「飛ばされる街」名古屋に、それでも住む理由

著: 萩原涼介

「SUUMOタウン」の記事といえば、筆者の熱量たっぷりな語り口が定番だが、残念ながら私が住む名古屋は、熱く語ることができない。他の街に比べて、魅力が乏しいように感じるからだ。

「名古屋飛ばし」という言葉がある。これは、新幹線や他の都市圏では行われるイベントが、文字通り名古屋を飛ばしたことから生まれた俗語だ。1987年のマイケル・ジャクソン初来日コンサートは、東京や大阪、兵庫などでは公演が行われたのに、名古屋では行われなかった。1992年に開通した新幹線「のぞみ」は、東京大阪間を2時間半で結ぶために、5年以上もの間、下り一番列車が名古屋を飛ばし続けた。

交通や公演だけではなく、実際に私の友人も名古屋を飛ばす。東京と大阪に住んでいる友人は、互いに行き来しているのに名古屋には寄らない。私に人望がないという理由はさておき、確かに名古屋は「そうだ名古屋に行こう」と思い立たない街なのかもしれない。

名古屋には「ワクワク」がない?

もちろん名古屋に全く魅力がないわけではない。例えば名古屋にだって新宿のような高層ビル郡はある。

写真の左下に見えるのがJR名古屋駅の高層ビル群。東京はこのような高層ビル郡が新宿・東京・品川など各所にあるが、名古屋はここだけだ

横浜の「みなとみらい」のような港街もある。

名古屋港の遊園地「シートレインランド」。周辺には「名古屋港水族館」や「レゴランド・ジャパン」といったレジャー施設もあるが、曜日や時間帯によっては閑散としている

大阪のアメリカ村のように、古着屋や雑貨屋が集まったストリートもある。

矢場町にあるショップ。名古屋の路面店は繁華街である矢場町と大須に集まっているが、代官山や高円寺のような密集感はない

京都のように、歴史の深い建築もある。

「文化のみち」エリアにある「橦木(しゅもく)館」。文化のみちエリアには、他にも名古屋市市政資料館などの古い建築がいくつかあるが、数は多くない

このように名古屋にもスポットはある。だが、私は名古屋の街を歩いていると、他の都市を連想してしまうことが多い。名古屋の街は既視感を覚えるのだ。だから皆、名古屋を飛ばし、そこにしかない魅力を求めて東京や京都に行くのではないだろうか。

都市開発が進んでいる笹島地区の複合施設「グローバルゲート」。ショップが沢山あり、屋上庭園も綺麗だが、私は東京の晴海を連想する

名古屋は道の幅が広いことでも有名だ。名古屋の中心にある若宮大通や久屋大通は、通称「100メートル道路」と呼ばれるほど道が広い。

これは河村たかし名古屋市長の受け売りだが、名古屋は道の幅が広いせいで、街を歩くときにワクワクしないのかもしれない。

名古屋は中心部のほとんどが戦災で燃えてまって、戦後の復興事業で100m道路とか広い道を整備する一方で、狭い路地を全部ぶっ壊してまったわけですよ。

(中略)

人生なんか辛いことばっかでまっすぐな道で何でも見通せてまったら生きとれんですよ。だでもっと曲がりくねった路地が必要なんです。ど広いとこで酒飲んどったって話題にもなれせんしよ。

河村たかし名古屋市長に聞く!「名古屋=魅力ある街」への秘策・奇策(大竹敏之) - 個人 - Yahoo!ニュース

100メートル道路と呼ばれている若宮大通の支線と、名駅通の幹線が交わる場所

路面店が多い矢場町や大須でさえ、道幅が広いため店の密度が薄く感じられてしまう。だからおそらく、外から来る人にとっては一つの塊として街を楽しむのが難しく、道を歩いていても高揚感が生まれないのだろう。

栄の横丁。新宿には思い出横丁、京都には先斗町があるが、名古屋の路地は集中していない

新宿や秋葉原は競り立つビルに圧倒されるし、神楽坂や下北沢は迷路のようでワクワクする。京都も狭い路地を歩くのが楽しいし、神戸は山と海に囲まれた狭いエリアに街が凝縮されている。その点名古屋は道幅が広く、単調な感じがする。

では、そんなパッとしない名古屋に、なぜ私は好んで住むのか?

