キズナアイやラノベ表紙を「女性差別」と言う人にモヤモヤします

NHKのノーベル賞解説サイトに起用されているバーチャルYouTuber「キズナアイ」が物議を醸しています。「性的消費だ」と考える人もいるなか、牧村さんのもとには、「どこまでが健全なものでどこからが性的消費にあたってしまうかが分からなくて最近モヤモヤしています」というお悩みが届きました。牧村さんはどう考えているのでしょうか?

言い争う人、お互いに「傷つけられた!」って思いがちなんですよね。

ですが言い争いが生じるほど意見が違うということは、実は、違う意見を吸収するチャンスにもできることです。

それは対面での人間関係はもちろん、画面越しのSNSでの人間関係でも同じことです。単なる言い争いでSNS疲れして終わらず、SNSを有用なツールにして社会的議論を深めるために。最近のSNSの話題から考えましょう。今日ご紹介するのは、「SNSで性的だとか女性差別だと言われていることについて、自分はそう思えないしモヤモヤする」とおっしゃる方からのご投稿です。

最近Twitterなどでライトノベルの表紙やバーチャルユーチューバーのキャラクターデザインが「性的」過ぎて「性的消費だ」「女性差別だ」と言っている方を見かけます。私は女ですが、そうは思えなかったですし、少女漫画、BL本などもライトノベルの様に誰にでも見える様に陳列されていますし、二次元キャラだけでなく現実のアイドルだって男女問わず消費の対象であると思います。どこまでが健全な物で何処からが異性の性的消費に当たってしまうのでしょうか?そこが分からなくて最近モヤモヤしています。長文失礼しました。
(全文そのまま掲載しました)


ご投稿ありがとうございます。整理された文章ですね……。「ライトノベルの表紙」「バーチャルユーチューバーのデザイン」と、固有名詞ではなく一般名詞で表現し、SNSでその話題を見ていない人にもわかりやすく書いてくださっている。ありがとうございます。

おそらく具体的にはそれぞれ、この話ですよね?

▼ライトノベルの表紙は性差別? ネットで議論が過熱「子供の眼前に公然と並べる抑圧はほとんど暴力」(ロケットニュース24/中澤星児氏)
https://rocketnews24.com/2018/09/18/1117153/

▼NHK「キズナアイ」騒動、バーチャルユーチューバーや萌え絵柄は番組のパーソナリティとして適切か(Yahoo!ニュース個人/山本一郎氏)
https://news.yahoo.co.jp/byline/yamamotoichiro/20...

ライトノベルの話もキズナアイの話も、ご投稿者の方が目にされたような「エッチだからけしからん」というだけの話では、実は、ないんですよね。わたしがざっくりここで箇条書きにしただけでも、「女性ばっかりエッチな感じを強調されて消費される」って話、つまり、性的消費/女性差別の話だけではなくて、例えば次のようなポイントをも含んでいます。ちょっとしっかり目に解説するので、さらっと読みたい人は●のついた一行だけ読んであとは飛ばしていってくだされば大丈夫です。


ライトノベル表紙の話

  • ゾーニングの必要性について
    (子どもも含めいろんな人が入店する書店という場所で、やたら巨乳に描かれたキャラが半乳放り出した衣装で上目遣いしてる表紙のものをデデンと置いとくのはどうなのか。BLや少女漫画も含め表紙に性的描写があるものは、「性的表現を潰せ」ではなくて「置き場所・置き方を考えよう」というゾーニングについての議論が必要なのではないか)

  • ラノベを中身でなくエロい表紙で売るマーケティングの是非について
    (ライトノベルの有名作品、例えば「ロードス島戦記」「スレイヤーズ」「ソードアート・オンライン」「とあるシリーズ」あたりの表紙を見てみると、女の子が単体でババーンとおっぱい放り出してる表紙は見られない。唯一スレイヤーズのナーガさまがおっぱいババーンだけど、彼女は単体ではなく呆れるリナとセットで描かれ、高笑いしてドヤ顔で、きちんと作品世界でキャラクターを立ててある。アスナもディードリットも涼宮ハルヒも別に表紙で谷間を見せずに売れたんだから、ライトノベルなら女キャラの谷間でなく著者の筆力・絵師の画力・出版社の営業力で勝負した方がハイクオリティな作品が生まれるのでは、事実そういう作品の方が数字を出しているんだし(参考:ラノベニュースオンライン)という、売り方と作品作りについての議論)

