「最近ブログ更新されてませんねー」
と、取引先に指摘されて、まあそういえばそうかもなと思った。
昔は毎日のように更新していたことを考えると明らかに減っている。
以前は怒りとか感動とかが多くて、それをいちいちどこかに吐き出して置かなければ気が済まない、という感じだったのだが、無理してEngadgetの記事を書くのをやめたら凄くストレスが減って、酒に頼らなくても眠れるようになり、やはり人は仕事を選んだほうがいいのだと思った。
本業の方は驚くほど順調であり、「やることなすこと全部うまく行っちゃうなあ」と思っていると、さすがに吾輩も会社経営15年。好事魔多しの予感くらいはある。しかし不思議なことに好事が続くときに魔を避けることはできない。できるとしたら、魔が来ることを予想して心構えをしておくことくらいである。つまり油断大敵。常在戦場。
社内の研究記録はslackやdocbaseで共有されているのだが、忙しいとそれを見る時間がとれない。久しぶりにチェックしてみると驚くほど進んでいてビックリした。
マスコミが未踏ごときの称号をキャッチーだからやたら使いたがる(し、もはや面倒なのであえて訂正しない)ため誤解されがちだが、うちの会社のプログラマーというのは原則として総じて僕よりプログラミングスキルが高い。
UEI取締役であり、20年来の盟友である布留川英一こと大先生は「これからは強化学習に力を入れるぞ」と言っただけで一冊本を書いていた。これにはさすがに舌を巻いた。
Unityではじめる機械学習・強化学習 Unity ML-Agents実践ゲームプログラミング
- 作者: 布留川英一,佐藤英一
- 出版社/メーカー: ボーンデジタル
- 発売日: 2018/08/03
- メディア: 単行本
- この商品を含むブログを見る
ところが今のところ深層強化学習をビジネス化しようとしているのは世界中見渡しても我々以外に「ほとんど」聞いたことがない。でもそれは変だ。
深層学習(ディープラーニング)という言葉が一般に浸透したのは、ILSVRC(画像認識コンテスト)の成果というよりも、DeepMind(Google傘下)が自動的にブロック崩しの解き方を学ぶ「Deep Q-Network」や、これまで不可能とされてきた囲碁の攻略AI「AlphaGo」を発表したからだ。一般の人々はみんな「高度な知的ゲームの攻略で人間が敗北した瞬間」に戦慄し、「知力において機械に勝てない時代の到来」を予感したのである。
Google DeepMind's Deep Q-learning playing Atari Breakout
にもかかわらず、世の中にはびこる大抵の「AIやってます」企業たちは、こうした人々の注目を集めた成果とはまるで関係のないもの(深層学習ですらないもの)にまで「AIです」というラベルをつけて売ろうとしている。要は「コレジャナイAI」が蔓延っているのだ。
そもそもGoogleにしろMicrosoftにしろ、深層強化学習を使うためのAPIすら提供していない。これは果たして「(一般大衆がAlphaGoから想像する)AIが使えますよー」と言えるのか。僕はどうにも欺瞞くさいと思う。
なぜなのかといえば、理由は2つある。一つは「深層強化学習の実用的な使いみちがわからない」というもので、もう一つは「深層強化学習はAPI化に向かない」というものである。
それに深層強化学習がまだまだ研究途上の技術であるという理由もある。
たとえば一見目を奪うDeepMindのDQNのデモには巧妙なトリックがある。
ブロック崩しのような即物的な状況には適応しやすいが、少しでも複雑な要素が入るとぜんぜん学習できない。
なぜならDQNは、ごく単純な4フレーム分のゲーム内画像の畳み込みと、1989年にワトキンスとダイアンらが提唱したQ学習(http://www.gatsby.ucl.ac.uk/~dayan/papers/wd92.html)を組み合わせただけだからだ。
だからブロック崩しくらい単純な問題には対応できても、レースゲームなどもう少し先を見通す必要があるものは苦手なのである。
それを言ってしまうとAlphaGoも、盤面の畳み込みと古典的なモンテカルロ木探索の組み合わせに過ぎない。
つまり新しいのは「畳込み(深層学習)」の部分だけで、肝心の強化学習アルゴリズムは既存のものをほとんどそのまま適用しただけということになる。
もちろんその後のDeepMindはA3CやNeural Turing Machine、Generative Query Networkといったものを作り出しているからその功績は計り知れない。
しかし同時に本当はなにがしたいのかわからなくなってきてしまった。もともとは深層強化学習の研究グループのように見えたのだが、あちこち色んな分野に手を出していて、深層学習を使っていれば研究テーマなんでもアリ、要は寄せ集め所帯という感じに見えなくもない。もっと重要なことは、この組織は実用的なソリューションをなにも造ってないということだ。もちろんそれが目的ではないのだろう。
基礎研究だけをやるならそれでもいい。
でも技術というのは実用化と結びついて初めてビジネスになる。
DeepMindは優れた研究機関かもしれないがビジネスをしているとは言えない。
Googleも深層学習をビジネスにしているとはまだ言えない。それはAppleもFacebookも Amazonもそうだ。
巨大さ故の弱点というのが必ずあり、それは必ず基礎研究を実用化するときに発生する。
先日Yahooの川邊さんが「大企業の倒し方」という講演をやっていたが、実にそのとおりだと思って感心した。
大企業は100億の新規事業予算があっても、100分野に分割してしまうため、それぞれの分野に割り当てられる人員も予算も1/100になってしまう。つまり1分野について1億円の予算しか割り当てられない(大企業と付き合っているとこれはわりとリアルな数字であるように感じられる)。
しかしベンチャー企業は一分野に集中して資金調達をすると、10億でも100億でも集めることができる。
それは大企業が用意できる予算の10倍から100倍であり、ここまで来ると大企業は独自開発するよりもベンチャーの技術をライセンスで買ったほうが遥かに安いという計算が成り立つ。
おそらく深層学習の実用化という段階では今はまだレースは始まったばかりだ。自動車を発明したのはカール・ベンツというドイツ人だが、実用化したのはヘンリー・フォードというアメリカ人だった。ヨーロッパの自動車は高価すぎて最初は一般に浸透しなかった。フォードが大量生産(マスプロダクション)という方法を考案することで自動車価格は一気に下がり、自動車による技術革新、モータリゼーションが始まった。
という歴史から考えると、今の深層学習に関する一連の技術はヨーロッパでガソリン式自動車が発明された時代に近いと言える。
技術開発は進み、さまざまな発明が起きているが、まだ誰もその実用的な使い方や作り方を理解していないという時代だ。今から深層学習のスチーブンソンやベンツになることはできないがフォードやトヨタになれるチャンスは大いに転がってる。
この時代の企業家で幸運だったと思う。
間違いなく人工知能は21世紀の人類にとって最も重要なテーマになると確信しているからだ。
■告知
ギリアで一緒に働く仲間を広く募集しています。
才能主義。高校中退でも大学院卒でも。プログラマー、研究アシスタント、プロジェクトマネージャ、等