漆黒の世界があった。
自分が何か、というのが分からない。
目を開けているようで────目というものが分からない。
漆黒という意味も、世界という意味も分からない。
ならばなぜ、そんなものが浮かんだのかも分からない。
何も分からない。
消えていく。
だが、ふと、引っ張られる感覚がする。
上に、下に、右に、左に、真ん中に、どこかに────
そして────白き爆発によって閃光が世界を染め上げた。
一つからの離脱────
そして、異様な眠気に襲われまた眠りにつく。
男は瞬きを繰り返し、ぼんやりとした視界をもとに戻そうとする。
何かあった気がするが、何も覚えていない。ただ、私達は誰かの護衛をしていたはずだ。どうしたというのか。
「あっ……目が覚めたんですね。良かった」
女性の声がした方に首を動かすと村娘だろう少女の姿が眼に入る。
誰だろう?────と考えたが思い出す。少女の名は確かエンリ。
────そうだ。私達はンフィーレアさんの薬草採取の護衛でモモンさんと共に行動していた。そして、エ・ランテルで積荷を降ろしていた時に────
なぜだかそこから先が霧に覆われたようにどうしても思い出せない。
「そうだ。私の仲間は?」
重い身体を起こし周りを探る。自分と同じように仲間の三人がベッドで横になっていた。全員静かに寝息を立てているのが分かる。
「良かった。ルクルット、ダイン、ニニャ、皆無事だったんだな」
何から?という疑問はあるが仲間の無事な姿に安心する。
「んん……」
ルクルットの目が覚めたようだ。自分と同じように何があったのか覚えていないのか、寝ぼけた様子で辺りを見回す。
「直に他の方も目を覚ますと思います。詳しい話は全員揃ってからが良いでしょうし、しばらくはこれでも飲んで安静にしていて下さい」
エンリは水差しからコップに水を入れてペテルとルクルットに手渡し、二人分のコップをテーブルに置いてくれる。
しばらくしてダインとニニャも目覚め。冷静に頭が回り、身体のダルさもとれた頃、エンリから事情を聞くことになった。
『漆黒の剣』がバレアレ宅で荷卸しをしている時に襲撃され全員瀕死の重傷を負い、モモンさんに助けてもらったのだと。
あまりの怪我のため、モモンさんが懇意にしているカルネ村で世話をしてもらい、二ヶ月も眠ったままだったらしい。
あまりな内容に皆言葉が出なかった。分かることはモモンさんにとんでもない借りが出来たことぐらいだ。
「モモンさんは今どこに?ぜひお礼を言わないと」
ニニャが全員思っていた事を問いかける。
「そう言うだろうとモモンさんから言付けと預かった品がありますので私から説明しますね」
エンリは大きい袋から武具を取り出して四人にそれぞれ渡していく。
ペテルが受け取ったのは剣と皮鎧、だが、以前使っていたものより遥かに上等だというのが良く見ると分かる。 三人もそれぞれ自分が使っていた獲物と同じ、だが上等な装備を受け取っていた。
「これは、もしかしてミスリルで出来ているのである。良く見ないと分からないであるが」
「この杖も魔化されているようです」
どうしてモモンさんがこんな装備を自分達に?という疑問にはエンリが答えてくれた。
私達『漆黒の剣』のことが気に入ったからだと。
もし、まだ冒険者として過ごすのなら病み上がりでは危険だと銀級にとっては二ランクは上の装備をプレゼントしてくれた。冒険者を引退するのならば装備を売ってもらっても構わない。
やはり一介の冒険者になぜ?と疑問が浮かぶ。
「困っている人がいたら助けるのは当たり前……だそうですよ。私も素晴らしい言葉だと思います」
そういえばこの村も凄腕の魔法詠唱者に助けられたんだっけ。その言葉を口にする彼女は嬉しげに微笑んでいた。
「私は村の仕事がありますのでそろそろ失礼しますね。今はまだ朝ですけど皆さんはもう一晩泊まっていって下さい」
「いえ、お世話になったのですからお手伝いしますよ。ずっと寝てた分身体を動かしたいですし。な、皆」
「当然だな」
「である」
「もちろんですよ」
「まさか二ヶ月でここまで村の様子が変わるとはなぁ」
「かの
「全くだぜ、オーガまで手なずけるなんてあの村長さんもすげえな」
「それもそうだけど、モモンさんがまさかもうアダマンタイト級になっているのは驚きましたね」
全員がウンウンと頷いているがそれも当然という気持ちもある、なにせオーガを一刀両断するのを見ていたのだから。更に伝説の『森の賢王』をも屈服させるほどだったのだから。
