「香典一律3000円」に見る樹木希林さんの死生観

「死の共有」は次代に向けた最高の教育材料になる

2018年10月9日(火)

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大切なのは、死者に対する敬意や弔いたいとする気持ちだ

 先月15日に亡くなった樹木希林さん(享年75)に関して、雑誌の編集者から取材があった。それはこんな趣旨だった。

 

 生前、樹木さんは香典の袋の中身を誰であっても、3000円に決めていたという。樹木さんからすれば、世間体を気にして、いちいち香典の中身に苦心するのはバカバカしい。だったら一律3000円にすればいいじゃないか、という意図らしい。編集者は、その金額についての妥当性を、私に尋ねてきたのだ。

 私はこのように答えた。そもそも香典に、決まった値段などない。「香典(奠)」という言葉は、本来は霊前にお香を手向けるかわりとして、金銭をお供えすることに由来する。したがって、お香の代金を基準にするならば、(香にもピンキリがあるが)、さほどは高額にはならないはずである。

 同時に、葬式における香典の意味は、相互扶助の意味合いが強い。葬式となれば、喪家が多額の出費を強いられる。そのため、地域や親族間で少しずつ負担し合うのだ。

 田舎の町内会では暗黙知によって香典は3000円とか、5000円とか決まっている。地縁型の葬式が執り行われている地域では「3000円」は、ごく普通の金額だろう。ちなみにお寺への布施金額も、地域による暗黙知によってだいたい決まっている。

 東京では香典は、「1万円」という金額が多いようだ。金額が高めなのは都会では地縁が崩壊し、「個」の付き合いになっているから。香典の金額が、その人自身の相場観に委ねられているのだ。すると、「世間体分」が上積みされ、高額になる傾向がある。世間体さえ気にしなければ、別に東京でも3000円で差し障りない。

 ここまで話しているうちに、私は妙に樹木さんの「一律3000円」の考え方は、実にまっとうだと思えるようになってきた。金額などはどうでもよく、死者に対する敬意や弔いたいとする気持ちがありさえすれば、それでいいのだから。

コメント4件コメント/レビュー

夫の行為はただのパフォーマンスに見えます(2018/10/09 09:18)

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「「香典一律3000円」に見る樹木希林さんの死生観」の著者

鵜飼 秀徳

鵜飼 秀徳(うかい・ひでのり)

ジャーナリスト、浄土宗僧侶

1974年、京都市生まれ。新聞記者、日経ビジネス記者、日経おとなのOFF副編集長などを歴任後、2018年に独立。「宗教と社会」をテーマに取材を続ける。正覚寺副住職、浄土宗総合研究所嘱託研究員、東京農業大学非常勤講師。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

夫の行為はただのパフォーマンスに見えます(2018/10/09 09:18)

死ぬときぐらいすきにさせてよ、と私も思います。死んで水と二酸化炭素になる。

ただ、きりんさんと違うのは、医療にかからずに死にたい。体に針を刺したり、穴をあけたりされるのはごめんです。そう考えると、私の死に方は、孤独死しかありません。人と暮らしていると、私が死にそうなときに医療につなげないと、その人は犯罪者になってしまいます。
 こんな話をしても、共感してくれるひとは、あまりいませんが、死ぬときぐらいすきにさせてよ、です。(2018/10/09 08:15)

幸か不幸か不死は人の究極の目標だと思うね。(2018/10/09 08:07)

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