キズナアイの話

  • 男が話す役、女が聞く役を演じさせられがちという性役割について
    (男性司会者に女子アナが寄り添うテレビ番組、男性がしゃべり女性が酒を注ぐ飲み会、男性学者ばかり三人が解説し女性型のキャラクターが聞き役をするNHKノーベル賞特設ページと、我々は「男がしゃべり女が聞く」という構図にあまりにも慣らされすぎていやしないだろうか。今回NHKノーベル賞特設ページでキズナアイの“先生役”を務めた人物は全員が男性だったが、“先生役”を派遣した科学技術振興機構の研究員男女比をみると32.2%が女性であることがわかる(内閣府調べ)。なのになぜ“先生役”が100%男性だったのか。優秀な女性がいなかっただけでは、と言い返すのならば、例えば科学技術振興機構の育児休暇取得率が男性19.2%に対し女性91.7%であるという数字をどう見るか。大学生・大学院生の男女比を見ると薬学・看護学は50%強が女性なのに理工学だと30%以下になるというこの統計をどう見るか(内閣府調べ)。こうした統計を「女性は育児向きで理系が苦手」と読む人もいる中で、例えば育児休暇を取りたい男性、理系が得意な女性が、「男なのに」「女なのに」と、個人の特性ではなく性別で判断されてしまうという構造がないだろうか。)

  • YouTubeチャンネル登録者と公共放送NHK、それぞれに求められる表現について
    (キズナアイは確かに可愛いんだけど、「可愛い女の子に見えるAIがニーソにミニスカノースリーブで男性の話を聞いてすごいですねーって言ってる姿」は果たして公共放送にふさわしい公共性を保っているのか。例えば内閣府「男女共同参画の視点からの公的広報の手引」に照らし合わせると、(4)以外の全部に抵触していないだろうか。キズナアイのファン向けであるキズナアイ公式チャンネルと、老若男女皆様の受信料で成り立っております公共放送NHKとで求められる表象は違うのではないか。という話。
    キズナアイを“女性”でなく“技術力”の象徴だというならば、技術力を結集して作りあげられた、しかも公式設定で性別がないということになっているバーチャルユーチューバーが、この社会構造の中で成功を収めるために、なぜロボ型とか動物型とかコンピューターおばあちゃん型とかじゃなくて、ニーソにミニスカノースリーブでリボンを揺らす16歳の女の子型で作られたのかという話にも通じる)

ね。キズナアイもラノベ表紙も、「エッチなのは女性差別だ」ってだけの話では全然ないんですよ。

またキズナアイちゃんも、NHK公式サイトの書き起こしをよく見ると、従来女性に求められてきた性役割を、無性別なAIとして超えて行こうとしているのがよくわかります。

可愛く「え〜わかんな〜い♡」っていうんじゃなくて、「聞いたことありますよ。なんたって私、スーパーAIですから〜」って答えてみたりとか。

「これって何だかわかりますか?」って部品を見せられて「CPU」って正答したりとか、「ノーベル平和賞を取りたいです」って大きな夢を語ってみたりとか。

キズナアイ本人ですらそう振る舞っているのに、キズナアイが女性型として描かれ、女性の性役割を期待され、社会構造の話ではなく「エッチな女はけしからんって女が女を叩いてる」みたいな話に矮小化される。ちゃうやろ、と思うんです。こんなん、せっかく生まれたスーパーAIバーチャルユーチューバーの可能性を人間が潰してしまうことやん、って思うんですよ。

