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フェミニストの私が、魔女になることを諦めた理由

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人生唯一の後悔

 私はフェミニストになったことを後悔したことは一度もありません。いつもフェミニストになって良かったと思っています。しかしながら、どういう種類のフェミニストになるかについては、ちょっと後悔していることがひとつあります。それは、魔女にならなかったことです。

 「いったいこいつは何を言ってるんだ」と思うかもしれません。実はフェミニストの中には、魔女とか女神など女性のパワーを象徴する存在を信仰するスピリチュアルなフェミニストと、無神論とか唯物論、科学をもとにゴリゴリに宗教を批判するフェミニストがいます。そしてこの間には、大変な違いがあります。

 こういう感じでふたつの系統を並べる表現にはフェミニズムでも先例があり、カリフォルニア大学サンタクルーズ校の研究者ダナ・ハラウェイは有名な「サイボーグ宣言」で「女神よりは、サイボーグになりたい」と言っています(この文章を読んで以来、私は実は全ての女性ミュージシャンを女神とサイボーグに分類するようにしていて、たとえば中島みゆきは女神、松田聖子はサイボーグです)。

 しかしながら私は北国出身の根暗なインドア人間なので、個人的に女神とかサイボーグとかいう語彙は、サーフィンをしてない時はハッキングをしている明るく楽しいアメリカ合衆国西海岸のサイケデリックライフみたいな雰囲気が強くて、自分の人生について話す時の言葉としては受け入れられませんでした。私は、女神よりはもっとワルくて暗そうな「魔女」という言葉のほうが好きです。

 今回はこの連載で初めて前後編となる構成で、フェミニストとして魔女になるべきか、無神論者になるべきか、という問題について考えたいと思います。前編は魔女、後編は無神論について取り上げます。

魔女の復活

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wikipediaより

 キリスト教的な1人の男神を信仰する宗教へのオルタナティヴとして女神に関心を持つ動きは昔からあり、面白いことに男性の著述家が開拓した分野です。1861年にスイスのJ・J・バハオーフェンが、古代社会は家母長が支配する母権制だったと主張する『母権制』を、1948年にイギリスの詩人ロバート・グレイヴズが古代の女神の力を礼賛する『白い女神』(残念ながら未訳)を刊行しています。

 古代に(母系社会ではなく)母権社会があったという考えは、現在の実証的な歴史学の観点からすると極めてうさんくさいものですし、想像力豊かな詩人だったグレイヴスははなから歴史的事実を無視しています。情報の正確さという点ではダメダメですが、中身を真に受けさえしなければ、どちらも物凄いエネルギーで書かれた時代精神の結晶と言える、面白い本ではあります。この後、歴史学などの分野でマリヤ・ギンブタスなどが女神信仰に関する研究で名を馳せますが、女神論の本というのは「面白いけど、これ学術的にはヤバいでしょ」みたいな内容のものが多く、フェミニズムの内部からも批判を受けています。

 一方、1960年代のカウンターカルチャーにおける非キリスト教的信仰への関心の高まりの中、こうした研究の影響も受けつつ、1970年代頃から女神運動と呼ばれる動きが活発になるようになりました。マーリン・ストーンやキャロル・P・クライスト、スターホークなどが女神に関する著作を刊行し(クライストのスピーチはウェブで読むことができます)、少し前から既に活動を開始していたウィッカと呼ばれるネオペイガニズム信仰の一派が広がるようになります。

 ネオペイガニズムというのは、キリスト教から「異教」と呼ばれるさまざまな信仰をアップデートしたもので、ケルトやギリシア・ローマ、北欧系の神々、オカルトなどを取り込んで発展させた新宗教の総称です。ネオペイガニズムの政治的傾向はいろいろで、北欧の神々、つまりヴァイキング風の容姿をした勇ましい神々を信仰するネオペイガニズムには白人至上主義と結びついたものもあり、同じ宗派の人々と軋轢が生じるなどの問題が起こっています。一方でウィッカ系のグループにはフェミニズム的傾向が強いものも存在します。

 ウィッカはグループによって違う宗教実践を行っていて一般化が困難ですが、ここでは代表的な一例として、80年代から90年代にかけてサンフランシスコのフェミニズム的な一派、リクレイミングを調査したJ・サロモンセンの研究をとりあげてみましょう。

 ウィッカのフェミニストたちはキリスト教に抑圧されたネガティヴな存在としての「魔女」(witch)という言葉を自ら引き受け、西洋史において歪曲され悪と結びつけられた魔女の本来の良き姿を取り戻すことを目指しています(p. 7)。人間を生みだす女性の力が自然界の力の象徴とされ、母なる女神の創造的な力が尊崇の対象となります(p. 87)。女性の身体は汚れた弱いものではなく、神聖な力の源とされます。

 四六時中、自分の体を品定めされ、生理や出産は汚くて恐ろしいと思い込まされ、世間の美の基準にあわせて体を整えろと社会的に要請されている女性にとって、自分の身体は神聖で力強く、そこに宿った自然の力を通して偉大な女神とつながることができるという考え方は極めて魅力的です。ウィッカでは魔術の実践も行っており、女性がしばしば憧れる魔女になれるチャンスでもあります。セクシュアリティに関する探求を尊重していることも特徴で、レズビアンやバイセクシュアルの女性も安心して参加できます。

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北村紗衣

北海道士別市出身。東京大学で学士号・修士号取得後、キングズ・カレッジ・ロンドンでPhDを取得。武蔵大学人文学部英語英米文化学科専任講師。専門はシェイクスピア・舞台芸術史・フェミニスト批評。

twitter:@Cristoforou

ブログ:Commentarius Saevus

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