2018年、世界は大変革前夜の「ゾーン」に入っている──水口哲也(審査員インタヴュー) #CHA2018
応募締め切りが10月8日(月・祝)に迫る「CREATIVE HACK AWARD」。審査員を務める水口哲也は「アイデアを検証する技術がいま目の前にある必要はない」と言う。2018年を大変革前夜と予言する彼が、今年のCREATIVE HACK AWARDの応募者に求めるものとは?
INTERVIEW BY MICHIAKI MATSUSHIMA AND TOMONARI COTANI
TEXT BY ASUKA KAWANABE
2018年は「沈み込み」の時期
──CREATIVE HACK AWARDは2018年で6年目を迎えるわけですが、テクノロジーやクリエイティヴという側面から見て、水口さんは2018年という時代をどう捉えていますか?
いろいろな意味で「大変革」前の沈み込みの時期であるような印象を受けます。景気が悪くなっているという話ではありません。イノヴェイションやテクノロジーのトレンドが、ジャンプ前の沈み込みをしているということです。
いまは5G前夜であり、xR技術(VR、AR、MR)もちょっとした沈み込みを見せています。一気に盛り上がった人工知能(AI)の話題も、この1年は少し静かになっている気がしますよね。自動運転技術も技術自体は多く出ていますが、それに合わせてすぐに時代が動いているわけではありません。こういう「わっと出たけど、なかなか動かないね」という停滞が重なっている気がするんです。
──技術の出現から実装までの中間期ということですね。
はい。ヴィジョンが提示され、テクノロジーも登場したけれど、まだ世の中は動いていない。ただそれは停止状態なのではなく、準備期間なのだと思います。
この先に大きな変革が起きる予感がするんです。2020年にオリンピック/パラリンピックを開催する日本も、今後大きな変革が目白押しになるでしょう。もうすぐ「急に未来がやってくる」という状況がやってくると思います。
──その大変革が2019年に来る、と?
2019年から20年にかけて、どんどん顕在化してくると考えています。特にオリンピック/パラリンピックのある東京はそうでしょう。
これからやってくる変化は、質的な変化を起こすものであると思うんです。ぼくらが考えている時間の概念や空間の考え方、速度といったさまざまなものが質的な変化を起こします。そのためのインフラや基幹技術を、いま多くの人が準備しているのでしょう。
「体験」もフィジカルでタンジブルなものだけではなくなります。どんどんデジタル化され、シェアされるようになっていく。そういう選択肢があるなかで、みんな時間やコストをより効率的に使えるようになっていくでしょう。より効率的でスムーズなライフスタイルのはじまりです。
五感論の魔法が解けるとき
──「体験のデジタル化」というのは、われわれの生活に具体的にどのような変化をもたらすのでしょう?
いままでは「聴覚だけ」「視覚だけ」という単感覚の情報のやりとりをしていました。過去2,000年くらい、ぼくらはアリストテレスの五感論に魔法をかけられていたんですね。五感論によって感覚を分類できるようになりましたが、一方これによって感覚が分断されてしまったという不幸もあります。
これからは、それが統合されようとしているのだと思います。xR技術と5Gがつながることによって、遠隔でもリアルタイムにその場にいるような体験ができる世の中がやってくるのだとすれば、情報のシェアではなく体験のシェアが起こります。
「主観」と「客観」が「体験」に置き換わった言葉を、ぼくらはまだもっていません。しかし、他者の体験を自分のなかにインストールすることによって相手の気持ちになれるという技術が、今後出てくると思うんです。
──2,000年続いた五感論の魔法が解けたとき、クリエイターの役割はどのようなものになるのでしょう?
映画監督のアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥは、メキシコから米国に渡る移民たちの国境越えを体験できるVR作品「Carne y Arena」をつくっていますよね。「自分がもしメキシコ人で国境越えをしようとしたら何が起こるのか」という体験を、彼はアート作品として体験させています。
強烈な体験を通して、人は初めて状況を痛いほどよく理解する。そこまでいかないと、人間は自分ごとにできないんですよね。そういう力を、体験はもっている。映像作家のイニャリトゥですら、映像だけではアート作品をつくれなかったのかもしれません。
体験には大きな力がありますが、それは危険なものにもなりえます。それをよいインパクトに変えていくのが、アーティストやクリエイターの仕事なのでしょう。
アートとクリエイティヴとイノヴェイションの違い
──ちなみに、アートとクリエイティヴの線引きはありますか?
