骸骨魔王のちょこっとした蹂躙   作:コトリュウ
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第20話 「侵略魔王」

 

 コツコツと規則的な足音を響かせて、一人の悪魔が久しぶりのナザリック地下大墳墓を満喫する。

 深く呼吸し、磨かれた通路の壁面や飾られている調度品を眺める。

 掃除に勤しんでいる一般メイドへ軽く挨拶を行い、ここ最近の変化について雑談を交わす。

 無論、重要な情報については共有システムが構築されているので、取りこぼしなどあるはずがない。だが、真に聞きたいのは情報共有されていないモモンガ様の近況だ。

 どこで過ごされたのか、どこへ赴かれたのか、誰と言葉を交わしたのか、どんな話をされたのか。

 近くに侍ることを許されず、遠い法国で牧場を運営していた――短いながらも長く感じる悲哀の期間。活躍できる場であるとしても、やはり主の近況は気になるものだ。

 

「ありがとう、仕事の邪魔をしてすまなかったね」

 

 幾人かの一般メイドと言葉を交わした後、デミウルゴスは時間を確認し、報告書を片手に第九階層のある場所へと向かった。

 目指すは主の執務室。

 唯一無二の至高なる絶対支配者、骸骨大魔王モモンガ様の足元へひれ伏すために。

 

「デミウルゴスです。スレイン牧場での研究結果をお持ちいたしました」

 

 身を振るわせかねないほどの幸福感を抑えつつ、デミウルゴスは部屋付きの一般メイドが開け放つ扉を潜ると、真っ先に御主人様の姿を探す。

 

「おお、久しぶり……でもないか? 元気そうだな、デミウルゴス」

 

「はっ、モモンガ様もお元気そうでなによりです」

 

 大魔王は奥の執務椅子ではなく、部屋中央のソファーに座っていた。目の前のテーブルには魔法の鏡が浮いており、どこかの遠隔地を覗いているのだと解る。

 

遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)ですか? どこか気になる場所でも御座いましたか? 私に御命じ頂ければ即座に調査してまいりますが……」

 

「いやいや、見ていたのは第六階層に住まわせている“レア”たちだ。タレント持ちを中心に集めてはみたものの、たいしたことのない奴も多くてな」

 

 鏡に映る“レア”の情報は、デミウルゴスも所持している。

 どんな魔法具(マジック・アイテム)でも使用可能な少年、魔法の習得期間が半分になる少女、エ・ランテルで最強の女剣士、トブの大森林にいた木の妖精(ドライアード)などなど。

 確かにモモンガ様が気に掛けるほどの存在ではない。“生まれながらの異能(タレント)”が未知の能力であること以外は、すべて簡単に対処できる内容ばかりだ。

 デミウルゴスからすると、重要視すべきなのは“生まれながらの異能(タレント)”持ちの少年一人だけだろう。だがそれも、モモンガ様の手を煩わせる必要などないのだ。デミウルゴスが運営しているスレイン牧場へ任せて頂ければ何の問題もない。牧場では様々な研究を行っているのだから。

 

「モモンガ様、何かお手伝いできることはありませんか?」デミウルゴスは“ここぞ”とばかりに気持ち一歩前へ出る。いつもなら即座に白い悪魔が邪魔をしてくるパターンであろう。だが、今日は何故か――珍しく不在のようだ。だからこそチャンスである。

 

「ふむ、そうだな。では若い女を百人くらいナザリックへ送ってくれ。健康なヤツをな」

 

「なるほど、繁殖を――いえ、品種改良をなさるおつもりなのですね」

 

 瞬時に答えまで辿り着き、悪魔的な笑みと共に、魔王様へ献上する人間の選別を思考する。

 

「特異なタレントを持つ少年は、神人の白黒女やシャルティアのペット、集めたレアの女どもと繁殖行為をさせるつもりだが、より多くのサンプルが必要になるだろうからな。『タレントは生まれに関係ない』が一般論だとしても、完全にそうだと決めつけるのは早計だ。より有能な種に改良できれば、別の答えが見つかる可能性もある。やる価値はあろう」

 

「流石はモモンガ様。仮にまったく無能の子供が生まれてきたとしても、一からナザリックの(しもべ)として教育し、武技や魔法の習得、成長限界についての研究材料にすることが可能です。なんと素晴らしい」

 

 感極まる、といった感じでデミウルゴスは声を震わせる。

 モモンガ様の御考えに触れることのなんと心地良いことか。傍に侍り、御計画の一端を見せて頂けることの幸福。やはり牧場への出向任務は恐るべき罰なのだ――と思わずにはいられない一時(ひととき)である。

 

「まぁ、先の話だ。それよりデミウルゴスの研究結果を聴こうか。まだそれほど日数が経過していないのだから、大きな進展はないと思うが……」

 

「はっ、確かに目に見える結果はまだなのですが、それに至るまでの枠組みは完成したかと」

 

 デミウルゴスは真剣な表情で、手にした報告書を差し出し、一つ一つを丁寧に解説する。

 巻物(スクロール)工場――法国の魔法詠唱者(マジック・キャスター)を集め、材料調達から製作までを一括管理させ、第一位から第三位階までの継続的な巻物(スクロール)生産を可能とした。

