「あと少しで……このナザリックも消えてしまうんだな」
ぽつりと呟かれた言葉。
それに応える者はもう、この場に誰もいない。
戦闘メイド”プレアデス"、そして執事のセバスらNPCを従えて訪れた玉座の間。
掲げられた41の旗を見上げながら、俺は力なく玉座についた。
世界級アイテム《真なる無》を携えたアルベドが寄り添うように微笑みを向けてくれるが、NPCである守護者統括の瞳に理解の彩は無い。
俺はここに、一人だ。
(ナザリック地下大墳墓……かつてここには俺の全てがあった。
仲間達が集まり、共に冒険をして……。ああ、楽しかったなぁ。たっちさんに助けられたあの時から、俺のユグドラシルは始まったんだっけ)
DMMO-RPG『YGGDRASIL(ユグドラシル)』。
西暦2126年に発売されたそのタイトルも、12年の時を経て、遂に最期の瞬間を迎えようとしていた。
サービス終了日である今日。
かつての仲間達と共に作り上げたこの《ナザリック地下大墳墓》で、俺は彼らと再会できることを心のどこかで期待していた。
ーーーだが、結果はこれだ。
(いや、少しでも顔を出してくれたヘロヘロさんには感謝しなくちゃいけないな。あのまま本当に独りだったら、無意味だと分かっていてもヤケクソで《星に願いを》の三連コンボとかブチかましていたかもしれないし……。ハハ)
俺の”輝かしい全て”は、今日で終わる。
もう止めることはできない。それどころか……ただ俺が認めたくなかっただけで、必死にしがみついていただけで、もうとっくに終わりは迎えていたのかもしれない。
霊廟の《化身》たちが良い例だろう。いつかギルドメンバー達が帰還してくれた時に還すつもりで残しておいた装備品だったが、結局は俺が淋しくなった際に時折眺め、心を癒すためだけの”形見"に成り果てている。
41人それぞれが強い思いを詰めて創り上げた筈のNPC達も、今となってはーーー
「主人の帰らぬ人形、か」
そしてこの大墳墓も。
この場所に、かつての栄光は既に無い。
(……だがそれでも、無かったことにだけはしたくない。してはいけない)
何故なら俺はこの《ナザリック地下大墳墓》のギルド長、"死の支配者"モモンガだからだ。
それが例え、自分のみっともない未練を覆い隠す為の只の言い訳と分かっていても。
俺だけは最期まで、この大切なナザリックを感じていたい。
ナザリック。そしてギルドを守る替え難き者たち。
せめて俺だけは、最期の最期までお前達と共にいよう。
(ーーーん?ああ…いや、パンドラズ・アクターだけは違うのか。あいつは俺が創ったNPC。《黒歴史》とはいえ、俺の創造物だ。いわば息子みたいなモノだし、今日くらいは宝物殿から連れ出してやればよかったな)
と。そこまで思い至ったところで、視界の端に表示された時計が、もうすぐこの世界が終わってしまうことを示していることに気が付いた。
あと、たった30秒。
それで、"大好きだった世界"は消える。
(明日は4時起きだ。サーバーがダウンしたらすぐに寝ないと仕事に差し支えるか)
あと20秒。
それで、俺は元の”何もない世界”に還らなければならない。
(……ああ、そういえば。最後に書き換えたアルベドの設定、いつかタブラさんに会ったら、ちゃんと謝らなきゃな。当然その時は俺も《真なる無》のことを問い詰めるけど!)
あと10秒。
これで、全ては終わり。
(さようなら、アインズ・ウール・ゴウン。できればずっと、お前達と共にいたかったよ)
瞼の無い目を閉じる。
誰もいない玉座の間に音は無い。
沈黙と共に世界は幕を下ろし、
そして、
「ーーーモモンガ、さま」
彼女は、涙を零した。
『モモンガと通じ合っている。』