観客参加型と客席一体型
アイドルのステージをあえてダンスの舞台という括りで考えると、他のジャンルにはなかなか見られない特徴が浮かび上がってきます。それは、観客と一体になることで成立するという点です。日本では、ダンスを観るため劇場に足を運ぶという文化がほとんど根付いていませんが、コンテンポラリーダンス、クラシックバレエなどは劇場で着席し粛々と鑑賞するのが基本スタイルでありマナーです。ストリートダンスは、コンテストの場合もショーとして行われる場合も、箇所箇所で声援を送られることがありますが、全体を通して継続的に行われるものではありません。どちらかといえば歌舞伎の掛け声に近いかもしれません。
一方テーマパークダンスは、本編が始まる前に簡単に真似できる振付をレクチャーしたり、チアダンスの大会ではラインダンスのタイミングに合わせて会場全体で掛け声を入れて踊っているチームを盛り上げたりと、アイドルのステージに近い部分があります。言ってみれば“観客参加型”のパフォーマンスなのですが、アイドルダンスの場合はもう2、3歩観る側に踏み込んだ形ではないかと思います。
たとえばそれは、はじめからファンの盛り上がりをある程度想定して楽曲や振付が作られていることが多いという点を見てもわかります。もちろん各アイドル、楽曲によってその濃度の差はありますが、一緒に振付を踊る「振りコピ」や、ボーカルが強調される落ちサビで歌パートの子に向けて手をかざす「ケチャ」などの応援スタイルは、アイドルファンの間では定番であり、振付師サイドも振りを作る際にこれを念頭に置くことは少なくありません。
たとえば、満席のフロアでもファンが幅を取りすぎず真似しやすい動きができる工夫や、歌パートのメンバーが目立つようなフォーメーションの配置などは、こちらが意識して取り入れた分だけ、参加する観客の割合が明らかに増えます。アイドルの制作側はそれを意識して、「お客さんが参加することもできる」というよりは「ファンの盛り上がりや協力があってこそ完成する」スタイルが成立しました。そこが観客参加型とは違うため、“客席一体型”のステージといえるでしょう。
アイドルのライブはビジュアル系バンドのライブに似ている?
この特色が発展した背景には、アイドルのパフォーマンスの目的が根本的に他のダンスと違うという事情があります。他ジャンルのダンスのほとんどは、まず振付やそれを踊り手がどう表現するかが肝心なのに対し、アイドルダンスはあくまでも「メンバーの魅力をどうみせるか?」の手段のひとつなのです。
ダンスの舞台としてではなく、アイドルのステージを音楽ライブの括りで見た場合も同様です。一緒に腕を振る、タオルを回す、コールアンドレスポンス、シンガロングなど、他ジャンルでも観客参加型の鑑賞方法はあるものの、ある意味でオーディエンスの協力をここまで必要とするのはアイドルライブくらいではないでしょうか。どのライブでも客席の熱量は必要不可欠ですが、ファンの協力なしでは時に全くちがう楽曲にさえ見えてしまうのがアイドルのステージなのです。プレイヤーと観客で興行を作るという点ではプロレスに近いと語られることが多いのも納得です。
他ジャンルの音楽ライブの中で最も近いのは、ヴィジュアル系バンドの鑑賞スタイルかもしれません。バンギャルと呼ばれる熱心な女性ファンたちには頭を激しく振る「ヘドバン」、好きなメンバーに向けて両手を広げる「咲き(咲く)」、メロディーに合わせて手をひらひらさせる「手扇子」など、“フリ”と呼ばれる文化が多種にわたって存在するからです。
これはきわめてアイドルファンと似た風潮なのですが、1990年代はまだあくまでバンギャルが自発的に始めたものという認識だったそうで、演者がそれを要するというよりは「好き」という気持ちが高じたファン各々がそれをアピールするための手段に近かったようです。そこから年月を重ねて2000年代半ばの、ネオ・ヴィジュアル系と呼ばれた、よりエンターテイメント性の高いヴィジュアル系アーティストの台頭により、徐々に客席一体型のパフォーマンスをするバンドや、メンバー自ら「振付講座」の動画を発信するケースも増えたのだそうです。そう考えるとここ十数年の新しい文化といえます。
