「森林の3Dデジタル地図」で林業のITビジネス化を目指すウッドインフォ

既存産業をITによって改革することで、より効率化したり、新たな付加価値を生み出したりする動きが活発になっています。その中でも注目を集めているのが、第1次産業におけるITの導入です。GeekOutでも以前、AIによるきゅうりの仕分けに取り組む農家・小池誠さんの取り組みを紹介したことがあります。

第1次産業と一口に言っても農業、林業、漁業の分野がありますが、今回ご紹介するのは林業のスマート化に取り組んでいる企業、ウッドインフォです。

森林と木材の情報を作る・つなぐ・活かすウッドインフォ

日本の国土は、約7割が森林によって占められている、世界有数の「森林国」です。そのうち約4割が人の手によって植林された人工林で、その広さはおよそ1千万ヘクタール。豊かな森林資源を持つ一方で、林業従事者の高齢化・人手不足や木材の輸入自由化、木材価格の下落などさまざまな要因により、産業としての林業は衰退しつつあります。 その結果、森林が十分に管理されず、木材として利用可能な状態まで成長した樹木が放置され、土砂災害の被害拡大につながる一因となっているともいわれています。かつて林業は、戦後日本の成長期における住宅需要に向けて大量の建材を供給する役割を果たしており、地方における主要産業のひとつでした。現在の林業をどうすれば再び立て直すことができるのか──ウッドインフォはその活性化に向けて「スマート化」に着目しました。

データがないから森林経営ができない

ウッドインフォは2011年7月、代表取締役の中村裕幸さんを含む3人のメンバーで設立されました。その目的は「林業の近代化、スマート化」。ITを取り入れることによって、林業の基点となる森林の管理から、効率の良い木材への加工、木材を必要とする人へ届けるまでをカバーするサプライチェーンの構築を行っています。

ウッドインフォ
ウッドインフォ代表取締役 木材サプライチェーンマネジメント 中村裕幸さん

「なぜ林業にITが必要なのか」を考える前に、現在の林業がどんな状況なのか、簡単に振り返ってみましょう。林業従事者の数は1975年には17万9千人だったのが、20年後の1995年には8万6千人に、そして2015年には4万5千人へと、40年間で1/4にまで減少しています。所得水準も平均より低く、非正規雇用が大半を占めています。中村さんは、その点について「林業には経営がないから」と説明します。

日本の林業は戦後長らく、大きな住宅需要に支えられ、山林から木を切り出せば材木としていくらでも売れていました。木を切った山には再び植林し、木材として利用できるまで育つのを待つだけ。もちろん森林の管理は必要にはなりますが、そこにいわゆる「経営的な観点」を持ち込まなくても、産業として成立していました。

しかし、1980年代以降、海外からの安価な木材輸入が拡大すると、状況が一変。丸太を材木へ加工して出荷しても低価格でしか売れなくなり、一部の大規模な森林所有者以外は事業の採算が合わず、5ヘクタール未満しか所有しない大半の零細森林所有者は、農業にシフトするなど、林業から離れていってしまいました。一方で、林業に残った大規模森林所有者も、国の補助金などにより低コストで森林を維持できてしまっているため、所有森林のデータ活用や効率を高める仕組みなどの近代的な経営に取り組むインセンティブが小さいという状況にあります。

森林には林業という観点だけでなく、国土の保全や水源の維持、CO2の吸収のほか、地域活性化や地方再生の礎にもなり得るなどのさまざまな利点があります。その維持と活用は、林業従事者のみならず、日本全体にとってメリットとなるはずです。そこで、あらためて日本の林業を持続的なものとするために、中村さんは「ITと近代的な経営の導入が欠かせない」と考えました。

しかし、近代的な経営のために必要な「データ」が、森林においてはほとんどありません。

「木材の生産は1年の間に波があります。ある時は収入が入り、ある時はお金が出て行くだけになる。普通の企業なら、年間の売り上げを想定して、受注見込みをもとに銀行にお金を借ります。しかし、林業には銀行を説得する材料となる数字がないのです」(中村さん)

