アルベドさん、総てを知る。   作:イスタ
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02 変化

「ーーーモ、モモンガ、さま。どうか…そのように、哀しまれないで…ください。」

 

 

その啜り泣くような声は、玉座の右側から聴こえてきた。

 

「え?」

 

そう、玉座だ。

ユグドラシルのサービス終了時刻0時は過ぎたというのに、俺は未だ『モモンガ』のアバターのままナザリックの玉座に座っていた。

 

そして右手に感じる、温かな体温。

 

俺の手に弱々しくも確かに縋り付いていたのは、感情を持たないAIーーー只のNPCであるはずのアルベドだった。

 

 

「……アルベド、なのか?」

 

「…はい。モモンガ、さま。わ、私、アルベド、そして守護者を、はじめ、

 このナザリック総ての者は、い、いつでも…いつまでも!御身の、お側におります……!」

 

 

……な、何が起きているのかわからない。

 

よくわからないが、さっきまで終わると思っていたはずの世界が未だ目の前に広がり、

タブラさん渾身のNPCがまるで生きているように口を動かして、確かに大粒の涙を流していた。

 

何だこれ。運営のサプライズか…?

 

(いや、それにしてもNPCがここまで自然な動きをするのはおかしいし、何よりこの手の温かさ。頬を伝う涙。悲しみに溢れた泣き声。……どれを取っても、とてもバーチャルとは思えない)

 

 

「何故……(NPCが)泣いている」

 

「っ!し、失礼いたしましたモモンガ様…!御身の前でこのような、無様なーーー」

 

「え、あ?… いっ、いや、そうじゃなくて、その。こ、これは一体どういうことなのかなぁー……と…」

 

うう。本当にどうしたら良いんだコレ。

あ…、何だか体も発光し始めたし。

 

 

「と、とにかくアルベド、少し待ってくれ……じゃない。ゴホン、少し待て。状況を整理したい」

 

何が何だかわからないが、一先ずは状況を把握だ。

少し罪悪感を覚えながらも、添えられたアルベドの両手を優しく外し、俺は右手でコンソールを立ち上げた。

 

 

「……、ん?」

 

いや、立ち上げようとして、失敗した。

 

「そんな馬鹿な……。まさか」

 

同様にチャットもGMコールも利かない。

 

 

「本当にこれは一体、どういうことだ……?」

 

 

 

「ーーーどうかなさいましたか、モモンガ様。それにアルベド様も、何やらお加減が優れないご様子」

 

「セバス」

 

アルベドに続いて声を発したのは、プレアデスと共に平伏していたセバス。

こ、こいつも喋るのか。というか生気が増したせいなのか、凄みのある眼差しが怖い。何だよあの眼光。

いや、俺も人のこと言えるアバターじゃないんだけどさ。

 

 

「モモンガ様……?」

 

まずい。何か言わないと。

後続のプレアデス達も、沈黙する俺を不審に感じたのか、膝を付きながら全員が俺を見上げてくる。

 

(ええと、ええと。こういう時はどうすれば良いんだっ!?)

 

軽いパニック状態に陥る。こういう時、自分の対応力の低さに絶望する。

きっと悪役ロール大好きなウルベルトさんあたりなら、突然のこういう振りにも余裕で返せるんだろうけど!

 

などと余計な思考を巡らせていると、またも突然体が発光し出した。

 

(うおっ。な、なんだこれ……?気分が落ち着いてきた。

 ひょっとして精神の沈静化か?だがそんな機能はユグドラシルには…)

 

 

(ん、いや待て。ロール…。ロールか)

 

そういえば俺も、一つ得意なロールを持っていたな。

 

 

「…セバス。どうやらこのナザリックに原因不明の異常事態が発生しているようだ。お前はナーベラルを連れ、大墳墓の周辺地理を至急確認せよ」

 

「はっ。畏まりましたモモンガ様」

 

「よし。では他のプレアデス達は9階層に上がり、上の階層からの侵入者に警戒するのだ」

 

「畏まりました。モモンガ様」

 

よし。

 

一応考えはあるが適当な指示を飛ばし、セバスとナーベラルは地上、ユリ達は9階層に行ってもらった。

あとはアルベドだが……

 

「アルベド、待たせてすまなかったな。少しは落ち着いたか」

 

「…はい。モモンガ様、守護者としてあるまじき失態をどうかお許し下さい 」

 

「構わん。それよりも、先ほどお前が泣き出した理由を聞かせて欲しい。もしや、私が何かをしてしまったのだろうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

【Albedo】

 

 

 

 

今日。

 

私はモモンガ様の御心に触れることをお許しいただいた。

 

 

突然のことに全身が震えた。

卑小な我が身に余る光栄に、そして至高の御方に仕える守護者として至上の悦びに、心がどうにかなってしまいそうだった。

 

けれど守護者統括として、至高の御方の御前での無様な振舞いは不敬にして大罪に値する。

何より創造主タブラ・スマラグディナ様によって授けられた《設定》を崩すようなことは許されない。

モモンガ様もそれは望まれないだろう。

 

そう自分に喝を入れ、玉座の御側に立つ者として毅然とした態度を新たにする。

 

モモンガ様は恐れ多くも、私に”最高の信頼"を下さった。

ならばそれに応えてこそ守護者統括。至高の御身とは比べるべくもない浅学非才の身ではあるけれど、私にできることでモモンガ様のお力になれるのであればこれ以上の悦びはない。

 

 

そう、私は意気込んでいた。

 

 

 

『あと少しで……このナザリックも消えてしまうんだな』

 

 

あまりにも儚く消え入りそうな、モモンガ様の御声を聞くまでは。

 

 

 





『彼女はナザリック地下大墳墓守護者統括という最高位たる地位につく悪魔であり、
 艶やかで長い漆黒の髪と黄金の瞳を持つ賢妻である。』







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