オバロ、エタっちゃったよシリーズ 作:神坂真之介
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此処ではない何処か。
金色に色付く草原で、暁の様な、黄昏の様な光に照らされて微睡み佇む者が居る。
穏やかな草原の風と共にある姿は何処か神々しい。
閉ざされた瞳はそのままに、顔(かんばせ)はただ真っすぐに前を向く。
永遠に変わる事の無い一枚の絵画の様な情景。
不意に変化が訪れた、目前に光が結実する、光の輪を描き、揺らめき輝く怜悧な光
佇む者のその瞼がぴくりと震えた。
「―――。」
「―――――?」
「―――。」
光輪がリズムをとる様に明々する
対して囁くような言葉が一言二言と紡がれ、何事かに納得するように頷くと
一瞬、暁の光が強く辺りに指しこみ目が眩む様な輝きを見せる。そして光が和らいだ時には佇む者の姿も光輪の輝きも何処にもなくなっていた。
ユグラドシルと言うゲーム盤がある。
数多く生まれそして消えていった数多電脳遊戯の中で一時代を築いたタイトル。
時代の流れ、技術の発達、新しい遊戯世界の樹立、それらに押され十年を超える時を君臨したそれにも陰りが見えて久しい。
観測者である我々はこのゲーム盤が特別なものになる事を知っている。
数多の内の一握りが、朽ち果て行く現実から、新たな新世界へと旅立って行く事を知っている。
あるものは神となり、人々の未来の礎となり
あるものは覇王となり、世界の調停者達と相争い。
あるものは英雄となり、種の垣根を超えて希望を示した。
そしてあるものはすべてに平等な死を振りまく魔王となりえる。
いまだ知りえぬ過去と、いまだ未確定の未来が此処にある。
我々観測者は最も主流となる流れを元に、多くの支流世界を観測する事を好んでいる。
あり得る世界、確率的にあり得ない世界、それらを可能な限り育つように見守り、ときに栄養となるものを注ぐ。
此度もまた、新しい可能性を、一つもたらそう。
この世界が大きな大輪となるか、それとも、小さく朽ちるか、それはまだ、誰にもわからない。
・ナザリック大墳墓
ユグラドシルにはアインズ・ウール・ゴウンと言う名のギルドがある。
かつては、全ギルド中トップ10のうち一つに数えられたほどの精鋭ギルド、最大ギルドが三千人を超え、他のギルドも百を下る事は無い中、たったの41名でその位階に上り詰めた精鋭中の精鋭と言うべきギルドである。
その最大の特徴は構成員全員が異形種であり、人間種プレイヤーに対してのPKを掲げている事だろう。
かつて彼らのギルドナザリック大墳墓で起きたギルド防衛線における1500を超えるプレイヤーの大敗はユグラドシルプレイヤーであれば語り草である。
そんな、隆盛を誇った大ギルドであるが、現在活動しているギルドメンバーは一人しかいない。
ギルドメンバー達それぞれは、職場環境の変化、家庭の事情、夢を叶えた結果、そんな個々の事情により、ゲームにログインが難しくなり、一人、また一人と引退してしまっていた。
偶に、懐かしみ顔を見せる者達が居ない訳でもないが、大半が引退を機にその姿を見る事は無くなってしまっていた。
毎日仕事を終えてログインしては誰も居ない日々。
誰も居ない円卓を見渡せば寂しさもひとしお堪えるものがある。
女々しいとも思うが、もし仲間達が帰ってきた時、帰る場所が残っていないなんて寂しいではないか。
だから彼、アインズ・ウール・ゴウンのギルドマスター、モモンガは今日もギルドを維持するためにユグラドシルの狩場に出稼ぎに出かける。
ギルドホームを維持するためには相応の量のユグドラシル金貨が必要になる。
小さな規模の拠点であれば維持するための通貨はそれ程必要ないがナザリック大墳墓程の有数な規模の大型拠点であれば、それの維持に必要となる金銭は莫大なものとなる。
それを一人で支えるには多くの金銭的な工面が必要だ、だが、ちょっとやそっとの実入りが良い程度の狩りの収入で拠点を支える事は出来ない。
また、彼は社会人でもある、常にゲームにログイン出来る訳でもない、普通のやり方では事実上不可能といっても良いだろう。
仲間達が残したものは質、量ともに大きな力となるだろうが、彼はそれに手を付ける気はない。
故に彼は社会人ならではの方法でユグドラシル金貨を稼ぐ事にした。(※)
簡単に言えばリアルマネーの力である、ネット上から業者を雇い、雇われプレイヤーにゲーム内通貨を稼がせ維持費に充てたのだ。
ちなみに時給制ではなく稼いだ通貨に応じた換金制、一日に一定以上の通貨を納品する事により、固定金額が入金される。
一定を超えた通貨はその額により、追加報酬として増える。
業者との業務内容の交渉には彼が仕事で培った営業経験により、割と良い内容に収まったと思う。
新しいギルドメンバーを入れれば良いという意見もあるかもしれないが、アインズ・ウール・ゴウンは悪名高き異形種のDQNギルドとして有名過ぎた。
入団を求めるものはごく少数であり、多くが性格や性質がモモンガにとってかつての仲間に及ぶべくもない者達であったし、中には他ギルドのスパイであったり、ギルドが保持する世界級アイテムを狙う盗人すらいた。
ぷにっと萌えさんを主軸にして仲間達が考案した「面接判断術」や「スパイ炙り出しマニュアル」が無ければ幾つか貴重なアイテムや拠点情報が流出していたかもしれない、そのお陰も在り、平穏を保っている。