クリエイティヴのなかに、アートとエンターテインメントが入っています。ただしアートとエンターテインメントは、同じような技術を使って同じような表現をしたときでも、アウトプットのヴェクトルが真逆の方向を向いているんです。
アートは人を震わせるように感動させるもの、エンターテインメントは人を笑わせたり泣かせたりと強い感情に引っ張っていくものです。立ち位置は同じですが、コンテクストが違うような気がします。どちらもともに、クリエイティヴなわけですが。
──では、イノヴェイションとクリエイションの違いとは?
イノヴェイションは「現状あるものをどう変革するか」という意味があり、それによって現状をよくしていく印象があります。一方クリエイションは、「無から有を生む」という発想です。
ブロックチェーンそのものをつくるのは、クリエイションですよね。最初に聞いたときはクレイジーなアイデアだったし、どうやってつくるんだとも思うかもしれませんが、結局時間をかけて世の中に顕在化してきました。そういう爆発的で衝動的なものがクリエイションなのだろうと思います。
実現性はすぐに検証しなくてもいい
──「ハック」という言葉の意味は、この数年で変化してきたと感じられますか?
2013年にCREATIVE HACK AWARDが始まったころの「ハック」という言葉には、どこか無理矢理感を感じたんです。「力で現状をぶった切る」というような。しかしこの5年で、それがもっとクリエイティヴでカジュアルなものに変わってきた気がします。
「インフラやシステムをハックすることで、世の中を変えていく」というのがハックの精神だと思うんです。でも、そのインフラ的なものが有機的にさまざまなものとつながり始めている気がします。身体の一部のある機能だったものが、神経などでつながりながら全体的なシステムをつくっていっているような。こういう対象の変化によって、自然と「ハック」のコンセプトも変化している印象があります。
ブロックチェーンという考え方も、以前であればピンとこなかったけれど、だんだん概念として理解され始めている。これは、ぼくら自身が変容しているからでしょう。それが世の中に登場したときに、新しいハックの概念も生まれるはずです。
──「沈み込み期」におけるCREATIVE HACK AWARDに、何を期待されますか?
CREATIVE HACK AWARDにとって、今年は第二幕の始まりだと思います。CREATIVE HACK AWARDは、「何かを劇的に変えうる視点」を募る場です。実現はまだまだ先かもしれないけれど、発想や考え方がいままでと大きく違うものを探すためのアワードなんです。
「こういうテクノロジーが今後やってくるのであれば、既存のものとの結合や組み合わせによって世の中をこんなに大きく変えうるのではないか」といったイメージができていれば、それを検証する技術が必ずしもいま目の前にある必要はありません。そういう意味で、いちばんぶっとんだ、インパクトのあるアイデアを考えられるのが、このアワードのいいところなのではないかと思います。
──クリエイティヴやハックには、何かを予言して先に体験する「リハーサルの提示」という役割もありますよね。そういう意味では、技術要素がある程度出揃ったいまだからこそ、そのジャンプ先を予言しやすいタイミングなのかもしれません。
そうですね。予言は、これから起こる時代をどっちに牽引するかを決める力にもなりえますね。いまはそのヴィジョンを誰でも描ける段階です。世の中に提示されていないヴィジョンがたくさんあるので。
──最後に、応募者に向けてメッセージをお願いします!
いまは、新しいものが始まる前夜のゾーン状態であるように感じます。何か新しくて面白いアイデアが出やすいタイミングなんです。そんなときにCREATIVE HACK AWARDのためにいろいろなことを考えるというのは、とても重要なんです。
大変革前夜のCREATIVE HACK AWARDなので、ぜひラストスパートをかけてほしいと思います。
水口哲也|TETSUYA MIZUGUCHI
エンハンス代表。2001年、映像と音楽、そして振動を融合させたゲーム「Rez」を発表。その後、音と光のパズル「ルミネス」(2004)、キネクトを用い指揮者のように操作しながら共感覚体験を可能にした「Child of Eden」(2010)、RezのVR拡張版である「Rez Infinite」(2016)、Tetrisの共感覚+VR拡張版「Tetris Effect」(2018)など。2002年文化庁メディア芸術祭特別賞、2006年米国プロデューサー協会(PGA)より「Digital 50」(世界のデジタル・イノヴェイター50人)の1人に選出。2017年米国The Game Award最優秀VR賞受賞(RezInfinite)。文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門審査主査、日本賞審査員、芸術選奨選考審査員、VRコンソーシアム理事などを歴任。慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科(Keio Media Design)特任教授。エッジ・オブ共同創業者兼取締役CCO。
エンハンスWeb: enhance-experience.com
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