じゃあ、せっかくの技術を、SNSを、スーパーAIというアイコンを、潰しあいではなく有用な社会的議論につなげるために人間はどうすればいいか。わたくしという人間は次の2か条を心がけております。

(1)人をカテゴリだけで見ない!!個人単位で見る!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

重要すぎてビックリマークが46個ついたわ。これです。マジでこれ。

「女は〜」 「オタクは〜」 「若者は〜」 「フェミは〜」

こういう見方をした時点でそういう風にざっくりとしか捉えられなくなる。自分が損します。カテゴリ単位で、大きな主語で物を見るというのも、物の見方の一つではあるんですけど、これだけでわかった気にならないこと。相手の名前を呼び、自分の名前を名乗り、あなたとわたしの間で話すこと、その人個人をより理解しようと努めることです。

これは、
・自分が偏見を持ってしまうこと
・ざっくりとした物の見方で満足してしまうこと
・何より、ざっくりした物の見方で特定集団を攻撃させることで人をコントロールしようとする権力に屈することを防ぐための……言い換えれば、自分が自分であるための、方策です。

(2)攻撃している人が何に傷ついているのかを考える

クマが人を襲うのは森を追われたからです。蜂が人を襲うのは巣を壊されるからです。生き物が生き物を攻撃するのにはだいたい2つの理由があって、一つは食べるため、もう一つは、群れや自分を守るためです。

ヒトはヒトを(基本的には)食べないので、ヒトがヒトを攻撃するときはだいたい「守るため」です。「自分はこいつより強い存在だ」ということを確認するための攻撃も、要するに「自分を守るため」でしょう。

わたしも攻撃されたと感じると反撃したくなります、「自分を守るため」に。で、実際、反撃もしちゃうことあるんですけど、その前に一回、考えるんです。

「この人は何に傷ついて、何を守りたくて攻撃しているんだろう」って。

ラノベ表紙の件で問題提起した方は、SNSで見た限りでは、娘さんを大切にしているお父さんです。キズナアイの件で怒っている人のツイートを読むと、「自分の大好きなオタクカルチャーをフェミニストが潰している」って構図で物事を捉えているらしい人が複数見られます。

わたしもまた、「キズナアイが性的?うそやん」と思っていました。「谷間見えてへんやん」と。でも振り上げかけた拳を下ろす前に、考えたんですよね。「わたしもかつては、キズナアイちゃん程度の露出度の服で出歩いただけで、知らない人に気持ち悪いことを言われたり盗撮されたりする、ローアングルやめてくださいって画像消させたら2ちゃんねるで調子乗ってるって叩かれた少女だったんだ」ってことを。「キズナアイちゃんの服装を性的だと言われてしまうと、あの頃のわたしが好きでしていた格好まで性的だと言われてしまうようで気持ち悪いし悲しいからやだったんだ」「キズナアイちゃんを可愛いと思う自分のことまで気持ち悪いと思えてきてしまって苦しいからやだったんだ」ということを。

モヤモヤは、他者を殴ることでは消えません。モヤモヤの元は自分の中にこそあるからです。殴る前に、考える。殴られたと感じたなら、考える。キズナアイちゃんの中の人のプロフィールから内閣府の統計まで、あらゆる情報を検索できるマシンがせっかく目の前にあるのです。

なのに「フェミ対オタク」とか「愛国右翼対反日左翼」みたいな二項対立で煽るネット記事を見ると、「技術は進歩したから人間が進歩したい……」という気持ちになります。フェミニストなオタクだって、愛国左翼だって反日右翼だっています。人間は複雑で、面白い。それを知るために、カテゴリで見ないこと、その攻撃は何に傷ついてのことなのかを考えること、心がけたいものです。


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コメント

500mile 「この論争、結局こういうところに落ち着くよなあ」と思った。レッテルを貼らない。相手の事を考える。 6分前 replyretweetfavorite

ayamst タイトルに「ん!??」となって読んだけど良い話だった。 / “22723” https://t.co/0POfeMNZ0Y 16分前 replyretweetfavorite

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