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2016年に発生した、5人の男子大学生・大学院生らよる集団強制わいせつ事件。女性に酒を飲ませて酩酊させたうえで仲間のひとりの自宅に連れ込み、服を脱がせて胸部を触るなど、わいせつ行為に及んだ。そのうえ局部にドライヤーの熱風をあてる、胸元に熱いカップラーメンの汁を浴びせる、肛門を箸でつつくなど非道な行いをしたという。
今年7月に発売された姫野カオルコによる小説『彼女は頭が悪いから』(文藝春秋)は、この事件を題材に書き下ろされた400ページ超の大作である。善良で平凡な女子大生・美咲は親しい友人らと出かけた先で、東大生のつばさと出会う。奥手の美咲にとって、それはやっとはじまった恋だった。しかしつばさにとっての美咲は……。
事件を取材し、「東大生集団わいせつ事件 『頭の悪い女子大生は性的対象』という人間の屑たち」(「新潮45」2016年11月号)などのルポルタージュを発表したライターの高橋ユキさんが、Twitterに「姫野さんの『彼女は頭が悪いから』は読み終わった者同士で感想を言い合いたくなる作品だと思う」と投稿。
それにリアクションをした、恋バナ収集ユニット「桃山商事」の清田代表と、性暴力問題に関心が高く「男が痴漢になる理由」(イースト・プレス)の編集を手がけたライター・三浦ゆえさんによる『彼女は頭が悪いから』読書会が実現した。
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高橋:この小説にはいろいろなテーマが入っていますよね。ジェンダー、経済格差、学歴偏重社会……あれもこれもと考えながら読んでいると混乱してしまって。それでSNSやAmazonレビューに書かれた感想をチェックしたところ、たくさんの人がこの小説について語りたがっていると感じたんです。
清田:僕は友人から勧められて手に取ったのですが、その時点では“実際の事件を題材にしている作品”ぐらいの予備知識しかなくて、フィクションなのかノンフィクションなのかも知らずに読みはじめたんです。
高橋:一気に読み終えた……といいたいところですが、あの事件が起きるのを最初から知っているから、途中何度も休みを入れて気を落ち着けながら読みました。
清田:ぜんぜん関係ないんですが、ふと連続テレビ小説の「あまちゃん」を思い出してしまいました。このあと東日本大震災が起きることを僕たち視聴者は知っているんだけど、そんなことをまるで知らない登場人物たちの群像劇が延々と描かれていくというドラマ構造になっていましたよね。それと同じで「彼女は~」は事件が起きるのが2016年だけど、物語の始まりは2008年。主人公ふたりはまだ高校生、中学生で出会ってもいない。
三浦:ひとりひとりの人物についてのディテールや、そこに至るまでの過程の積み重ねが圧倒的ですよね。事件とあまり関係なさそうなことまで描写されている……というより、そういう描写があるからこそ、美咲は“記号的な被害者”ではなく人格のあるひとりの人間なんだと伝わってきます。
価値観が如実に表れた言葉の数々
清田:加害者たちが優越感を満たすための道具にした女性にもいままで生きてきた歴史があって、みずから築いてきた人間関係があって、普通に生きている人間なんだぞ……という、著者である姫野カオルコさんの怒りが、そうした細部にまで染み渡っていて、すごい迫力だと感じました。現実の事件はメディアでも盛んに採り上げられましたが、報道の言葉というのはとてもソリッド(硬質)ですよね。加害者が誰で、どういうことをして、親族に国会議員がいて……という情報はあっても、背景や真相にまつわるほとんどの要素は切り落とされて伝えられる。そういった部分を想像力によってすくい取れるのが“文学の言葉”なんだと感じました。
三浦:高橋さんは現実の事件について取材されていて、彼らの裁判も傍聴されていますよね。
高橋:はい、そのうち何度かは姫野カオルコさんと傍聴しましたし、いくつかの現場をご案内しました。こうしたセンセーショナルな事件でもたいていの場合、人の興味って次第に収束していくのですが、姫野さんの場合はそれがまったくなくて、なんとかこれを形にしようとしているのだと感じました。姫野さんによると「彼女は~」はあくまでも小説なのですが、現実にあったことや彼ら自身の発言も随所に散りばめられています。「え、ほんとにこんなこといったの!?」と思わされるセリフがあって、とても小説的なのですが、彼らは裁判などでリアルにそれをいっている。だから小説を読みながらも、こんなことを考えた人が本当にいるんだよなぁ、と憂うつな気分になりました。
三浦:当時、彼らのひとりが裁判で「彼女らは頭が悪いからバカにして、いやらしい目で見るようになった」というような発言をした、と報道されましたよね。それがこの小説のタイトルにもなっているわけですが、私は最初この発言を知ったとき、語るに落ちたなと思いました。自分がやったことを正当化しようとするあまり本音が出ちゃった。これを人が聞いたらどう思うか、というのも考えないほどこの男性のなかでは“当たり前”になっている価値観が出てしまったんだな、と。
高橋:公判での発言は、まさに彼らの人格や、生まれ育ってきたなかで植え付けられてきた価値観が如実に表れているものが多かったですね。「頭が悪い」もそうですが、被害女性のことを“ネタ枠”と蔑んだり。そうした発言のひとつひとつから姫野さんが想像力を働かせて、彼らの8年間を書き切ったんだと思います。
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