暇な高校生活。特にすることがある訳でもないし、「入部したらすぐレギュラーになれる」なんてありふれた誘い文句を受けたこともあって、新しくスポーツを始めた。本当になんとなく。暇つぶし。
騙された。周りのみんなはとても上手だし、自分は出来ないことだらけ。毎日涙をこらえながら練習をした。ポンコツ過ぎて先輩にぶん殴られた。顧問に竹刀でボコボコにされた時もあった。高校からスタートした自分はキャリアの長いライバルたちにどうしても追いつけない部分があって、すごく悔しい思いをした。
だけどなぜだかこのスポーツが大好きになった。理屈はわからないし、劣等生なのに。それで「大学へ行っても続けたい!」なんて思うようになった。周りのみんなは「コイツ、馬鹿だな」って思ったんじゃないかな。だってキャリアも才能も身体能力も何1つ持ってなかったから。
下手くそだからスポーツ推薦なんて貰えるわけもなくて、必死で受験勉強をした。頭の悪い自分が、下手くそなスポーツを続けるためだけに必死に机に食らいついた。これ以上ない程、すっげえ泥臭かったと思う。それでなんとか、希望してた大学のワンランク下の大学に入ることができた。
ところで、話は変わって…
アンジュルム(スマイレージ)の中西香菜さんはたびたび劣等生として扱われることがある。グループには、顔の造形で圧倒するメンバーや歌唱力のあるメンバー、ダンスで魅せるメンバーたちがいるが、彼女はいずれにも属していない。
そんな中で、何かよくわからないけど「心の拠り所」のようなポジションを確立しているように見える。
グループに加入した当初はインターネットで叩かれることが多かったと聞く。レッスンでもキツイ言葉を何度も浴びせられたと思う。何度も悔しい気持ちになったと思う。だけど彼女は逃げなかった。戦い続けて、信頼を勝ち取って、彼女にしか実現できないポジションを作り上げてみせた。苦しい思いを何度もしたはずなのに、ずっとヘラヘラしてみせる。
アイドルという仕事が大好きなんだろうな。
自分はというと、大学3年生になると大好きになったはずのスポーツから逃げようとしていた。高校時代ほど厳しく指導してくれる人はいないし、就活も始まるし、論文も書かなきゃいけないし…なんてそれらしい理由を探して、本当は自分の才能に限界を感じただけ。せっかく大好きになったスポーツなのに、思うようなプレーが出来なくてずっとモヤモヤしていた。
高校から始めて、何もできやしないくせに何故だか大好きになってしまったスポーツ。だけどモヤモヤした気持ちがあまりにも大きすぎて、大好きなスポーツを嫌いになりたくなくて、就活が始まると同時に自分からスポーツを切り離した。
つもりだった。
就活の真っ最中、中西香菜さんの個別握手会に参加した(オタクは就活の最中に遊ぶな)。
「えー!筋肉すごい!!」
「スポーツやってるの!?頑張ってね!!」
なんて言いながら手首まで掴んで応援してくれて、切り離したはずだった自分とスポーツが、彼女の何気ない一言でまた簡単に繋がってしまった。
だけど選手として復帰するのは自分にはハードルが高くて、マネージャーのようなポジションでスポーツと関わっていくことを選んだ。
つもりだった。
数ヶ月後にまた中西香菜さんのお手手(おてて)を握り(オタク特有の気持ち悪い日本語)に行くと、すごく嬉しそうに「部活どう!?調子いい?」なんて聞いてくる。勘弁してくれ。ふざけやがってよ。
そんな風に言われたら、背を向けて情けなく逃げ出した自分が恥ずかしくなる。マネージャーなんて言葉を盾にした、ただの嘘つき野郎になってしまう。
もう一度向き合ってみようと思った。
自分は周りに比べて出来ないことだらけだけど、自分に出来ることだけでも必死に努力すれば、何か特別な存在になれるんじゃないかと思った。彼女がそうであるように。
もう一度このスポーツと向き合うと決めた日から、本当に死ぬんじゃないかと思うくらいトレーニングを重ねた。だけど全然苦しくはなかった。やっぱり自分はこのスポーツが好きなんだと改めて気づいたし、彼女からの応援を正面から受け入れられている気がして嬉しかったから。
それから3ヶ月くらい、純粋な気持ちでスポーツと向き合って、疲れ切って、彼女のブログ(彼女も最近トレーニングに励んでいるらしい)を読む。そんな生活が楽しくて楽しくて仕方なかった。
そして先日、学生生活最後の大会が終わった。
プレーに必死すぎてあんまり大会のことを覚えてないけど、自分なりのパフォーマンスができた香菜(かな)と思う。
高校から始めて7年間も同じスポーツを続けていると知らない間に他校の知り合いが増えているもので、自分が勝手にライバル視してた選手たちから「カッコよかった」なんて言ってもらえて、少しは変わることができたんだと実感した。
多分、中西香菜さんがいなかったら自分は少しも変わることができなくて、モヤモヤするとすぐに逃げ出してしまう人間のままだったと思う。
彼女にとっては自分なんてただの1人の気持ち悪いヲタクでしかないと思うし、握手会で投げてもらった言葉もどれほど心がこもっていたのかは確かめようがない。
だけど大好きな彼女に何か言葉をかけてもらうたびに、大好きなものを大好きなんだと実感できて、大好きなものを繋ぎ止めようと思えて、大好きなもののために少しでもカッコよくなりたいと思うようになった。それで少しだけ変わることができた。
彼女はいつかのイベントで「30歳までアイドルをやりたい!」と宣言していた。
学生生活最後の大会が終わって、この言葉のありがたみを感じた。
自分も30歳まで現役の選手でいたい。
普通なら、プロとして活躍するような実力のある選手以外は学生生活が終わればスポーツを引退してしまうものである。
だけど自分はスポーツが好きで、スポーツをしている自分が好きで、中西香菜さんが好きで、彼女が頑張っているのが好きで、彼女に応援してもらえることが好きで、彼女を応援することが好き。究極に「好き」だけを物差しにして判断した時に、自分がスポーツをやめる理由なんて1つもないことに気づいた。
容姿の美しさだけで仕事を取ってくるようなタイプじゃない、パフォーマンスで空気を支配するようなタイプでもない。だけどそんな彼女だからこそ、自分のような人間には響くものがあって、沢山の「好き」に気づかせてもらえた。
30歳までスポーツを続けること、就労との両立や体力の問題がつきまとってきて、容易なことではないと想像がつく。
だけど、彼女を見ているとそんなことはちっぽけなことに思える。
「普通は学生でスポーツを引退する」とか
「30歳に近づくと体力が衰える」とか
そんな常識知らねえよバカ。
十人十色。好きなら問題ない。
Weiler