美しすぎる工場見学。技術の粋を集めた「組子の家」がすごい
三重県菰野町「指勘建具工芸」
その部屋に入った瞬間、息をのむような景色が目の前に広がっていました。
どうぞ、と出してくれたお茶の姿まで美しい。
「電気を消すと模様が光るように見えるので、『光輪 (こうりん)』と名付けたんですよ」
ここは三重県菰野 (こもの) 町。
3代続く建具専門店「指勘 (さしかん) 建具工芸」の住まい兼ショールームが一般公開されており、その圧倒的な美しさが人気を呼んでいます。
3代目の黒田裕次さんに部屋の解説をしていただきました。
指勘建具工芸3代目の黒田裕次さん
「組子の家」の正体
この部屋に使われている技術は「組子 (くみこ) 」。
ふすまや障子などの建具の表面に、細かな木片を組み込んで意匠を表します。釘を一切使わず、多くは麻の葉柄など縁起の良い模様を表現します。
こちらの模様は「八重桜亀甲」と「八重麻の葉」。もともと縁起の良い柄をさらに組み合わせた複雑なつくりです
「建具は家の中で間仕切りとして機能しますが、間を切るという言葉の中に、昔の人は『魔を切る』、悪いものを家の中に入れない、という験担ぎも持たせていたのだと思います。だから縁起の良い柄が多いんでしょうね」
その伝統的な技法を究極まで極めることに挑んだのが、黒田さんの父にして2代目の黒田之男 (くろだ・ゆきお) さん。
40代後半から50代前半の職人として脂ののった時期に1年1作品のペースで大作に取り掛かり、完成したのがこの「全面組子づくり」の部屋です。
1面ずつ見て行きましょう。
着色一切なし。千年以上前の素材も駆使した「白鷺城」
「これは姫路城を表したもの。着色したパーツを使わずに、全て素材の色差だけで瓦屋根や白壁の濃淡を表現しているんですよ」
えっ。
同じ杉なのに、こんなにも色の差が出るのでしょうか。
使う木材は杉やヒバ、桐など。一番色の濃いパーツは神代杉 (じんだいすぎ) といって、千年以上地中に埋まって掘り起こされると、こういう色になるのだそう。
全部で10万パーツを組み上げて、模様を浮かび上がらせていると言います。素材だけで十分贅沢な世界です‥‥。
斜めから見るのがおすすめ。「桑名の花火」
今度は対照的に、色をふんだんに使った鮮やかな作品、「桑名の花火」。
「桑名の花火大会をイメージして作ったものです。この作品は斜めから見ると、立体感が増しますよ」
作品によって鑑賞するベストポジションも違うとのこと。ちなみに先ほどの「白鷺城」は、正面から見るのが一番良いそうです。
製作費1000万円!実際に注文者が現れた逸品
残る一面は、花柄が影絵のように美しく映し出される「蓮華」。
「よく見てもらうと、木がこういう風にずっと繋がっているんです」と黒田さんがある部分を示します。
「木材を、紙一重のところまで切り込んで折り合わせているんです。これはかなり高い技術のいるものですね」
指で示す角のところは、ひとつながりの材に切り込みを入れて延々と折り曲げているそう!
