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Photo: Woohae Cho / Getty Images

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花澤雄一郎

花澤雄一郎

韓国政府が慰安婦問題の日韓合意を一方的に見直す新方針を打ち出したことで、日韓関係のさらなる冷え込みが懸念されている。両国はなぜこうもすれ違うのか。ソウル駐在時にこの問題を精力的に取材してきたNHK報道キャスターの花澤雄一郎氏が、問題の核心をあぶりだす。

やっぱりこうなったか


「政府間でやりとりして解決できる問題ではない。日本政府が真実を認めて心から謝罪すれば完全に解決するだろう。真実と正義の原則にもとづいてこの問題を解決するよう日本に促す」

2018年1月10日、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領は慰安婦問題について、日韓の合意では「解決していない」という認識を明確にし、日本にさらなる対応を求めた。合意の根幹である日本政府から拠出された10億円についても、この代わりに韓国政府の予算を充てると発表。合意を事実上無効にする姿勢を打ち出した。

1月10日の記者会見で、慰安婦合意について強い不満を表明した韓国大統領
Photo: Kim Hong-ji – Pool / Getty Images


「やっぱりこうなったか」

韓国での取材の日々が頭に浮かんだ。

私は2015年の合意直前までソウルに駐在し、慰安婦問題への取材に全力を挙げていた。あまりに複雑に絡み合ったこの問題をどう解くことができるのか。人類は過去の歴史とどう向き合うべきなのか。その取材は、暗闇の中で手探りで出口を探すような作業だった。

当時の朴槿恵(パク・クネ)大統領は、2013年の就任直後からこの問題を最大の懸案に掲げ、極度の対日批判を続けた。就任直後には「加害者と被害者という立場は1000年たっても変わらない」と発言し、以後、各国との首脳会談の場でも、慰安婦問題を持ち出しては日本非難を繰り返すという徹底ぶりだった。

韓国内では反日感情がさらに燃え上がり、朴槿恵大統領の強硬姿勢が強く支持された。日本では反発が強まり「嫌韓」が広がった。

2013年2月のパク政権発足以降、韓国内の反日感情は著しく高まった
Photo: Chung Sung-Jun / Getty Images


私がワシントンからソウルに赴任したのは、そんなさなかのことだった。

直前までアメリカ外交を担当し、国際情勢や外交のかけひきを見続けていたせいか、パク政権の行為はかなり奇異に見えた。ナショナリズムを刺激して支持率を上げるのが狙い、というだけでは説明しきれない。日本からの再度の謝罪を引き出さなければその責任はいずれ自らに降りかかってくる、危険な賭けだ。

どう決着させるつもりでこのように日韓両方を刺激し続けているのか、戦略が見えなかった。こんなやり方では日本の国民感情が悪化し、謝罪を引き出すことなど余計に遠ざかるだろう。いったい、どんな勝算があるのだろうか。

韓国政府は「圧力」で日本を屈服させようとした


そんな思いで取材を進めると、パク政権の外交ブレーンが私に言った。

「国際世論はどんどん日本に厳しくなっていきます。もう日本は法的責任を認めて謝罪するしかないんですよ」

圧力によって日本を屈服させることが可能だ、いや、必ずそうなる。時間が経てば経つほど苦しくなるのは日本だ──それがパク政権の見立てだった。政府だけでなく民間人による海外での日本非難も、日本への圧力に大いに役立っているという認識だ。

一方の国の指導者が屈服し、一方が完全勝利する、そんな外交決着などあろうはずがない。

1965年の日韓請求権協定ですでに解決済みとする日本政府が、現実的な解決策として出したのが河野談話だ。その河野談話すら、日本では「韓国側に配慮しすぎで、誤解と拡大解釈を拡散することになった」と批判が起きていた。

