今、プロレスが熱い。棚橋弘至や真壁刀義といった人気レスラーが連日のようにメディアに露出し、「プ女子」といわれる女性ファンも増えている。
現在のプロレスブームのずっと前から、独自のスタイルで新しいファン層を開拓してきたのがDDTプロレスリング(以下、DDT)。その最大の魅力は、ずば抜けた「演出力」だ。個性的なキャラクターが会場を爆笑に包んだかと思えば、プロレスラーの強さを存分に味わえる激しい試合が繰り広げられる。
2017年に20周年を迎えたDDTを率いるのが、「自分はプロレスに自信がない」と言い切る“大社長”高木三四郎さん。経営とプレイヤーの両面からDDTを支える社長レスラーに、観客の期待を超えるアイデアの出し方やレスラーのキャラクター作り、そして、これからの団体運営について伺った。
生き残るために他団体がやらないことを選んだ
──本屋さんやキャンプ場でもプロレスをしてますね。リングもないのに車の上からムーンサルトアタックを決めたり……。びっくりしました。
高木三四郎さん(以下、高木):「路上プロレス」ですね。あれは、いわば場外乱闘の拡大版。たしか90年代のアメリカで、入場通路でも客席でも、リング以外のどこでフォールしてもいい「エニウェアルール」というのが出てきたんですが、それなら「別にプロレス会場じゃなくてもいい」と思って始めたんです。
──他団体のプロレスとはかなり違いますね。
高木:「文化系プロレス」と言われていますが、お客さんが面白いと思うことを最優先したエンタメ性重視のプロレスっていう感じです。そもそもはWWF(現WWE)というアメリカの団体のショーアップされたエンタメ系プロレスを日本風にアレンジして取り入れたんです。
──もともとはアメリカの団体のやり方なんですね。
高木:試合に笑いの要素を取り込むだけじゃなくて、社長と選手のもめごとを演出したり、バックステージの様子やリングに立つまでのストーリーを試合会場のスクリーンで流したり、お客さんに楽しんでもらう方法を常に考えています。自分が社長になったのも、「社長争奪ロイヤルランブル」っていう試合で決めたんです。
──社長も試合で決めるんですか!?
高木:当時、実力至上主義を打ち出した新日本プロレスのストロングスタイル、「明るく、楽しく、激しいプロレス」を掲げた全日本プロレスの王道プロレスみたいに団体ごとのスタイルがあって、差別化するにはエンタメ路線しか残されていなかった。インディーズの僕らは他と違うことをやらなきゃ生き残れなかったんです。
徹底したエゴサーチでファンの心をつかむ
──メディアやファンからの反響はどうだったのでしょうか。
高木:他団体のファンには「お前らのせいでプロレスが馬鹿にされる」なんて言われました。当時は『週刊プロレス』や『週刊ゴング』、『週刊ファイト』といった専門誌がたくさんあって、スポーツ新聞もプロレスネタを大きく扱っていた時代だったけど、どこも取材にすら来てくれませんでした。
──厳しいですね……。
高木:だからネットを使った情報発信には早くから取り組んでいました。それに、試合を観た人の感想を知りたいから、プロレス関連のネット掲示板を見たり、一般の人が書いたネットの観戦記を検索して読んだり。それで、良かったという感想と悪かったという感想の「数」を集計していましたね。
──まさにエゴサーチじゃないですか! 先進的だったんですね。
高木:実際、今もチェックしています。Twitterで「しょっぱい試合だった」とつぶやいている人がいたら、その人の過去のツイートを遡って趣味嗜好まで調べた上で、なぜ受け入れられなかったのかを考えます。そうやって継続的にリサーチしていると、旬な選手や旬なスタイルといった「プロレスの旬」が見えてくるんです。
──徹底してますね。でも、ネガティブな意見を読むのはつらくないですか?
高木:そうでもありません。長くやってきてわかったことですが、一定数のファンは多かれ少なかれ入れ替わっていくものですから。ただ、なるべくそうならないように、批判的な意見にも耳を傾け、試合内容がファンの好みとズレてきたり、路線が合わなくなってきたりしてないか、把握しておくことが大切と考えています。
「お客さんを満足させてくれ」、僕はそれしか言わない
──ゲイレスラーの男色ディーノ選手がバラエティ番組に出ているのを拝見しました。
高木:男色ディーノもいれば、試合前にパワポでプレゼンするスーパー・ササダンゴ・マシンや、リングで昔話を披露するアントーニオ本多……そうかと思えば、正統派スタイルの選手まで幅広くいますね。
──エンタメ系プロレスだからこそ向いている選手っているんですか?
