ざっつなオーバーロードIF展開 作:sognathus
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「それで、話というのは?」
謁見の間、玉座に座るアインズに幸運にも謁見を許されたフォーサイトのメンバーの一人であるアルシェが片膝を付いた姿勢のまま話し始めた。
「はい。妹……私の妹達の様子を見に行かせて頂けないでしょうか?」
家族の様子を見に行きたいというアルシェの姿は以前より明らかに痩けていた。
元々細くて少女らしさのあった外見ではあったが、それが『スレンダー』という意味において仲間であるイミーナにかなり近くなり、顔色も体調に問題は無いにも関わらず若干青かった。
これはナザリックに忠誠を誓う事になった上で受けさせられた『洗礼』が影響していたのは明らかだった。
「お前達は私からの指示がない時は基本的に今まで通りの活動を許可していたと思うが?」
「っ……申し訳ございません。無意識にアインズ様の許可を頂く必要があると考えてしまいまして」
「ふむ?」
眼の前で小さく震えるアルシェを見ながらアインズは顎に手をやって見えない疑問符を浮かべていた。
(洗礼の恐怖の影響で必要以上に俺に気を遣うようになってしまったかな? だとしたら同情はするけど、裏切り行為を考えさせない為には必要な処置だから仕方ないか。でも家族の様子を、か……)
「アルシェ」
「は、はい!」
恐縮しきって緊張で震えた声をあげるアルシェを鷹揚な態度で手で制しながらアインズは言った。
「そう畏まらずとも良い。で、一つ訊きたいのだが」
「な、なんでしょう……?」
「家には両親はいないのか?」
「……います」
「ん? ふむ……その、両親に何か問題があるという事か?」
何となく察したさり気ないアインズの一言だったが、その一言でアルシェは何かのスイッチが入ったようで、先程とは比べると幾分自然体に近い感じで抑揚のない声で喋り始めた。
「はい。私の両親は馬鹿です」
「は?」
「貴族の身分を剥奪されてもその現実を素直に受け入れられず、ただ私の収入のみを糧に浪費し、それが貴族の嗜みだと、それが身分を剥奪した皇帝に対する反骨心の表れだと現実逃避をし続ける愚か者です」
「な、なるほど?」
「そんな愚かな両親だから私の収入がないと妹に何もすることができない無能なんです」
「なるほどなぁ……」
話の途中からアインズはアルシェに明確に同情するようになっていた。
『こいつ、苦労していたんだな』と。
だからこそアインズは何の悪意もなくこんな悪魔じみた提案をあくまで心からの『善意』としてアルシェにした。
「アルシェ、一つ私から提案があるのだが」
「え? は、はい」
「その愚か者の両親を私に差し出せ」
「えっ」
「何に『使う』かは聞かないほうが良いと思うし、聞いたところでまぁそれほど嫌っている両親だ。『何が』あったとしても気にはならないだろう?」
「え、えっと……」
「もし私の提案を受け入れるのなら……」
予想外の展開に呆然とするアルシェを他所に、アインズは空間から一掴みの布袋を取り出し、それをアルシェに差し出した。
「こ、これは……?」
「まぁ中身を見てみるといい」
恐る恐るアインズからその袋を受け取った瞬間に感じた袋の重さから何となく中身を察したアルシェであったが、実際にその中身を見て結局驚くことになった。
何故なら袋の中には見たこともないくらい眩い金貨がぎっしりと詰まっていたからだ。
アルシェは震える指でその内の一枚を摘んで取り出し、それをしげしげと見つめる。
「あ……」
アインズが見せた金貨はそれは素晴らしい出来であり、アルシェが今まで見てきたどの貨幣よりも恐ろしいくらいに均整の取れた綺麗な円形をしており、縁の僅かな厚みにはギザギザの模様まで付けられていた。
そしてその金貨はやはりメインとなる紋章も素晴らしく美しい刻印がされていた。
そう、されていたのだが、その紋章を見てアルシェは首を傾げた。
(これ、何処の国の金貨だろう? 見たことがない)
アルシェの疑問を感じ取ったのか、彼女が疑問を口にする前にアインズが言った。
「それは何れ私が興す国で使用するつもりの金貨だ」
「あ……な、なるほど。そうでございましたか」
「うむ。以前この辺り一帯を調査した時に手付かずの金山も幾つか発見していてな。そこで採取した金で作ったものだ」
「……」
「勿論まだ存在しない国の貨幣なのでそのまま使うことはできない。が、出来には納得しているだろう? 全て金のみで作ってあるから純度は文句のつけようがない。鋳潰せば十分に他国でも通用するだろう」
「そんな鋳潰すなんて……!」
はっきり言って金貨の出来だけでもこの世界では芸術品と言っても良い出来だとアルシェは思っていた。
そしてそんな素晴らしいできの金貨を、他国の通貨だから使うなら鋳潰すしか無いとあっさり断じたアインズの底知れない余裕に恐怖すら感じた。
そんなアルシェにアインズはやはり軽い調子で笑いながら話を続けた。
「気にすることはない。はっきり言ってこんなものいくらでも作れる」
「……」
「で、どうする? 提案を飲むか? 別に飲まなくても様子を見に行くくらい許すぞ」
「……」
周りの自分を見る視線にアルシェは凄まじい殺気を感じた。
それがアインズの配下から放たれているものだとアルシェは直ぐに察する事ができた。
そしてその殺気が主人の提案を彼女が無礼にも拒否するのを安じた事から来ているのは自明の理であった。
「一応……」
「ん?」
アルシェは小さな声ではあったがポツリポツリと言葉を紡ぎ始めた。
「一応、あんな両親でも私達をある程度育ててくれた恩は……感じてます……」
「うむ」
「で、でも……」
「ゆっくりでいいぞ」
アインズの気遣いに言葉では表しよう無い複雑な気持ちで気が狂いそうになりながらアルシェは何とか謝意として浅く頭を垂れると気丈にも話を続けた。
「でもやはり、愛想が尽きているという事実は変わりません。だから……」
「ああ」
「だから、せめて苦しまずに死なせた上で、その遺体をゴウン様のお役に立てるという事で……せ、せめて……どうでしょうか……?」
果たしてその瞳から出ていた涙にはどういう意味が込められていたのか。
泣き笑いという言葉通りに半泣きに引きつった笑顔という何とも言えない悲壮な表情でそう妥協を提案するアルシェに、アインズは僅かに悩んだ末、小さく頷くと口を開いた。
「良いだろう。その案で構わない」
(ま、死体でも実験できる事はあるしそれ以外に利用法もあるしな)
軽い言葉の裏でやはり軽い調子でそんな非情な事を考えているアインズに対して、アルシェは全ての力を使い果たしたとばかりに精根果てた様子で感謝の言葉を震える声でアインズに伝えたのだった。
アルシェはこれで幸せに……うん、過去を振り返らなければ大丈夫だと思います。
でも純粋な瞳で自分を見てくる妹達にはどんな顔をするのかと想像すると、やはりちょっと気の毒とも思います。