃないと。
寺嶋由芙 セクシー担当ですけど何か(笑)。
――そういうニュアンスは、レコーディングのときには話していたのでしょうか?
寺嶋由芙 レコーディングのときは、もう歌詞を1行ずつ解説していただいて、恋に落ちていくまでの課程をちゃんと解説してもらってから歌いはじめたんです。
西寺郷太 解説も何も、由芙ちゃんとちゃんと話したのがそのときがほとんど初めてだったので。「いきなり歌わせるのものな」って思って、バナナラマのMVを見せたりしました。その辺がオジさんのうざいところかもと思いつつも(笑)。
勘違いによる23歳設定の歌詞
――西寺郷太さんは寺嶋由芙さんが23歳だと勘違いして歌詞を書いたとか?
西寺郷太 そうそう。聞き違えてて。
寺嶋由芙 もうちょっと上でした(笑)。
――27歳だと知っていたら歌詞は変わっていたでしょうか?
西寺郷太 優等生キャラということもあって、由芙ちゃんだったら「恋なんて 届かない妄想ばかりです」っていう歌詞を歌うときにも説得力が出るかなって思ったんですけど、実際よく知ってみると、かなりアグレッシヴな子なんだなっていうのは思いましたね(笑)。
寺嶋由芙 いやいや。
西寺郷太 でも、結果良かったなと思います。
――寺嶋由芙さんは23歳設定の歌詞を渡されていかがでしたか?
寺嶋由芙 いや、でも23歳なんで。
――その茶番はちょっと横に置いておいて……。
寺嶋由芙 でも、23歳にしろ27歳にしろ、10代の女の子だったら歌わない歌詞じゃないですか。それはすごく嬉しかったです。もうキャピッとしたものを歌っても説得力もないと思うので。そういうのは下の世代の方に任せて、大人だから歌えるものをこれまでも意識して作っていただいてきたので、そういう流れの中ですごくいいものをいただいたなと思います。
――だんだん恋に落ちていく女の子の姿を歌で表現できたと思いますか?
寺嶋由芙 できているといいんですけど。でも、Aメロで癖を抜いて淡々と歌っていたのが、Bメロ、サビとちょっとずつ大人っぽいニュアンスを入れていくディレクションをしていただいたのがすごく面白かったです。セクシー担当なんで。
――セクシー担当、わかりました。
寺嶋由芙 ここ太字です!
プレスリーもビートルズもマイケルもオアシスもみんなアイドル
――西寺郷太さんから見て、寺嶋由芙さんという存在はどう映りますか?
西寺郷太 レコーディングの後、「串カツ田中」の1日店長(複数のアイドルで売り上げを競う企画。寺嶋由芙が優勝したため公式応援アイドルになり、全店にポスターが貼られる予定)をしていましたよね。それで公式応援アイドルになったり、やっぱりタレント性があるんじゃないですかね。あれも、本当だったら人数の多いアイドルグループのほうが有利ですよね。でも、由芙ちゃんはアイドル業をエンジョイしてやっている感じがするじゃないですか。
寺嶋由芙 エンジョイしています。
西寺郷太 「私、アイドルができる限りやります!」みたいな感じだから、それはすごくいいことだと思います。だから、日を追うごとに「ああ、今日は京都にいるのか、頑張ってるな」っていうのは思っているし。働き者だなぁと(笑)。
寺嶋由芙 ありがとうございます。
――アイドルを楽しんでるところは、素材として逆にいじりがいがあったでしょうか?
西寺郷太 そうですね。僕は極端なことを言えば、エルヴィス・プレスリーもビートルズもマイケルもオアシスもみんなアイドルだと思うし。「かっこいい」とか「かわいい」とか「魅力的」とか「面白い」とか、そういうきらめきを持つ存在のシンガーやミュージシャンって、すべてアイドルだって僕は思っているんです。マイルス・ディヴィスやジェームス・ブラウンだってアイドルだと思っているんで。だから、アイドルを否定するっていうことの意味がわからないんですよ。
――ギャラガー兄弟もアイドルだと。
西寺郷太 そうそう。リアムなんて最高のアイドルでスーパー・シンガーですよ。ただ、アイドルの定義も、決まったことしかできないような、自由がないアイドルは良くないと思うんです。でも、由芙ちゃんはどんな曲だって別にやれるわけじゃないですか。それって自由なことだと思うんです。由芙ちゃんが「今回はこれを全力でやります!」って歌ってくれて、踊ってくれて、全国を回るっていうのはすごく健全なことだと思います。由芙ちゃんはアイドルっていうものを価値があるもの、尊いものだとわかっている。「TOKYO IDOL FESTIVAL」も何年もやっていると、今年でいなくなる子がいたり、まったく同じメンバーのグループが少なくなったりしてくるじゃないですか。だから、かけがえのない瞬間を重ねていっているのがアイドルだと思うんです。それに作る側も全力で応えたい。もちろんはかなさを感じながらも、楽曲を作る側は、3年経っても5年経っても10年経っても「この曲は変わらない良さがある」って思ってもらえるタイムレスなものを作る責任があると、僕は思ってます。
寺嶋由芙 そういうアイドルへの愛情がある方に作っていただけて良かったなって思いました。
アイドルが「アイドル」であるための条件
――西寺郷太さんも、昔Small Boysというアイドルグループをやっていましたよね。
西寺郷太 堂島孝平とふたりで。
寺嶋由芙 アイドルグループ?