『漆黒の剣』は村の手伝いで森での狩りに同行していた。少しでも村の役に立とうと張り切り、狩りを終え、畑の方に向かったところで昼になり、村の風習になった昼食を摂るための休憩に従っていた。ならばと門の外で見張りながら寛いでいる。
眠っていた二ヶ月で起きたことを聞き、仲間内で話し合っている。
ニニャは眠っている間自分の世話は誰がしたのかという話から、とっくにニニャの性別はばれていたのを知り、慌てふためく様を笑い話にされたりしたが。仲間思いの優しい言葉に最高のチームだと改めて思う。
「ん?あっちから誰かくるぞ……二人だ」
昼食を食べながらしばらく駄弁っているとルクルットが村に向かってくる人影を発見する。二人ということは盗賊などとは考えづらい。まだ遠いのでニニャにはハッキリ分からないが、そもそも一人はメイド服を着た女性に見える。もう一人は背の高い執事のように見えた。
「ありゃ、貴族の遣いかなにかか?」
「村の関係者かも知れんのである」
「とりあえず村長に報告しておいた方がよさそうだな」
ゆっくりと近づいてくる二人。ペテル達に心当たりは無い。しかし、ニニャにはあった。
ずっと探していた人なのだから。
「ね、姉さん?」
「えっ?」
呟いた言葉に三人がニニャの方を見つめる。
「姉さ~~~ん!」
ニニャは泣きながら姉に向かって走り出す。時々躓きそうになりながらも懸命に。
ツアレも両手を口に当て、信じられないといった様子で涙を流す。横では白髪の執事が優しい眼差しで二人が抱き合うのを見守っていた。
しばらくの間姉妹の泣き声が辺りに木霊していた。
そんな二人を上空から見つめている者がいたが、セバスを除いて気付く者はいない。二人とも不可視化しているのだから。
「アインズ様。なんだか嬉しそうですね」
「……ん?可笑しいかルプスレギナ?」
「いえ。アインズ様が嬉しいのは私も嬉しいです」
『漆黒の剣』を蘇らせたのも、ツアレをニニャに合わせたのも全てアインズが仕組んだことだった。
***
「
ペストーニャがペテルに第9位階の蘇生魔法を掛ける。
「……成功しましたわん、アインズ様。では……<
アインズは王都でラキュースから蘇生魔法に関する知識を知った。実験と称して『漆黒の剣』を蘇らせようとしていた。
その結果はアインズの予想通りに成功していた。
エ・ランテルでは『漆黒の剣』は行方不明とされていた。なぜならリイジー宅から人知れずナザリックに死体を運んでおり、第五階層で氷漬け状態で保存されていたのだ。
ニニャ以外の三人は<
だがそれは<
ゾンビ化した肉体は損傷という意味では相当激しい括りにされているのでは、というのがアインズの推測だ。なにせ腐っているのだから。
ならばより高位の魔法を使えば良い。
蘇生魔法は肉体ではなく魂に掛けるのだ。
「ふむ……では眠っている内に記憶を消しておくか」
四人を蘇生させた事実は伏せておきたかった。『漆黒の剣』とアインズ・ウール・ゴウンに接点はなく、モモンが蘇生させたとしても問題が起こる可能性が高い。
話を合わせてもらうようエンリに頼む予定だが、彼女に蘇生のことは伝えるつもりはない。
それを伝えるのはリイジーだけに留めておくべき。
「ペストーニャよ。残りの三人も頼む」
「畏まりましたわん」
ツアレにもナザリックでメイド見習いとして頑張っている褒美を渡そうと、セバスに命じてカルネ村まで来させたのだった。
「アインズ様。疑問に思うことがあるのですがよろしいでしょうか?」
「構わん。言ってみろ」
「ありがとう御座います。あの四人をアインズ様が気に入っておられるのは分かったのですが、どうして下賜された武具はミスリル程度の物なのでしょうか?もっと強力な方が良かったのでは?」
「そんなことか……考えてもみよ、
「それは……う~ん。この世界でならなにかしらの偉業を成せそうですね」
「そうだ。そしてその偉業は自らの力ではなく装備に頼ったモノであれば、自分の力だと勘違いして慢心しかねん。過ぎた力は目を曇らせるからな。与えられたモノに頼るのではなく自身を鍛えていかないと人は育たん。だから、彼らにとって上級のミスリルあたりが身の安全を確保出来、頼り過ぎないぐらいでちょうど良いと思っただけさ」
「なるほど……疑問に答えて下さってありがとう御座います」
「いいさ。お前がそう言う風に自分で考えているのは成長の証。私は嬉しく思う」
アインズはルプスレギナの頭をヨシヨシと撫でる。
「くぅ~ん」と嬉しそうな声を上げ目を瞑り、されるがままになっていた。