向野橋(こうやばし)から見た名古屋駅の高層ビル郡。向野橋の下はJR関西線、名古屋臨海高速鉄道あおなみ線、近鉄名古屋線など、多数の路線が走っている。私はここから線路とビルを眺めるのが好きだ。名古屋は少し歩くと都会の喧騒から離れることができる

それでも私が名古屋に住む理由

私が名古屋を選ぶ理由は、いろんなことが「ちょうどいい」からだ。

私は愛知出身で、かつては刺激を求めて東京や神戸に移り住んだこともあったが、現在は好んで名古屋を選んでいる。人生を消費者のまま終わらせたくないという思いは今も変わっていないが、拠点にする街は名古屋でもいい。名古屋は観光地として行くのではなく、住みたいと思わせる街なのだ。

栄のパルコの近くにあるインテリアショップ。栄は名古屋を代表する歓楽街だが、ここでさえ広々としていて窮屈さがない

名古屋市の人口は、東京23区を除くと横浜市、大阪市に次いで日本第3位*1を誇る。ただ、土地や道路が広いため他の都市のような圧迫感はない。事実、人口の総数に比べて、人口密度はそこまで高くない。東京のような通勤ラッシュに遭遇することは少ないし、京都のように観光客でごった返すこともなく、人混みに酔うことがほとんどないため過ごしやすい。

名古屋駅の近くにある笹島交差点。大勢の人が行き交う場所だが、道が広いため歩きやすい。私が名古屋で歩きにくいと感じるのは、JR名古屋駅のコンコースぐらいだ

名古屋は食べ物も美味しい。とんかつ屋に入れば必ず味噌カツがあるし、スガキヤラーメンはその辺にあるスーパーのフードコートでも食べられる。とんかつと味噌の組み合わせは絶妙だし、和風とんこつ味のスガキヤラーメンは一度食べると癖になる。朝の喫茶店はコーヒーにトーストと玉子が無料でついてくるし、きしめんの出汁が恋しくなったら駅のホームで立ち食いすればいい。

名古屋の味噌カツは「矢場とん」が有名。ただ、私はグルメではないので、その辺の定食屋で食べる庶民的な味噌カツが好きだ。ちなみにCoCo壱番屋のロースカツカレーも好きなのだが、CoCo壱番屋も名古屋が発祥だ

名古屋は自然も多い。先ほど名古屋は道幅が広いからワクワクしないと書いたが、それは何もデメリットだけではない。若宮大通や久屋大通などの「100メートル道路」は、道幅が広いおかげで樹木が多いのだ。

名古屋には庭園や植物園も数多くある。少し考えるだけで徳川園、白鳥庭園、ノリタケの森、東山動植物園、東谷山フルーツパークの世界の熱帯果樹温室などが思い浮かぶ。

徳川園の紅葉。赤色のモミジや黄色のヤマハゼが、橋や小道の間に計算されて配置されている。色鮮やかな光景に、思わず息をのむ

住む街となると、仕事の有無は重要な問題だ。その点、TOYOTAのお膝元である名古屋にはデンソーやアイシン精機など製造業関連の本社が立ち並び、県内総生産*2も車の保有台数*3も日本第2位だ。東京に比べるとクリエイティブな仕事は少ないが、名前さえ売れれば名古屋を拠点に出張という形で仕事ができる。

現在私は、写真とITの仕事を兼業しており、東京に出張した際に写真を撮ることも多い。東京の撮影スポットをまとめた記事はこちら。名前はまだ売れていないが、この先も名古屋を中心に西へ東へ世界へ出かけて、写真を撮り続けたい

名古屋から東京までは、新幹線なら約1時間半で行ける。リニア中央新幹線が開通すれば、東京までたったの40分だ。京都は在来線で行ける距離だし、大阪は新幹線で約50分。そして家賃と駐車場の相場は、東京より圧倒的に安い。

名古屋モード学園スパイラルタワーズ

SUUMOタウンの寄稿依頼が入ったとき、名古屋は魅力がないから断ろうとした。だが考えてみると、住みやすい名古屋こそSUUMOタウンの記事に相応しい街だった。名古屋は熱く語る必要なんてない。淡々と暮らして、淡々と語るぐらいがちょうどいい。

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著者:萩原涼介 (id:RyoAnna)

RyoAnna

1974年生まれ、愛知県在住。神戸市外国語大学を卒業後、音楽とITの仕事に携わる。現在は写真とITの仕事を兼業しており、商業写真を撮影するかたわら、Impressionをテーマに個人作品を撮影している。著書『グラビトン』『ベンハムの独楽』『読みやすい文章を書くための技法

Twitter:@RyoAnna / ブログ:RYOSUKE HAGIHARA

編集:はてな編集部