高木:僕は、プロレスはキャラクタービジネスだと考えています。たとえば、「引きこもりレスラー」というのがいるんですど、「引きこもりのプロレスラーって何?」って思いますよね? お客さんにそう思わせた時点で成功なんです。
──選手のキャラは、どうやって決めてるんですか?
高木:「お前はこういうキャラでいけ」と僕が決めているわけではありません。選手のやりたいことや個性をベースに、せいぜい「こうしたらどう?」とアドバイスするくらいです。僕が選手に言うことはすごくシンプルで、お客さんを喜ばせてくれ、お客さんを満足させてくれということだけなんです。
──お客さんの満足がすべてだ、と。
高木:トレーニングや練習は当たり前で、大切なのはその上で「お客さんの満足のために何をするのか」。そこがレスラーの技量ですからね。
──強ければいいってわけじゃないんですね。
高木:アクロバティックな動きで魅せるやつもいれば、グラウンドといって、いわゆる寝技のテクニックで魅せるやつもいます。たとえエンタメ路線でも、笑いのスタイルをそれぞれ変えないといけない。ただと言うか、だからと言うか、一番困るのは何もないやつですね。
──「何もないやつ」とは?
高木:自分が何をやりたいのかわかってないやつです。あっちの意見、こっちの意見と左右されていたらダメ。逆に自分がやりたいことをわかった上で、アドバイスを素直に聞ける人間は伸びますね。
DDTが20年も続いたのは、自分に自信がないから
──メインイベンターとしてスポットを当てる選手はどう決めるんでしょうか。
高木:基本的には自分がメインイベンターになるんだという気概のあるやつにスポットを当てていきます。でも、同じ人間がずっとメインにいるとマンネリ化するので、自然な形で入れ替えていくんです。そのバランスがすごく難しいですね。
──ご自分がメインにという思いはないんですか?
高木:いや、僕はプロレスには自信がないんです。だから、メインを張っていたときもイヤイヤでした(笑)。
──現役レスラーで、しかも社長なのに!?
高木:たしかに団体を率いている人は「俺が一番!」というタイプが多いですね。でも僕は、「僕が一番だけはやめてくれ」というタイプ。でも、だからこそDDTはうまくいったんじゃないかと思っています。
──どういうことでしょうか。
高木:誰にでもピークはあるし、時代の流れもあります。その時その時の「旬」の人間をメインに押し上げていくことで団体が活性化し、うまく新陳代謝ができたんじゃないでしょうか。もし僕が「俺が一番だ」という人間だったら、DDTはこんなに続いてなかったかもしれませんね(笑)。
お客さんの心を一瞬でつかむ演出を考える
──高木社長の考える、お客さんが喜ぶプロレスってどんなものですか。
高木:プロレスは「入場8割、試合2割」というのが僕の考え方。だから、レスラーが入場する瞬間に会場の空気を作らなければいけないと思っています。それだけ入場は大事なんです。
──試合より入場が大事なんですか?
高木:入場シーンは、最大の演出効果が発揮できるところですからね。だから、名レスラーの入場テーマ曲には名曲が多いんです。アントニオ猪木さんのテーマ曲なんて、みんな知ってますよね?
──知ってます! 「INOKI BOM-BA-YE」(イノキボンバイエ)ですよね。
高木:僕が知っている限り、テーマ曲をよく変えてたのは武藤敬司さんだけ。「オレは試合で魅せるから」って。やっぱり天才はすごいなと思いました。
──入場テーマ曲の他に演出のポイントはありますか?
高木:「水」ですね。名レスラーは水の使い方がうまいんです。
──えっ? 水……ですか?
高木:僕が最初にプロレスとは何ぞやと教わったのは、高野拳磁さんというレスラー。その高野さんは入場前に、頭に水をジャバジャバかけるんです。それで、入場の瞬間、スポットライトが当たる中、ロン毛をばさっとやる。すると、水しぶきがブワッ!と広がって、お客さんが一気に「ウォーッ」とわき上がるんです。
──それは迫力ある絵になりますね。
高木:大仁田厚さんからもいろいろ学ばせてもらいましたが、大仁田さんも同じように頭に水をブッかけるんです。やっぱり「水」なんですよね(笑)。
お客さんの期待を超える、お客さんを欺くアイデアを出したい
──入場にはみなさん力を入れてるんですね。
高木:対戦相手が有刺鉄線を巻いたバットを持ってくるなら、こっちはトイレのスッポンを持っていったら面白いんじゃないかとか。そういうことを日々考えながらやっています。
──トイレのスッポン!? トイレ掃除に使うラバーカップのことですね(笑)。
高木:試合の中でも「今日は何をやろうか」と、常に考えていますよ。お客さんの期待を超える、お客さんの期待を裏切って欺くようなアイデアを出したいですから。
──お客さんを欺くから盛り上がる?
