雑誌と飲み物、温かい肉まんを何も言わずに3つの袋に分けてくれる。「雑誌が濡れないように」「飲み物が温まらないように」という配慮なのはわかるけど……Photo by iStock

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ドイツ在住のライター、雨宮紫苑さんが日本の過剰な「おもてなし」の実情について冷静に分析し、「よく言ってくれた」という声が相次いだのが、こちらの記事「過剰なおもてなしがクレーマーを生んでいることに気づいてますか」だ。2020年に東京五輪開催となり、さらに「おもてなし」の重要性が問われる今だからこそ、日本の誇る「おもてなし」を、する側もされる側も気持ちの良いものにすることが大切なのではないだろうか。

今回は『日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち』という著書もあり、ドイツと日本をリアルタイムで見ている雨宮さんがしみじみと思う「無料すぎる日本のサービス」を伝えていく。

高島屋とコンビニの違い

やっと気温が下がり始めた、10月頭のとある平日の昼下がり。わたしは高島屋の地下にあるスーパーにいた。

高校からの友人と、ハネムーンから戻ってきた友だちの新居にお邪魔するときのこと。「料理を作ってもらうのも申し訳ないからお惣菜を買って行こう」という話になり、高島屋でカルパッチョやマカロニサラダ、唐揚げなどを買いこんだ。

そんなとき、ホスト役である新婚の友だちから『2リットルのお茶を買ってきてほしい』というLINEが届く。コンビニに行くのも面倒だから、お総菜売り場の奥のスーパーへ向かった。

しかし、そこはさすが高島屋様である。ただの2リットルのペットボトルのお茶ですら、そんじょそこらのスーパーの倍の額。つまり2本買える値段なのである!!

驚くわたしを横目に、レジ係の人は高島屋マークの入った袋を二重にしてお茶を入れてくれていた。なるほど、2リットルの飲み物なら、たしかに2重袋のほうが持ちやすい。さすがは高島屋様である。

しかし後日。庶民のわたしはコンビニで肉まん、500mlのペットボトル、絶景を集めたドライブ雑誌を買った。そこでなんと、レジ係の人はわたしに何も聞くことなく、3つとも別の袋に入れたのだ。肉まんは温かいから、ペットボトルは濡れるから別の袋に。そして残りの雑誌はまた別に。

雑誌と飲み物、温かい肉まんを何も言わずに3つの袋に分けてくれる。「雑誌が濡れないように」「飲み物が温まらないように」という配慮なのはわかるけど……Photo by iStock

高島屋ならわかるが、コンビニでも同じようなことをやっているのか? 

値段設定が全然ちがうのに、同じようなサービスやっていて大丈夫なのか?

ふだん高島屋ともコンビニともたいして縁のないわたしだが、なんだかちょっと心配になる出来事だった。

見えるサービス、見えないサービス

サービスには、目に見えるものと見えないものがある。目に見えるサービスとは、飛行機のファーストクラスや電車のグリーン車、ファンクラブ限定キーホルダーなど、物理的特別扱いのことだ。

この『目に見えるサービス』は、商品として有料で売りやすい。「これが欲しければカネを払え」と言えばいいのだ。

一方目に見えないサービスというのは、たとえば料理長が常連客の好みに合わせて献立を考えるとか、ホテルでドアパーソンがドアを開けてくれるとか、そういった人による気遣いのことをいう。

この目に見えない『気遣い』サービスは、『物理的』サービスに比べて有料にしづらい。『人』を資源としているから、客は「お願いすればなんとかしてくれるんじゃないか」と思ってしまうのだ。

だから、「カネは払わないがファーストクラスに乗せろ」と言う客は拒否するが、「他の客の注文なんか知るか、俺のビールをすぐに持ってこい!」と理不尽に騒ぐ客がいたら、店はできるかぎりの対応しようとしてしまう。

サービス泥棒では?

でもそれって、目に見えないことをいいことに、サービスを泥棒しようとしているようなものじゃないだろうか。いや、客が自ら求めているあたり、サービス強盗とでもいおうか。

突き付けるのは、「俺は客だ! サービスをしなければ悪評をネットに書くぞ!」という言葉の武器である。

サービスの売買でわかりやすいのが、LCCだ。座席が狭い、荷物預けの有料化など物理的サービスの削減はもちろん、CAによる心配りサービスもかなり省略している。LCCが売るのはあくまで『移動手段』のみ。

「高水準のサービスを受けたいならJALやANAといった航空会社を使えばいい」という、いわば棲み分けである。

それと同じで、コンビニは「便利(コンビニエンス)」を売っている場所だ。だから多くの店が24時間、365日開いている。ていねいな包装のように特別扱いをされたい人は、「こころに残るおもてなし」を指針としている高島屋に行って、相応のカネを払えばいい。

サービス売り場でないLCCやコンビニに過剰なサービスを求めるのはサービス強盗だと思うのだが、いかがだろうか。

『スカッとジャパン』高視聴率の理由

そうそう、『サービス強盗』で思い出したのだが、みなさんは『スカっとジャパン』という番組をご存知だろうか。その名のとおり、「スカっとする」視聴者体験談を紹介している番組だ。