パク政権の攻撃によって日本では反発がさらに強まり、とても譲歩できる環境にはなかった。韓国側の見立てはあまりに甘いと感じた。

やはりその後、日韓関係はこじれにこじれていく。

「慰安婦問題で日本側が歩み寄らなければ首脳会談はしない」と、繰り返すパク大統領。韓国世論はこれを強く支持していて、パク政権にとっては歩み寄る必要はない。

一方でアメリカのオバマ政権からは、韓国に寄り添うような発言が公式、非公式に繰り返された。これが韓国側の自信をさらに深めさせることになった。

オバマ政権はリベラル色が非常に強い。さらに、国務省などの従来の立場がこの政権では反映されないという傾向が、多くの外交政策で見受けられた。慰安婦問題にもそれがもろに表れていた。

2014年4月に訪韓したオバマ氏。慰安婦問題について「甚だしい人権侵害」だと述べ、パク氏の立場に理解を示した
Photo: Song Kyung-Seok – Pool / Getty Images


それでも、アメリカは同盟国同士の関係悪化に頭を痛め、双方に歩み寄りを求めた。日韓の外務省の局長同士の協議が繰り返されたが何の進展も感じられない、そんな時間が過ぎていった。

私は、日韓両政府、元慰安婦の支援団体、韓国メディア、専門家、と関係する人たちのところを連日ぐるぐると回るように取材を続けていた。メディアには姿を現さない元慰安婦の女性たちの取材も進めるなかで、日韓のズレの核心が見えてきた。

2015年は、日韓の国交正常化から50年の大きな節目だった。結局はこのタイミングで和解するはずだと思いながらも、両政府の歩み寄りはまったく見られない。和解に疑いを持ち始めた2015年5月、韓国政府の高官が突如、私にこう話した。

「慰安婦問題は決着しますよ。8月15日の前には合意すると思います」

「え!?」

「もともと、日韓の認識にはほとんど差はないんです」

日本軍による組織的な強制連行の有無は…


衝撃的だった。8月15日まであと3ヵ月しかない。合意の文言を詰めることなどを考えれば、すでに大筋では合意しているということか。いつの間に……。

しかも「日韓に認識の差はない」という言葉の意味も重い。この点、この高官はこれ以上は語らなかったが、見当はついた。

日本側の認識は、「日本軍による組織的な強制連行はなかった。その一方で、意に反して慰安婦をしていた女性たちが相当数いた」というものだ。

「意に反して」とは、軍の要請を受けた業者に「良い仕事がある」と言われて騙されたケースが多く、なかには業者に強引に連れて行かれたものもある、さらに日本の官憲によって強制的に連れて行かれたケースもあるが個別のもので、組織的なものがあったという証拠はない、おそらくなさそうだ、というものだ。

つまり、河野談話の認識とほぼ同じである。

問題の核心は「組織的な強制連行の有無」だが、「日韓の認識にほとんど差がない」ということはこの点ではほぼ一致しているということだ。

私がすぐにそう理解したのは、実はこうした認識を韓国側の専門家たちからすでに確認していたからだった。韓国では、政府と大学教授などの専門家が非常に近い。それぞれの分野の有力な専門家は政策決定に深く関与するし、多くの閣僚がこうしたなかから登用される。

そうしたなかの1人、著名な日本専門家で慰安婦問題を巡る政策に深く関わっている人物に密着取材をしていたところ、突如、この人物がこう言ったのだ。

「組織的な、そして人狩り的な強制連行があったと思っている専門家は、韓国にはほとんどいませんよ」

当初、私は混乱した。

韓国国民の認識、そしてメディアの報道では「日本軍による強制連行があった」というのが基本で、「その数は20万人、多くは終戦後に日本軍に殺害された」という考えが常識化している。これに異を唱えようものなら社会から袋だたきに遭う、という構図だ。

しかし、「この問題の中心的な専門家たちはそう考えていない」という。

その後、取材を続けるなかで、わずかな差こそあれ、多くの有力な専門家から同様の認識を確認することになった。

ミスリードと誤解の連鎖


それでもメディアの報道はいっこうに変わらない。それは、専門家たちが韓国メディアにはこうした考えを伝えないことと、韓国メディア側の質の問題がある。

まず、慰安婦について一部の証言に頼る以外に客観的に事実関係を検証しようという姿勢が見られない。さらに、度重なる日本政府の謝罪を「心からの謝罪ではない」などとする支援団体の主張に流され、韓国国民を反発へと導いてきた。