高木:大日本プロレスにアブドーラ小林さんっていうレスラーがいて、一流の技術を持った人なんですが、いつもはコミカルで愛嬌のある試合をするんです。だけど、ここぞという時にすごいテクニックを見せる。すると、お客さんは「すげぇー」って盛り上がりますよね。
──なるほど。ギャップを演出するんですね。
高木:大仁田厚さんと試合した時は、10分間以上、ずっとグラウンドレスリング(寝技)につきあわされました。大仁田さんは「有刺鉄線電流爆破デスマッチ」のイメージが強いけれど、プロレスのテクニックは超一流です。試合後、「オレがグラウンドでくるなんて驚いただろ」と言われて「やられた」と思いましたね。
──まさに騙し合いですね。
高木:「しょっぱい試合だったね」と言われるより、やっぱり「今日の社長はすごかった」と言われたいんです。こんなふうに対戦相手だけじゃなく、お客さんとも闘わなきゃいけない格闘技ってプロレスくらいじゃないでしょうか。
DDTにしかできないプロレスをこれからも追求する
──今は新日本プロレスのV字回復が話題になっていますね。
高木:新日本さんの成功については、僕の中で思うところはあります。レスラーのキャラやストーリーを打ち出す格闘エンターテインメント的なやり方は、僕らがずいぶん前からやってきたことですから。でも、ブランド力や資本力があると、一瞬で塗り替えられてしまう。それが競争社会だからしかたないですが……。
──じゃあ、悔しい思いをされたんですね。
高木:僕が個人でやっていても限界があります。だから、DDTがやっているプロレスの魅力をもっと世の中に伝えるためには資本力のある会社と組む必要があると考えて、サイバーエージェントの傘下に入りました。
──新日本プロレスを超えたい?
高木:ええ。旗揚げした頃から、本気でプロレス界でトップをとってやろうと思ってやってきましたから。だから、これからもDDTにしかできないプロレスをやっていきたいですね。
──わくわくします。2017年には、東京ドーム進出を果たしたとか。
高木:でも普通のドーム大会じゃなくて、高木三四郎vs.鈴木みのるの1試合のみ。ドーム全域を使った路上プロレスで、しかも観客はゼロでしたけどね。
──ちょっと言ってる意味がわからないんですけど……。
高木:東京ドームでやることは決めていたんですが、普通にやると警備だったり会場演出だったりで、何千万円もかかるんです。でも、東京ドームのサイトを見たら、ドームを借りて草野球ができるって書いてあって。使用料はいくらだと思います?
──うーん……、100万円くらいですか?
高木:平日の昼間で35万円。それなら……と思って交渉してみたら、ロケ扱いなら数百万円ですむことがわかりました。だから、結果として無観客試合、“ノーピープル路上プロレス”になったんです(笑)。
──それを実際にやってしまうところがすごいです。
高木:DDTだからこそ実現できた興行ですね。関節技をきめられてもベースにタッチしたら「セーフ」になってブレイクとか(笑)。これまでの20年間受け継がれてきた、エンタメ路線のストーリーがあってこその試合だったと思います。
──お話を聞いてDDTのプロレスを観たくなりました!
高木:やっぱり、自分のアイデアやプロデュースが当たって、お客さんが喜んでくれた時が最高に嬉しいですね。試合を見てくれたお客さんに「プロレスラーってすごいね」「プロレスってすごいんだね」と言って帰ってもらう。それが、一番の喜びであり、快感です。
高木三四郎(たかぎ・さんしろう)
1970年生まれ。身長175cm、体重105kg。経営とプレイヤーの両面からDDTを支えている社長レスラー。旗揚げ20周年を迎えた2017年に保有する株式の100%を株式会社サイバーエージェントに譲渡し、同社のグループ企業入りを決めると業界内外にビッグニュースとして拡散された。経営者としてシビアな一面を見せる一方、路上プロレスではハチャメチャなプロレスを展開している。
公式HP:DDTプロレスリング公式サイト
Twitter:@t346fire
<取材・文/飯野実成 撮影/泉澤徹>