西寺郷太 竹中夏海先生が振り付けしてくれて、後から藤井隆さんも入って3人で。
寺嶋由芙 え?
西寺郷太 実は(笑)。
――自分でアイドルをやってみていかがでしたか?
西寺郷太 怒られますけどね(笑)。あのときは僕らが10年くらいの間に男性アイドルに書いた曲が返ってきたのがそこそこ余っていて、それを何とか自分たちで歌おうって(笑)。それで、一緒にV6をプロデュースしたcorin.さんや、bump.yをやっていた谷口尚久君にアレンジも投げちゃって。アレンジャーもジャニーズの仕事をしている人で、歌ってるやつだけが違うという(笑)。で、僕も堂島ももう38、39歳だったのに、堂島がものすごい踊れたっていう(笑)。藤井さんも天才ダンサーなんで、僕だけものすごく踊りが下手な……。竹中先生が振り付けてくれて、慌てて前日に僕は親友のV6の井ノ原快彦君の家に行って教えてもらったんですけど……。
――とんでもなく豪華じゃないですか!
西寺郷太 イノッチはもう1日に何種類もの踊りを即座に覚えるのを子供の頃からやってる天才なんで、「やっぱすげえな」って言いながら、竹中先生には下手くそすぎてあきれられたっていう(笑)。だけど、僕に唯一振り付けしてくれた竹中先生が、今回「君にトロピタイナ」の振り付けなので、「うっひゃー!」と思って。
――運命的ですね、そう考えると。
西寺郷太 そうなんです。「ああ、ここで合流した」と思って。
――ぜひ、寺嶋由芙さんはSmall Boysのアーティスト写真を見てください、いかしているんで。
寺嶋由芙 拝見します。
――西寺郷太さんが考えるアイドルに必要な資質って何だと思いますか?
西寺郷太 一種の「我慢」ができるかどうかだと思います。その美しさがあるか。ルールがまったくないと、アイドルじゃないような気もしていて。さっき言った「ビートルズやリアム・ギャラガーはアイドルですよね」っていう「アイドル性」はちょっと置いておいて、正真正銘の「アイドル」となった場合、やっぱり何か大きな覚悟がいるんだと思うんです。僕がジャニーズのアイドルが好きなのはそういうところでもあって、ある種のルールが普通以上に厳格なところで、魅力的で顔もかっこいいしかわいい人が、なぜか誰よりも苦労しなきゃいけない。ただそうやって守るルールがあるからこそ、人が夢中になれるところはあるとは思います。
――寺嶋由芙さん自身も、「アイドルかくあるべし」っていうある種の枷を自分自身に掛けているタイプだと思うんです。Twitterで病みツイートもしないし。
寺嶋由芙 うん、健全です。
――アイドルって、そういうある種の「我慢」をすべきものだと思いますか?
寺嶋由芙 それをしなくなっちゃったら、別に普通の女子と変わらないじゃないですか。誰でもSNSを使えるし、歌が上手な子もいっぱいいるし。それでも「アイドルです」って言い張るのならば、やっちゃいけないことはあるだろうし、やらなきゃいけないこともあるかなって感じます。
――職業アイドルとして守るべきラインはどこでしょうか?