アインズ自身の力も与えられたようなモノと言えるかもしれない。
この世界の住人のように汗水流して得た訳ではないが、それでも自分自身で冒険して少しずつ強くなり、魔法やスキルなどを適所で使用出来るよう様々な訓練をしてきた。状況適応能力はギルド随一と賞賛されるぐらいには。
アインズが己の力を慢心すること無い。
『漆黒の剣』の四人には、与えられた武具を一つの手段として強くなって欲しいと思う。と同時にそれほど心配はしていなかった、彼らのチームワークや仲の良さを知っているから。
「……私はナザリックに帰る。村のことは任せたぞ」
「はい。お任せ下さい」
アインズが転移で移動するのをメイドらしいお辞儀で見送るルプスレギナ。
地上ではセバスが深い礼を取っていた。
『漆黒の剣』はあれからカルネ村で一晩泊めてもらいエ・ランテルへと向かう街道を進んでいる。気を良くしているのか似た話を繰り返していた。
「いやあ、それにしてもあの村には驚きだな。ゴブリンやオーガだけじゃなく異形種とも共存してるなんてな」
「そうだな。村の救世主の意向みたいだけど、私なんて亜人とも分かり合えるなんて想像した事も無かったさ」
「あの亜人達は村長のエンリ殿に忠誠を誓っているようであるな。テイマーとして冒険者に登録したと聞いたである」
「あの若さですげえことだよな、というより援助してるゴウンって
「飯もそうであるが、あの浴場も凄かったである。おそらく王都にも無いだろう設備だったのである」
「それもゴウンさんって方が造ったみたいだけど……二人共分かってるよな、この事を他所では」
「分かってるって。使役している亜人と共存についてはエ・ランテルで知られているけどそれ以外は漏らさない。だろ」
「うむ。開拓村があそこまで発展しているのを知られれば王国に目を付けられる恐れがある、であるな」
本来なら亜人と共存しているというだけで国の兵士が派遣される可能性があるが、冒険者が使役しているのなら話が変わる。冒険者は国とは関わりのない組織。
冒険者が自身の能力を使い、王国領の村で生活しているだけなのだから。
さらに『漆黒の英雄』と呼ばれるほど上り詰めたモモンが保障しているのだから、エ・ランテルからは問題視されたりしないだろう。
仲間とやり取りしていたペテルが話に加わっていない一人の方に顔を向ける。
ニニャは三人の後ろを歩きながらマジックアイテムを両手で宝物を扱うように持ち、手の中の物をずっと見つめていた。
ずっと探していた姉と再会したニニャは、姉に抱きつき泣き続けた。
一晩泊まることになり、姉と同じ部屋で長い時間話していた。
姉は今、ゴウンのところで世話になっている。これからもそこに居続けると。
別れ際に一つのマジックアイテムをニニャは受け取った。それが今彼女が手にしている白い貝殻だ。
姉も同じ者を持っていて
そしてカルネ村限定でだが、二人は合うことが出来る。姉の主人から許可が下りているとのこと。
使用人に対して随分優しい人だな、と全員が感心していた。
とりわけニニャにとっては姉を助けてくれたこともあり、その気持ちは三人のより深いだろう。
「それよりいいのかニニャ。冒険者を続けてよ?……それに名前も……」
ルクルットがペテルの視線に合わせて嬉しそうに笑って歩くニニャに問いかける。
カルネ村を出る時にもした同じ質問を。
「いいんですよ。今の職場を離れたくないと言う幸せそうな姉さんを連れ出す訳にもいきませんし、合おうと思えば合えるんですから……この偽名だって姉さんを忘れないために名乗っていましたけど、あんな想いはもうしたくありません。だから、強くなると決心した時のニニャのままで、どんな時でも守れるよう強くなるためにこのままで」
「……そっか」
「それも良いのである」
「これからもよろしくな
「なっ!?……その名は恥ずかしいのでやめて下さいよ」
「ははははは」
信頼で結ばれた仲の良いチームの笑い声が周辺に響く。
「ところで俺達行方不明扱いなんだよな……エ・ランテルに戻ったら幽霊扱いとかされないよな?」
「……あっ」
ルクルットの一言に静寂が訪れる。
きっとチームの頭脳が良い案を思いついてくれるさ。
蘇生魔法に関して。
ユグドラシルで
現地勢には「NPCの復活には大量の金貨が必要」ってのが混ざってしまったのかもしれないですね。
『漆黒の剣』の遺体は今話の展開上エ・ランテルの人達に気付かれず回収されてました。
原作ではやっぱりエ・ランテルに埋葬されてるのかな。