 水薬(ポーション)研究所――職人を集め、改良から開発、赤い水薬(ポーション)への到達研究など、現地における最大規模の実験棟構築。

 武技試練場――習得構造の解明、新技の研究開発、(しもべ)への習得実験も行うが、コキュートスとは真逆の広く浅く。また武技の歴史についても調査継続。

 素材探究所――現地の使える素材を探して確保する。枯渇に注意し、牧場周辺から調達。現在は人間種の肉体を分解研究中。なお、異種族間交配による品質向上計画も始動。

 軍勢召喚――大図書館の死の支配者(オーバーロード)や“ミマモリ”、配下の悪魔たちを使って、牧場の死体から下位・中位のアンデッドと悪魔を召喚。そろそろ一万に到達する頃合い。

 

「ふふふ、見事だな、デミウルゴス」魔王は何の含みもなく、純粋に目の前の悪魔を褒め称える。「勇者との決戦には多くの物資が必要だ。加えて、私に相応しい勇者を育てるためにも、スクロールやポーションの供給は不可欠。よくやってくれた」

 

「おおぉ……、もったいなき御言葉。このデミウルゴス、モモンガ様の忠実なる下僕として、牧場を価値あるモノへと推し進めてまいります。どうぞご期待ください!」

 

 大魔王様のお役に立つこと。それこそがナザリックに所属する(しもべ)の生きる意味なのだ。

 だからこそデミウルゴスは歓喜に震える。

 と同時に、自分と同じ想いであるはずの統括が、モモンガ様の傍にいないことを不審に感じてしまう。

 

「モモンガ様……」軽く周囲を見回してデミウルゴスは口を開く。「御身の執務室とはいえ、守護者級の者が一人も傍に控えていなかったのですか? アルベドの姿も見えませんが」

 

「ああ、ちょうど入れ替わりになっただけだ。アルベドはパンドラと共に、新チームの編成へと赴いている」

 

「新チーム、でございますか?」耳慣れない言葉を捕らえて、デミウルゴスは眼鏡をくいっと整える。

 

「先程決定したばかりだからな。まだ各守護者へ通知は届いていないのだろう。まぁ、そうだな。特別な任務をこなす特務チーム、とでも言えばいいのかな? アルベドの言葉を借りれば“ドリームチーム”となる」

 

 御方の説明に、少しだけ嫉妬の心が疼く。特別なチーム、モモンガ様のために動く特務チーム、ドリームチーム。

 なんとも甘美な響きであることか。

 その一員として働きたいと、思わずにはいられない。

 

「すばらしいお考えです。ナザリックの(しもべ)にとっては、最高の栄誉となる役目でありましょう」

 

「まぁ、最強のチームを作るのなら全守護者で構成するべきなのだろうが……。今のところはアルベドとパンドラ、ルベドに高レベルモンスター十五体、とそんな感じだな」

 

 構成メンバーに“ルベド”が入っているだけで、その本気度が伺える。

 ナザリック最強の個がアルベドやパンドラと共に動くのだ。たとえ起動時間に制限があったとしても、相手になるモノなどいるはずがない。

 

「それに守護者には、他にやってもらいたいことがあるからな」モモンガは感激しきりの悪魔へ視線を送り「標的の選定について意見を聞こうか? デミウルゴス」と別件についての話を切り出していた。

 

「はっ、私はアルベドと同様に、リ・エスティーゼ王国がよろしいかと具申いたします」

 

 デミウルゴスが魔王から頼まれていたのは『次なる標的の選定』であった。

 リ・エスティーゼ王国か?

 バハルス帝国か?

 ローブル聖王国か?

 竜王国か?

 それとも他の国か?

 襲いかかるべき国家について、滅ぼすべき国家について、情報を集めつつ精査していたのである。

 

「ふぅむ、王国かぁ。“侵略戦争”をしかける相手としては、あまり面白そうにも思えんが」

 

 侵略戦争。

 モモンガが大魔王として成すべき代表的な虐殺だ。

 魔王軍を率いて人間や亜人の国へ侵攻し、長き時をかけて殺しに殺し、屍を積み上げて、最後には王城を炎上させてハッピーエンド。

 場合によっては、王子や姫が抜け道から涙ながらに逃走するオプションもある。どこかへ落ちのびて魔王への復讐を決心する、というおいしいオマケ付きだ。

 魔王なら絶対外せないエピソードであろう。

 スレイン法国のように一日で滅ぼすのも悪くはないが、数ヶ月、または一年近くかけてじっくり蹂躙するのも、人の恐怖を煽る素晴らしい手法なのである。

 

「モモンガ様。アルベドやパンドラと共に調べましたところ、王国には恐るべき知恵者が居るようなのです。その者であれば、コキュートス率いる魔王軍を楽しませてくれるのではないか、と愚考するところであります」

 