寺嶋由芙 オタクが嫌な気持ちにならないこと。ざっくりですけど、それが一番かなって思っています。自分の行動とかだけじゃなくて、何か作品を作るにしても、オタクが「あちゃー」って思わない。びっくりはしてもらいたいし、がっかりにならなければいい。でも、それぐらいですかね。
西寺郷太 もう一個言うとしたら、僕はやっぱりアイドルは「楽曲の良さ、パフォーマンスとの相性」に尽きると思うんです。僕がローラースケートで縦横無尽に踊る光GENJIの「STAR LIGHT」(1987年)を好きなのも、やっぱり飛鳥涼さん、CHAGEさんの曲とパフォーマンスをひっくるめて好きなんです。モーニング娘。にしても「LOVEマシーン」(1999年)や「恋のダンスサイト」(2000年)は、本当にいい曲とアレンジ、いい人材といい踊りが合体していたと僕のようなアイドル素人でも夢中になりました。AKB48の「Everyday、カチューシャ」(2011年)も、すごいなぁとCDを買いましたし、今だったらKing & Princeの「シンデレラガール」(2018年)も最高ですね。やっぱり「かわいい」とか「魅力的」っていう人は山ほどいると思うので、いい曲を歌って、いいパフォーマンスをしているっていうのが「ザ・アイドル」だと僕は思います。
――じゃあ、西寺郷太さんが書いた「君にトロピタイナ」で寺嶋由芙さんがいいパフォーマンスをするのが、今回における完成形ですね。
西寺郷太 たとえばある時期の小泉今日子さんにいい曲が集まっていたように、クリエイター側が「この子がこういうことをやったら面白いんじゃないか」って吸いつけられる魅力がないと、アイドルでいられないと思うんです。楽曲やその子の年齢やパフォーマンスが合致してる瞬間っていうのが一番潤っていると思うんですよ。だから、由芙ちゃんはそれがすごくできる資質が少なくとも今はあると思うし、そこで呼んでもらって良かったなって思っています。
――寺嶋由芙さん、こんなにほめられてどうですか。
寺嶋由芙 自己肯定感が爆上がりです。頑張ります。
西寺郷太 お! 次もし話があれば「自己肯定感爆上がり」って曲を作りたいです(笑)。
寺嶋由芙 作ってください! 歌うたび元気になります。
「串カツ田中」公式テーマソング「恋の二度づけ禁止」?
――NONA REEVESは去年メジャー・デビュー20周年だったじゃないですか。寺嶋由芙さんは今年の秋でソロ活動5周年を迎えるんです。西寺郷太さんから、長くやるためのアドバイスを聞かせてください。
西寺郷太 僕はデビューするときから、長く続けることを目標にしていました。音楽を作ったり歌うのが何よりも好きだったし、楽しいことや面白いことに自分の時間を使って生きていきたいですから。目標だったクインシー・ジョーンズも、最初アーティストとして出発して、プロデューサーとして50代で大爆発していったので。個人的に裏方にも興味があったんですよね。NONA REEVESの奥田健介や小松シゲルもわりと似ていて、セッション・ミュージシャンやプロデューサーとして個人活動してますしね。で、20歳をすぎたときに自分が描いたヴィジョンの「これはする、これはしない」で今に至っているんです。
――そうすると、寺嶋由芙さんが長くやっていくためには、あえてやらないことも必要だと。
西寺郷太 そうだと思います。さっきの「我慢」の話とある種矛盾するんですが、自分の未来や幸せのために本当に嫌なことはやらなければいいんです。くだらない大人の意見を見抜くことも必要ですから。
――アイドルってそこまでのコントロールを自分自身でできるものですか?
寺嶋由芙 あんまりできないし、最近は言わないけど、たまに言ったこともあります。でも、それは正しい選択だったと今も自分で思っていることだから、この感じで大丈夫なのかなと思っています。
西寺郷太 そうそう。さっき言った「アイドルとしてのルールの我慢」っていうのと「言われたことは何でもやらなきゃいけない」っていうのは違うから。僕は「串カツ田中」のキャンペーンガールはやってくれてすげえ嬉しいし(笑)。「串カツ田中」の話ばっかりしてるけど(笑)。
寺嶋由芙 やって良かった!
西寺郷太 自分を守るために「これはやらない」っていう選択も必要だと思います。結局誰かをがっかりさせる結果になることまで引き受ける必要は僕はないと思う。
――そこで「串カツ田中」をつかみに行くっていう。「串カツ田中」の全国200店舗にポスターが貼られるんでしたっけ?
寺嶋由芙 11月から貼ってもらえるみたいです。
西寺郷太 すごい。何か歌詞に使えそうな「串カツ田中」っぽいフレーズはあったっけ……?
寺嶋由芙 あったかな?
西寺郷太 ソースが二度づけ禁止ですよね。「恋の二度づけ禁止」。
――それでいきましょう、次のシングル。
寺嶋由芙 「串カツ田中」公式テーマソング!
――「自己肯定感爆上がり」と「恋の二度づけ禁止」、2曲決まりましたね。
寺嶋由芙 (深く頭を下げて)ありがとうございます。
西寺郷太 こちらこそ、ありがとうございました(笑)。