林野庁が発表する「森林・林業白書」において、森林面積や木材資源量などのマクロの統計は公表されています。しかし、いま目の前にある森林に関するデータについてはどうでしょうか。

  • いま目の前にある森林に何本の木が生えているか
  • そのうち木材に適しているものが何本か
  • それがどこに生えているのか

このような切り口のデータとなると、ほぼ存在しなくなります。さらに経営的な観点でいえば、「切り出した木を運ぶために必要な道路を森林のどこに設置するか」「数年先の木材切り出しはどこまで効率よく行えるか」というレベルまで考えなければなりません。

レーザースキャナーを使って森林を丸ごとデジタル化

そこでウッドインフォが開発したのが、森林3D地図作成システム「Digital Forest」です。小型化・軽量化したバックパック型の3次元レーザースキャナーを使って森林内を計測し、立木の位置やサイズ、高さを計測。独自開発したソフトウェアでそれらのデータを処理することで、どの位置にどんな木が生えているのか、デジタルな3D空間内で森林を再現できます。

ウッドインフォ
バックパック型のマウントに設置されたDidital Forestのシステム(写真:左)
システム上部の全方向の超広角カメラとレーザーでスキャンを行う(写真:右)

「Digital Forest」では単に位置が分かるだけでなく、立木がどのくらい曲がっているのかの情報まで把握できます。太さと長さと曲がりが分かれば、「その木からどのくらいの木材を取ることができるのか」が自動的に分かるようになります。

また、計測時点では木材に適さなかった立木でも、周囲の木を切る(間伐)ことで日が差し込み、成長を促せるため、何年後に木材として出荷できるのかについてもシミュレーションができます。森林内のデータを活用することで、毎年の伐採計画と、それに適した林道の設置計画も同時に立てることができるというわけです。

ウッドインフォ

また、切り出す木をデータで指定すれば、ARによってその立木の場所までナビゲーションしてくれる「木(もく)ナビ」(株式会社ギョロマンとの共同開発)や、インターネット上での木材入札システムも開発・提供しています。それらを組み合わせて使えば、森林に詳しくない人でもどの木を伐採すればいいのか迷わずに済む上に、木材需要に合わせて伐採する木を決められるため、単価を上げることにもつながります。

「レーザースキャナーが計測した点群データを解析して、木の位置、太さ、曲がり、ボリューム、地形のデータをいっぺんに取得することができるのは、世界中でウッドインフォだけです。これらのデータをベースに森林経営を考えていきましょうと森林所有者に提案しています」(中村さん)

ウッドインフォは林業の始点となる森林の管理から、実際に木を切り出す作業の効率化、そして終点となる木材販売までをITの導入によってデジタル化し、付加価値を生み出すことで低コスト化を実現しています。

しかし、木材ビジネスの近代化、森林への近代的経営を実現するためのツールや環境を準備しても、現実として林業のIT化はなかなか簡単には進みませんでした。森林のデジタルデータ化と、それを活用したネットでの直販システムを作り上げたものの、森林所有者に営業しても全くと言っていいほど売れなかったといいます。

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「何百~何千ヘクタールの森林を所有するような所有者は、木を切って売るだけでもある程度の収入になるから、特に困っていなかったのです」(中村さん)

大規模森林所有者にはニーズがなく、小規模な森林所有者はといえば、新たに投資するどころか、森林を手放したいと考えている人が多いことが分かりました。

中村さんは、そこに商機があると考え、「森林売買のマッチングサイト」を企画しました。「Digital Forest」を使えば「森林から取れる木材が数年先まで予測できる=将来の森林の生産性が分かる」ため、森林全体の評価額が正確に算出できるようになります。そこでマッチングに適したサイトがあれば、森林を手放したい所有者と、意欲的に森林経営に取り組む森林所有者、またはCSRなどの観点から森林保全に取り組もうという企業とを、結び付けられるのではないかという狙いです。