そのなかには、「常軌を逸したサービスを求めるおかしな客をぎゃふんと言わせる」というエピソードがある。7月2日放送の回では、

・無料のミルクをやたらと使う&持ち帰ろうとする男性客が子どもに論破される

・コンビニのレジに並んでいる男性客が「いつまで待たせるんだ」と言い「ビールひとつだけだから先に会計してくれる?」と店員に詰め寄るも、ほかの客に論破される

といった体験談が紹介されていた。

前者は「サービスで置いているのならいくら使ってもいいだろう」という物理的サービス強盗で、後者は「俺を特別扱いしろ」という気遣いサービス強盗である。

このエピソードが「スカっとする」と紹介されるのは、同じような経験をし、サービス強盗に違和感をもっている人が多い裏付けにもなるだろう。

日本では「無償提供」しすぎ?

ではなぜ日本には、サービスを強盗する人がいて、されてしまう人がいるのか。それは、日本がサービスを無償提供しすぎているからだと思う。

まず物理的サービスについて。これはもう、明らかに過剰である。さんざんスーパーの袋有料化が騒がれたのに、いまでもコンビニをはじめとした多くの小売店では、ビニール袋を無料でバラまいている。ケーキ1つに保冷剤付きの質のいい箱をつける。

ちなみにわたしが住んでいるドイツでは、袋は基本的に有料だ。それなりのショップにいけば質のいい紙袋をつけてくれるが、そうでなければ服屋ですら袋をつけないのが一般的である。

ケーキに関していえば、もっとひどい。紙皿にケーキを乗せ、和紙のようなものをふんわりかぶせ、紙皿の下にセロテープで貼るだけ。保冷剤や氷なんてものもないから、欲しければスーパーで購入するしかない。

もしドイツに日本のような『ケーキお持ち帰り箱&保冷剤セット』があれば、3ユーロ追加で払ってでもお願いしたい。

そう思っているわたしからすれば、無料できっちりとケーキを包装するサービスの垂れ流しは、「そのサービス売れるよ!?」と思ってしまうほど価値のあるものなのだ。

「気遣い」に対価を払わない習慣

目に見えない気遣いサービスについて言えば、日本は客が基本的に対価を払えない、払わないことが問題なのではないだろうか。

ドイツをはじめ、多くの国にはチップ文化がある。『快適な時間』を提供してくれた人には、相場にさらに上乗せしたチップを払う。チップというのはいわば、心配りサービスの売買である。

そして「金払いのいい客」と認識されれば、店員からの扱いは明らかに良くなる。逆に、もし「日本人=チップを払わない」と認識されれば、その店では日本人相手にたいしたサービスをしなくなるかもしれない。

店側はサービス強盗なんてされたくないから、金を払ってくれるうえ行儀のいい客を選んでサービスをするのだ。

しかし日本では、心配りにカネを払うと無粋になるうえ、サービス業界が「客の選別をしよう」ではなく、「客をより特別扱いして差別化しよう」という方向に舵を切ってしまった。それにより、現在ではカネにならない気遣いサービスを追及し続けるという、なんとも言えない消耗戦にもつれ込んでいる。

「対人のサービス」そのものに価値があるはず

多くの先進国で人口減少が起こっている現在、丁寧な対人サービスはそれだけで高い価値がある。それを無料でバラまき、あまつさえ誇ってしまうのは、「とにかくもったいない」と思ってしまう。

もちろん、便利なのはいいことだし、細やかな心遣いに心が温まることもある。ただ、それがあまりにも高水準だから、「タダでもらえて当然」状態が残念なのだ。「それ、売れますよ? カネ取っていいレベルですよ……?」と言いたくなる。

無料に慣れている日本の客は、服屋で袋をもらえなかったり、ケーキに保冷剤をつけてもらえなかったりしたら、すぐに「なんで?」と不満に思うだろう。

しかしそれは本来有料の価値があるサービスなのだから、その付加価値を踏まえた値段を払っていない場所では、期待すべきではないんじゃないだろうか。それを期待し、ましてや要求してしまえば、それはサービス強盗だ。

セブンイレブンが袋の有料化検討を公表したことで賛否両論を呼んでいるが、それに反対の人は、相応の店で相応のカネを出してしっかりとサービスしてもらえばいいだけの話である。

サービスを売ることを考えて一部を有料化していけば、現場の負担も軽くなり、無償サービスの競争激化という消耗戦も多少は避けられるんじゃないだろうか。

たとえば、この記事で紹介されているオーシャントーキョーという美容院がある。若い男性がこぞって1万2000円ものカット料金を払うのは、「あの美容師に会いたいから」という理由だそうだ。

ディズニーランドが人気なのだって、アトラクションがありディズニーグッズが買えるからだけでなく、「楽しい時間を過ごせるから」だ。帝国ホテルに泊まる人がカプセルホテルに泊まらないのは、快適な部屋とサービスを求めるからである。『特別扱い』や『特別な時間』は、ちゃんと売れるのだ。強盗されちゃもったいない。

もちろん、たとえばJALやANA、高島屋だからって、「どんなわがままを言ってもいい」というわけではないということを、忘れてはならないのだけれど。