1491年に製作されたこの写真の地図は、クリストファー・コロンブスが初の大西洋横断に挑んだ当時に認識されていた世界の姿を表した地図として、最も良い状態で残っているものだ。コロンブスは航海の計画を立てる際、実際にこの地図の写しを使っていた可能性が高い。(参考記事:「コロンブスに勝てなかった“新大陸発見者”とは?」)
この地図を描いたのは、ドイツの地図製作者ヘンリックス・マルテルス。地図には当初、土地にゆかりの伝説や解説文が大量にラテン語で記されていたが、その大半は時と共に色あせてしまった。
しかし今回、最新の技術を用いた研究で、判読が難しかったそうしたテキストの多くが明らかになった。
マルテルスの地図とコロンブス
当時のヨーロッパ人が認識していた世界の姿は、現代人が今知っている姿とは大きく違う。そのことはマルテルスの地図にも表れていると、研究を主導した地図研究者のチェット・ヴァン・ドゥーザー氏は言う。(参考記事:「16世紀の世界地図、総数60枚がデジタル地球儀に」)
マルテルスの地図では、ヨーロッパと地中海は概ね正確に描かれている。しかしアフリカ南部は東につま先を向けたブーツのような形をしており、アジアも奇妙な形に歪んでいる。南太平洋に浮かぶ大きな島の位置は、実際のオーストラリアがある場所にかなり近いが、これは偶然の一致だろうとヴァン・ドゥーザー氏は考えている。ヨーロッパ人がオーストラリア大陸を発見するのは、それからさらに1世紀たった頃だからだ。マルテルスは太平洋南部に想像上の島々を配置しており、そこには何もない空間を嫌うという、地図製作者にありがちな傾向が見てとれる。
マルテルスの地図にはこのほかにも間違いがあり、それがこの地図とコロンブスの旅とを関連付ける手がかりとなった。地図が製作された当時、ヨーロッパでは日本の存在は認識されていたが、その地理的な位置については知られていなかった。東アジアに関する情報源として当時最も信頼性の高かったマルコ・ポーロの日誌はあったが、肝心の日本の位置については何も言及されていなかったのだ。
マルテルスの地図には、日本は北から南へ伸びる正しい形で描かれている。ただ、偶然の産物と考えるのが妥当だろう。当時存在したほかの地図には、日本を明確に同じ向きで描いたものはないからだ。コロンブスの息子フェルディナンドは後に、父親は日本が南北に伸びていると信じていたと書いており、これはコロンブスがマルテルスの地図を参考にしていたことを示している。
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