ごく少数ではあるが友好的な非公式同盟ギルドや個人も居る、多くは仲間達と同じように引退したり連絡が取れなくなってしまったが。
いまだ、繋がりが保たれた者達も居るのだ、ただし、彼等は彼等の都合がある、此方の都合の負担を申し出る気はやはり彼にはない。
「もう少し貴方は我儘を言っても良いと思うのですが」
そう言ったのは、ギルド外の友人の一人であったか。
ともあれ、幾つかの収入手段を用意しているモモンガだったが、それでも稼いでおくに越した事は無いのだ。
出来る限り、維持費には余裕を持たせておきたい、どいう不慮の事態により、稼げない事が起きるかわからないのだ。
ゲームにしても、現実にしても、何処で不備が起きるかはわからない。
アーコロジーの一角にウィルスが蔓延し、閉鎖されたというニュースがあったのは極最近でもあったのだし。
12年と言う長い経験により発見したいくつかの実入りの良い狩場を効率的に回る。
上手くすれば2時間程でナザリック維持に必要な財貨の2~4%を稼ぐ事が出来る。これらを月に20回繰り返す事で業者の分も合わせて黒字の収益を得る事が出来る。
もっと多くの時間を消費できれば、と思うが、現実の生活もあるモモンガにはそれが限界だった。
それにゲームでの活動時間はなにも狩りだけで済むわけでもないのだ。
時刻を見れば24時になろうとしていた、今日は現実の仕事が早く終わったので多くゲームに時間を割けたが、明日も早い、作業が終わったなら早くログアウトするべきだろう。
ふと拠点の状況を見ると、幾つかの罠が作動し守護者達が撃破されている事に気づいた。
それは第6階層にまで及び、少なくない被害と言える、通常であれば驚き、舌打ちの一つでもする所だが、口から出たのは冷静で感心したような感想だ。
「ああ、今日はそこまで来れたのか。」
最近の日常と言うほど頻繁ではないが、定期的な周期で来る攻略者であり同一人物の仕業であるとモモンガは知っていた。
それはソロでナザリック攻略を目指すという変わり種のプレイヤーであった。
変わり種ではあったが、ソロで第六階層まで至った時点でそのプレイヤースキルは推して知るべしである。
まぁ、もっとも、このプレイヤーがナザリックに挑むのは通算1131回を越えている。
仲間達が居ない以上、モモンガにとっては維持するのが手一杯であり、罠の更新や新要素にまで割くだけの時間がない。デザインセンスもない。
常に同じ仕掛けであるなら、時間をかけて攻略していくことはソロでも可能だろう。
突破された罠や倒された守護者の再構築のための消費がかなり痛くなるのだが、この侵入者、毎回倒されるまで粘るため多くの装備品を落としていく、ドロップ品が神器級アイテムや準神器級、伝説級な為、転売するとむしろ収支は大きくプラスになる。ある意味美味しい相手だと言えた。
最近では本人が直接言い値で買い戻しに来るので転売する必要もないくらいである。
メール欄を確認してみると新着メッセージが着信していた、件のプレイヤーからのものである。
添付ファイルにはユグラドシル金貨がプレゼンされている。価格は此方にあるドロップ装備の総額の大体2割増し相当。
そして短いメッセージが二つ。
『今日もクエストお疲れ様です』
『明日もアタックするのでよろしく』
通常の売買システムのルートに乗せない実に不用意な手段であった。
不心得者とこのようなやり取りをすると、現物だけを奪われ交換の商品が来ないと言う事が割とある。
もっとも、知人であろうと、他人であろうと、敵以外にはそんな下らない事はプライドにかけてモモンガはやる気はないし、やる筈がないという信頼故だろう。
そもそも、かのプレイヤーとの付き合いは長い。
それこそ、ペロロンチーノさんや、たっちみーさん達がまだ元気にアインズ・ウール・ゴウンで活動していた頃からだ。
知らない仲どころか結構親しい仲だと思っている。
彼が人間種でなければ、41人の仲間達は42人であったかもしれないぐらいには。
正直、彼が此処に挑むのはチャレンジャー精神もあるだろうが、むしろ活動資金を払う口実なのではないだろうか。
一度、維持費についての話を振られた事がある、その際に手伝いを仄めかされたが、友人達と築いたギルドに他人の手を借りたくなかった事、知人ではあっても深い交友関係では無かったため、当時は遠まわしにお断りした覚えがある。
他者の手を借りたくないという意地と、ある種の独占欲、そして無償の援助への猜疑心があった事は否めない。
その時、彼は深くは問わず、『困ったときは頼ってください、友なのですから』ただそう言ってその話を切り上げた事を、モモンガは妙に鮮明に覚えている。
いつのまにか彼には友だと認識されていたらしい、そう、思うのは自分が乾いているからだろうか。
それとも、ギルドメンバー以外にも友だと言われた事が自分にとって何か琴線に触れたからなのか。
自問したが何故か胸の奥のモヤの様な気持ちは明確な答えにはならなかった。
「やれやれ、まったく」
溜息と苦笑を吐きながら装備一式をメールと添付ファイルに変えて送り返す。
『あのですね、不用意ですから、ちゃんと正規のルートで交換しましょうよ、セイバーさん』
そんな文と一緒に。
(※)執筆当時なんとなく興がのって考えた設定、今考えると鈴木さんの懐事情的に無理じゃね?とか思う。
・セイバーさん
:ふぁてのあの人。この話だとサーヴァント制限を撤廃したフルスペック神話生物として登場する予定だった。