「製作費ですか?うーん、材料も良いものを使っているので、トータル1000万円くらいでしょうか」
1000万‥‥!金額にも驚きですが、『これと全く同じように作って欲しい』という注文があったというのも、嬉しい驚きでした。
「もう一度作るとなると材から全て集めるのが大変で (笑) 。父と二人掛かりで納めた大仕事でしたね」
組子は木のトロを使う
この信じらないほど細やかな組子づくりの様子は、近所に構える工場で実際に見学することができます。
ちょうど制作途中の組子がありました
傍には色別に分けられた組子のパーツが
組子に使われる材は薄さわずか1.5ミリというものも。1.5センチでなく、1.5ミリ、です。
この薄さ!目がチカチカしてきそうです
作業途中で割れたりしないよう、使うのは年数が経って木目のよく詰まった部分のみ。黒田さんは「木のトロ」と呼んでいました。
向かって右は夏に育った部分。木目がゆったりなのがわかります。組子に使うのは、パーツをあてている目の細やかなところのみ
小さな小さなパーツになるまでに、幾度も裁断を繰り返します。
はじめは見上げるほどの大きさです
設計図に基づいて、必要な長さ、幅を揃えていきます
長さ、幅を揃えたら木材の角を直角に整え、最後に必要な厚みにスライス。それぞれに機械を変えて行います
ちなみに、「指勘」の名前の由来となっているのがこの道具。建具は家にぴたっとはまるよう直角が命。そこで直角をはかるために使う「指金」と、初代である黒田勘兵衛さんの名を取って「指勘」という屋号が生まれたそう
最後はこんな薄さに!パーツを切り出したら、曲げたい角度に合わせて切り込みを入れていきます
ようやくパーツの完成です
台にはパーツの仕様書が。切り込みをどの角度でどの深さまで入れるか、緻密に計算されています。それでも数字通りになることはほぼなく、最後は「勘」で決めていくそう
パーツを揃えるまででも大変な道のり。実はここまでで作品の仕上がりはおよそ決まってしまうそうです。これからいよいよ組み上げていきます!
そっと手で押して‥‥
模様を決める最後のパーツは、残りのパーツにしっかり添わせないといけないため、微妙に揺れる人の指はNG。木の板で押し込みます
このような作業を繰り返して、ようやく模様が完成します!
見ているこちらが息をするのを忘れるような細かな作業。
実は、ほんの10年ほど前までの指勘さんは、組子のような意匠のない、シンプルな障子や襖などの建具をメインに作っていたそうです。
このように工場や作品をオープンに公開し、組子の魅力を打ち出していこうと決めたのは、3代目の裕次さんの代から。
美しすぎる工場見学の背景に、一体どんな想いがあるのでしょうか。
つくる以上に、伝える努力を
「昔は技術を習得したら一人前でしたが、今はそれだけで一生食べていける、という時代でもありません。お客さんは建具屋に頼まなくても、ハウスメーカーさんで建具を作ってもらうこともできる」
「一般的な建具も作り続けていますが、指勘にしかできないことを残したい。それは何か?と考えた時、父が極めてきた組子の面白さを、もっと世の中の人に伝えたいと思ったんです。
そうしたら、『もっとこういうデザインができる?』『ワンポイントだけうちの障子に使いたい』など、新しい発想をお客さんからもいただけますしね」
この工場見学が功を奏し、最近はわざわざ遠方から職人希望で見学に来られる人もいるとか。
ワークショップも体験できるので、ぜひ自分の手で組子作りにチャレンジしてみては。
「もうお帰りですか。実はこの奥にもうひとつ見ていただきたいものが‥‥」
そう、この組子の家、まだあっと驚く仕掛けが部屋の奥にあるのです。
それはぜひ、行ってご自分の目で確かめてみてくださいね。
<取材協力>
指勘建具工芸
三重県三重郡菰野町小島1537-1
059-396-1786
http://www.sashikan.com/jp/
写真:尾島可奈子、指勘建具工芸
こもガク×大日本市菰野博覧会
工芸、温泉、こもの旅。
10月12日 (金) ~14日 (日) の3日間、「萬古焼」「湯の山温泉」「御在所岳」「里山」など豊かな魅力を持つ町三重県菰野町で「こもガク×大日本市菰野博覧会」が開催されます。
期間中「さんち〜工芸と探訪〜」のスマートフォンアプリ「さんちの手帖」は、 「こもガク×大日本市菰野博覧会」の公式アプリとして見どころや近くのイベント情報を配信します。また、各見どころで「旅印」を集めるとプレゼントがもらえる企画も実施。多彩なコンテンツで“工芸と遊び、体感できる”イベントです。ぜひお越しください!
【開催概要】
開催名:「こもガク×大日本市菰野博覧会」
開催期間:2018年10月12日 (金) ~14日 (日)
開場:三重県三重郡菰野町
主催:こもガク×大日本市菰野博覧会実行委員会