次回から鈴木悟視点を開始します。
「どうやら森の中にはぐれた騎士がいたようです」
サトル様が何か呪文を唱えると空中に鏡のような物が現れる。その中には一体の天使と二人の騎士が映っている。それを見た瞬間体が震える。忘れるはずが無い。あれは間違いなく先ほど私たちを襲った騎士だ。ネムも不安そうに服の端を握ってくる。私の手も震えていたが、安心させるように上に重ねる。
騎士は天使の姿を見て驚いた様子で、矢継ぎ早に言葉をかけている。天使も何か言葉を返しているように見えるが何を話しているかまではわからない。
そして騎士達は一度顔を見合わせると、剣を抜き天使に切りかかる。
「ああ!」
天使は槍どころか盾すら構えない。柔らかな翼に剣が振り下ろされて切り裂かれる
―――と思ったのだが、剣はまるで見えない壁に当たったかのように弾き返される。しばし呆然としていたが、騎士達は引き寄せられるかのようにまた剣を振るう。しかし何度振るっても一度も天使の翼を切り裂く事はできない。そもそも翼どころか羽一枚傷ついていないように見える。
「もういいかな」
サトル様がそう呟いた瞬間突然騎士達の体が炎に包まれる。突然起こった事態に騎士達は一瞬呆然としていたが、慌てて炎を消そうとする。踊り狂うかのように悶え、必死に地面に体をこすりつけるが炎が消える様子はない。次第に動きが鈍っていき、やがて完全に動きが止まる。炎が消えるとそこには人間大の黒い灰が二つ転がっているだけであった。
その様子を見て最初に浮かんだのは驚き、そして暗い喜びが湧き上がってくる。村を襲いみんなを殺した騎士があっけなく炎に巻かれて死んでいく姿は静かに心を高揚させる。そんな中六体の天使達が戻ってきて跪く。
「サトル様。あれの他は森に危険はございません」
サトル様は小さく頷くと天使の持つ槍に視線を向ける。
「ありがとうございます。えっと・・・槍の炎って消せます・・か?
「ご命令とあらば」
「じゃあお願いします。あ、あと村では村人の救出を優先してください。騎士達は・・・その・・あまりやりすぎないように」
「御心のままに」
最初炎を消させる理由がわからなかったが、続く言葉を聞いてその真意が理解できた。サトル様は命だけでなく村の未来をも考えてくれているのだ。村の建造物はほとんどが木造なので当然火に弱い。もし家や食糧庫が失われれば今は助かっても冬を越すことができなくなるだろう。
「では村に行きましょうか」
「は、はい」
◆
天使達の内三体は村に着くなり翼を翻して飛び回り次々と騎士達を打倒していく。私達は残りの三体に守られながら家々を回り生存者がいないか探す。残念ながらほとんどの村人は死んでおり、奇跡的に息が残っていた者もほぼ虫の息であった。
しかしサトル様が神の血を与えるとたちまち意識を取り戻す。傷口は元からそんなもの無かったかのように塞がり、腕や足を切り落とされていた者もたちまち新しい手足が生えてくる。
起き上がった村人達は不思議そうに自分の体を見た後、サトル様の姿を見て身を震わせる。しかしその背後に付き従う天使の姿を見てすぐに安堵の表情を浮かべる。
救出した村人を引き連れて村の中央にある広場に行くと、そこには多くの村人がおびえた様子で集まっていた。彼らもまたサトル様の姿を見て恐怖の表情を浮かべるが、背後の天使達、そして殺されたはずの隣人がこちらに手を振る姿を見てその表情が驚愕に変わり――そして一斉に歓声の声をあげた。
◆
「あの、亡くなった方を広場に集めてもらえますか」
サトル様が天使達にそんな指示を下す。死者を弔うためだろうか?どちらにせよ葬式の準備をしなければならないので反対の声は無い。
十分ほどですべての遺体が広場に集められる。騎士達の死体も少し離れた場所に集められており、生き残った騎士も縛られて近くに転がされている。ひどい扱いかもしれないが村を襲った連中に対して優しくする気にはならない。
死んだ村人の中にはエンリの両親も含まれていた。エンリとネムを庇うために騎士に正面から立ち向かったのだ。覚悟はしていたものの実際に目の当たりにすると深い悲しみに覆われ、冷たくなった体に縋りついて泣き崩れる。
そうして皆が最後の別れを告げていると、サトル様が騎士達の方へ歩いていく。その手には30センチほどの一本の杖が握られている。神聖な雰囲気を持つそれを騎士の死体に近づけると急に死体が光り輝く――と同時にまるで焼け尽きたかのように真っ白な灰と化す。そんな様子をしばらく眺めたあと、次々と他の死体にも同様の事を行っていく。死体が同様に真っ白な灰になっていく中、十人目の死体が光り輝き――違う変化が訪れる。コフッと言う音がしたかと思えば、死体であったはずのそれが起き上がったのだ。
その瞬間エンリは目の前でなにが行われてるのかを理解した。
これは
最終的に数人の騎士が蘇生すると、サトル様がこちらを振り向く。次は村人の選別が始まるのだろう。せめて安らかな眠りが与えられるように祈っていると、サトル様の視線が手の中の杖に――いや、正確にはその先、指にはめられた指輪に向けられる。
そしてサトル様が手を上に掲げて叫ぶ。
「
同時にサトル様の体を中心に、十メートルにもなろうかという巨大なドーム状の魔法陣が展開される。天使達を呼び出した時と同じだ。それを初めて見る者も、一度みているエンリとネムもその幻想的な光景に目を奪われる。
魔法陣が弾け、無数の光の粒となって天空に舞い上がる。そして一気に爆発するかのように天空に広がる。
そして奇跡が起こった。
「エ・・ン・・・リ?」
聞き覚えのある、しかしもう聞くことができないと思っていた声が聞こえた気がした。幻聴だろうか?
「ネムも・・どうして?」
幻聴なんかではない、恐る恐る下を向くと目が合う。――そこにはもう二度と開かれないはずの目を見開いた両親の姿があった。
「お父さん!お母さん!!」
ネムが真っ先に母の胸に飛び込む。母は少し驚いた様子だったが、すぐにネムを抱きしめる。
「よかった・・よかったよ」
辺りを見渡せば皆が涙を流しながら再開を喜んでいる。みんな泣き崩れているがその顔はにははち切れんばかりの笑顔を浮かべている。
この奇跡を起こしたサトル様を見るとサトル様はうんうんと頷きながらこちらを見ている。ようやくエンリが状況を飲み込む。――ああ、そうか、サトル様・・・あなた様は・・・。
そう、サトル様は全ての村人に生きて良いと。死ぬ必要はないとおっしゃってくださったのだ。
(サトル様・・ああ、このお方のために私達は何ができるのだろうか・・・)
カルネ村は小さな村だ。何も返せる物などない。――いや、本当の意味で神に相応しい贈り物などどんな大国にもできないだろう。無力感を感じる中、エンリの頭に道中サトル様とした会話が浮かび上がる。
『アインズ・ウール・ゴウンは昔はとても有名だったんですけど。・・・まあしかたないことですね。忘れ去られるのは寂しいですが』
その瞬間、エンリは自分達は何をすべきなのかを理解した。
(そうだ、サトル様を、サトル様の仲間たちの偉大さを語り継ごう。世界中に、永久にその名が知れ渡るように)
それがどれだけ困難であり、途方もない時間がかかるのかは分からない。しかしこのお方の名を歴史に埋もれさせたくない――否――埋もれさせてはならない。
この日、世界に新たな宗教が誕生した。
アインズ・ウール・ゴウン教 爆誕