「Digital Forest」を採用している自治体の実例

ウッドインフォの支援によって、林業の再興、地域活性化を進めている自治体があります。埼玉県秩父市は、カエデの木から採取した樹液から作られる「和メープル」を新たな地域ブランドにするため、長期的な森林経営に着手しています。そのなかで、秩父地域の森林管理や林業に関するさまざまな活動に「Digital Forest」を活用するようになりました。

「和メープル」の活動事例を一部紹介しましょう。秩父のカエデの木からメープルの元となる樹液が採取できるようになるには、植樹してから20年かかります。しかし、同じカエデから樹液を毎年採取すると木が弱るため、年ごとのローテーションも必要です。そこでカエデの成長を促すため、森林の管理データを基にどの木を優先的に伐採すべきかをシミュレーションしています。また、樹液の採取に使う20リットルのポリタンクは、カエデの木から軽トラックが通れる林道まで人の手で運ばれるため、その作業道の開設も必要となります。作業効率と開設コストのバランスの取れた位置の割り出しなどにも森林のデジタルデータが活用されているのです。

国の政策もウッドインフォの取り組みへの後押しとなっています。2018年5月に可決・成立、2019年4月1日に施行される「森林経営管理法」では、適切な経営管理が行われていない森林や所有者不明の森林を、一定の条件に基づいて自治体が管理できるようになりました。自治体が地域活性化のための森林管理を主体的に担う、または地域の意欲的な森林所有者や企業に森林の管理経営を委託することも可能となり、より積極的な森林の活用や林業の成長産業化が期待されます。実際に森林経営管理法の成立以降、自治体からウッドインフォへの問い合わせが相次いでいるそうです。

森林のデジタルデータ化が進めば、木材のニーズに合わせて日本中の森林から最適な立木を探せる世界の実現も不可能ではありません。実際に、現在進められている名古屋城天守閣の木造復元では、一般的には木材として不適格な曲がった木が必要とされ、「Digital Forest」によって、岩手県で適切な木を見つけることができたそうです。

全国の森林がデジタル化されれば林業は変わる

製造業の世界では、IoTによって製造機械の状況や材料の状態などをデータ化し、それらをデジタルによってサイバー空間内で再現する「デジタルツイン」という考え方が注目されています。物理空間とサイバー空間が、IoTによってリアルタイムに連動することで、サイバー空間でのシミュレーションが容易になり、現実空間における故障といった変化の予測が可能になります。

そして、ウッドインフォの「Digital Forest」は、林業におけるデジタルツインを実現する技術です。つまり、近代的な経営がなされず、またITの活用も遅れていた林業を一気に最先端のビジネスへと転換する可能性を秘めています。

しかし、現時点で「Digital Forest」によって3D化された森林は、日本全体から見ればごく一部にすぎません。

「まだまだ少ないです。これまで200箇所くらいやっていますけど、1000ヘクタールにも届いていませんので」(中村さん)

それでも、これまで森林所有者に任せきりとなっていた日本の森林管理・森林経営は、ウッドインフォのような企業の登場や、新たな法律の施行、意欲的な自治体・森林所有者の活動によって、徐々に変化し始めています。

日本の森林そのものを維持し、有効活用するだけでなく、産業のひとつである「林業」として持続的なサイクルを回していくためには、ITの力が不可欠となっています。そして、企業や個人がアクセス・活用できるオープンデータとして日本中の森林に関するデータが公開されれば、そのデータを使った新たなサービス、新たなビジネスがさらに生まれる可能性もあるでしょう。数十年後を見据える林業のIT化、森林のデジタル化は、日本の産業にとって大きな礎となるかもしれません。

青山 祐輔(あおやま・ゆうすけ)

青山祐輔さんプロフィール写真

ITジャーナリスト。インプレスにて「Impress Watch」「月刊iNTERNET magazine」などの編集記者、リクルート「R25」のウェブディレクターなどを経て独立。現在は主に、AIによる社会のデジタルトランスフォーメーションと、メイカームーブメントによる企業のイノベーションの現場を追いかけている。
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