ファンが参加しやすくなるAKB48楽曲の作り方
一方、アイドルは1970~80年代には「親衛隊」と呼ばれる応援活動を行うファンが隆盛を極めており、この時代から曲に合わせたコール、ペンライト、紙テープなどが存在したので、そこにはなかなかの歴史があります。しかし、この頃のアイドルの楽曲はファンの応援ありきで楽曲を発表していたようには見えないので、作り手が意識していた視線はどちらかというとテレビの前のお茶の間だったのかもしれません。
その後2010年代のアイドルシーンではMIX(前奏や間奏で叫ぶ定形の掛け声)、振りコピ、ケチャなど応援スタイルのバリエーションがより細分化し広く浸透しました。MIXという雛形のあるコールは90年代前半には一部のアイドルファンの間ではすでに使われていたそうですが2005年、AKB48の活動開始と共に一気に普及しました。これは同グループの拠点であるAKB劇場の半分以上が着席型の座席だったため身動きが取りづらく、発声すれば参加できるMIXが定着しやすかったからともいわれています
その文化を踏まえて、AKB48系の楽曲はイントロにMIXを入れやすい小節で作られるケースも多いです。主に落ちサビなどで歌パートのメンバーに両手を伸ばすケチャは、元々は同じ仕草を片手で行う「ロミオ」(ロミオがジュリエットに求愛する様と似ているから)という文化から派生したのですが、名前の由来はそのままバリ島の伝統舞踏「ケチャ」に似ていたためそう呼ばれるようになりました。本場のケチャも元は神聖な存在へ捧げる祝祭や儀礼であり、アイドルという言葉が本来持つ「偶像」、すなわち信仰の対象を指しているという意味では、根底の部分でリンクしているようにも思えます。
DA PUMPとアイドルファンの幸福な関係
アイドル文化の中だけで独自進化していくこのように応援スタイルは、多様化する中で賛否が分かれることもあります。たとえば「イエッタイガー」という掛け声は、主に落ちサビ前などの演奏が消える瞬間に入れるため、楽曲の意図を変えてしまうとして公式に禁止としているアイドルも少なくありません。 客席一体型がアイドルのステージの持ち味であるはずが、逆の効果を生んでしまうこともあるのです。
もちろんアイドルのマネジメント側が敷いたルールを守ることは大切ですが、大前提として演者と観客の信頼関係がきちんと結ばれていれば、そういった状況は自然と防げる気もします。それこそ、歌舞伎の大向こうの掛け声は、間合いや空気を読む力が非常に長けた人たちによるものです。そこには舞台に立つ役者へのリスペクトが至極当然のものとして存在するのでしょう。その精神があれば、第三者を介して敷かれたアイドルライブの細かい禁止事項はなくなっていくことだってあるかもしれません。
こういったアイドル特有の応援スタイルは、近年他ジャンルでも取り入れられるようになってきました。歌手やロックバンドのライブでも、客と一緒にダンスできる楽曲が用意されることが今では珍しくありません。2018年、DA PUMPの「U.S.A.」は、ハロヲタと呼ばれるハロー!プロジェクトのファンがいち早く盛り上がったことがのちの全国的なヒットに繋がったといわれています。
実際、同曲の発売日に行われたリリースイベントでは多くのハロヲタが駆けつけ、メンバー自身が「コールが足りない!」と煽る中、『U.S.A.ハロヲタver.』の掛け声がサンシャイン噴水広場に響き渡り、異様な盛り上がりを見せる事態となりました。DA PUMPファン、そしてメンバーと、その場にいた全員がこの状況をおもしろがりながら、だんだんと熱を帯びていく様は、アイドルファンの文化が他ジャンルとうまく融合した好例です。
客席一体型の先駆けとして発展を遂げてきたステージは平成のその先、更なる円熟を見せてくれることに期待せずにはいられません。