日本側の主張に一定の評価をすれば反発を浴びる。それを恐れて常に批判的に報じるという自らの安全を選んできた。それが長期的にどれほど韓国社会を苦しめ、損失を与えるかについて、思いを巡らせている様子は見られない。

加えて韓国政府は、メディアの不勉強を利用し、この部分を曖昧にすることでミスリードを続けてきた。本当の認識を公にすることで、批判を浴びることを恐れているのだ。

韓国外務省の記者会見で繰り返される質問の1つに「日本政府から強制連行を否定する発言が出た。どう考えるのか」というものがある。

そのたびに、韓国政府は「強制的に動員されたのは動かしがたい事実。強制性は河野談話でも認めている。日本は歴史を直視し……」と答える。

「強制連行」という言葉を「強制動員」や「強制性」という言葉にすり替えて、日本側の主張を全面的に否定しているかのように装うのだ。

しかし、「連行」と「動員」ではまったく意味が違う。河野談話で認めているように、騙されたケースで本人が望んでいなければ「強制性」は存在し、「強制動員」になる。嘘ではないが、韓国の記者たちがよほどこの問題を理解していない限り、誤解する。

「連行」という言葉には、官憲が公権力によっておこなうこと、そして組織的におこなったニュアンスも含まれる。それを理解して、韓国政府はこの言葉を避けているのだ。

これを多くの韓国メディアは「日本の妄言を否定。強制連行はあった」などと報じ、国民の認識は「20万人の強制連行」と固定化されていく。そして国際社会に向かっては「20万人が強制連行され多くは虐殺された」と訴えていくことになる。

メディアの不勉強に加え、言葉の厳密さを重視しない韓国の文化そのものにも遠因がある。「騙されたケースでも本人の意思に反して連れて行かれているんだから、それも強制連行でしょ」というのが一般の韓国人の感覚だし、少しぐらいオーバーになっても「結局日本が悪い」という結論が同じなら、細部はたいした問題ではない、という考え方だ。これは良い悪いではない。文化の違いだ。

いずれにしても、中心的な専門家の認識、そして韓国政府の中枢の認識も、日本側とは大きな差はない。

ゴールは遠くに見えている。両国の対立の核心でもあるこの部分さえ同意できるなら、残りは大きな障害にはならない。あとは、どうやってこのゴールにたどり着けるかだ。
後編 ▶︎ 停滞する日韓関係「負のサイクル」を止めるには

花澤 雄一郎
Yuichiro Hanazawa
NHK入局後、長野局勤務。松本サリン事件などを取材。社会部で東京地検特捜部、海上保安庁などを担当。ロサンゼルス支局、ワシントン支局、ソウル支局の特派員を歴任し、アメリカ担当デスクに。2017年4月よりNHK BS1「国際報道2017」キャスターを務める。人種やカルチャー、歴史問題から政治・外交交渉の舞台裏まで、眼光同様、鋭い取材に定評あり。

PHOTO: MASAHIRO KOYAMA


NHK BS1「国際報道2018」

月~金 22:00-22:50
いま世界で何が起こっているのか。その背景に何があるのか。世界に広がるNHKの取材網と世界各地の放送局から届くニュースで構成する本格国際ニュース番組。世界の動きをいち早く、わかりやすく伝え、ビジネス・カルチャー・エンターテインメント情報も満載。世界を身近に感じる50分!
連載「NHK『国際報道2018』の現場から」バックナンバーはこちら

PROFILE

Text by Yuichiro Hanazawa
花澤雄一郎  NHK BS1「国際報道2018」キャスター。NHK入局後、ロサンゼルス支局、ワシントン支局、ソウル支局の特派員を歴任し、アメリカ担当デスクに。2017年4月より現番組のキャスターを務める。

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