「ほう、知恵者か」魔王は背もたれに体重をかけ、今回の侵略戦争に赴く総大将――コキュートスと、手勢である軍勢について思いを馳せる。「第一陣はナザリックの自動湧きアンデッドと牧場で召喚した下位の(しもべ)たち、第二陣は中位のアンデッドと悪魔、最後がコキュートス率いる高位の側近たち……か」主体となるのは、スレイン牧場で毎日地味に召喚していたアンデッドと悪魔だ。コキュートスの本陣は、ナザリック第五階層の防衛とモモンガ様の近衛を除く全ての配下を引き連れることとなっている。

 

「ならば、コキュートスには余計な情報を与えぬ方が面白そうだ。出来る限り己の力のみで進んでもらうとしよう」

 

「はっ、おおせのままに」

 

 

 

 

 かくして侵略戦争は始まった。

 鼻息の荒い蟲王(ヴァーミンロード)は自慢の武器を備え、吸血鬼(ヴァンパイア)の〈転移門(ゲート)〉から溢れ出す己の軍勢に酔いしれる。

 

「感謝スルゾ、友ヨ」「いや、牧場の死体を有効活用しただけさ、友よ。まぁ、すべてはモモンガ様の御指示なのだがね」「……わらわも頑張っていんすよ?」

 

 着々と準備は整えられ、魔王軍は溶岩で覆われた滅亡都市の残骸近辺に立ち並ぶ。

 総数は約一万程度。

 第一陣が最も多く、本陣が最も少ない。

 だがそれでも、王国に未来など無いだろう。コキュートスが率いる本陣の化け物たちは、最低でも『世界を滅ぼせる魔樹』に匹敵する。加えて魔王様直々の御命令なのだ。気合も十分過ぎるほどに高まっていよう。

 

「では健闘を祈っているよ」「アア、モモンガ様ノ名ヲ汚サヌヨウ、人間ドモハ完膚ナキマデニ叩キ潰ス。任セテオケ」「……少しぐらいは手伝ってあげてもイイでありんすよ?」

 

 綺麗に整列した魔王軍を前に、蟲王(ヴァーミンロード)は大魔王様の言葉を思い出す。

 

 ゆっくりと確実に侵略せよ。

 人間どもが恐怖を理解し絶望に至るまで、充分な時間をかけよ。

 全てを終えるまで、誰の助けも借りずに己で判断せよ。

 勝利せよ。

 

 蟲王(ヴァーミンロード)は歓喜に震え、遥か遠くにある王国の王城を幻視する。

 

「ソロソロ先触レガ到着スル頃カ」「……御勅命、ずるいでありんす」

 

 戦争が――始まる。

 

 

 ◆

 

 

 王国戦士長が行方不明であることを聞いた時は、驚くふりをしながらも『ようやく死んだか』と思ったものだ。

 私のクライムが戦士長の活躍を嬉しそうに語れば語るほど、殺したくて堪らなかった。だから、スレイン法国には感謝しかない。これで帝国も攻め易くなったはずだし、数年後には帝国の執務室で、政策のアドバイスなんかを囁いていられるだろう。もちろんクライムと一緒に。

 あの皇帝は私を殺したいのだろうけど、国益を考えれば絶対に生かすはずだ。クライムだけで私の頭脳を有効活用できるのだから、皇帝にとっては得しかない。

 そこに私情が入る隙は無いのだ。

 

「でも、どうして行方不明なのかしら?」

 

 戦士長の死を知らしめるためには、死体が必要だ。行方知れずにしてどうするというのか?

 復活を危惧しているにしても、頭部だけを残して身体をバラバラにすれば、ラキュースの魔法も効果を発揮しないだろう。

 スレイン法国の特殊部隊が、そのことを知らないはずがない。

 

「法国で発生した謎の大爆発が関わっているのかしら?」

 

 スレイン法国で発生したらしき大爆発、大地震、真っ黒なきのこ雲。

 どれが正しい情報なのかは置いておくとしても、問題が発生したのは間違いないだろう。それも極めて甚大な被害を及ぼす『想定外の何か』が起こったのだ。

 

「王国に潜入していた手の者も一斉に帰還したみたいですし、内乱? 戦争? エルフの国が切り札でも使ったのかしら?」多くの情報パズルを、複雑に幾通りも組み合わせては分解する。テーブルに置かれたぬるい紅茶を口に含み、愛しい忠犬の不在を嘆く。「……ふぅ、駄目ね。情報が足りないわ。なにか他に――え~っと、遺跡?」

 

 頭の中にある情報を整理し、兄から見せてもらったエ・ランテル都市長“パナソレイ”の緊急通知を思い出す。

 

「突然現れた遺跡、今までその場所は草原だった、見落としは考えにくい、アダマンタイト級冒険者を含む多くの者たちが近郊を通っているのだから……。ならば『突然現れた』は正しい? でも遺跡だけ? いえ、持ち主も共に現れた、としたら……」

 

 この世界に突然現れるモノで有名どころと言えば、物語でも取り上げられている“八欲王”が真っ先に思い浮かぶ。

 なにせあの天空城ですら、気が付けばそこに存在したというのだから……。

 建築途中の光景など、どの歴史書にも記載がなく、建築物資を運んだ記録もない。あれほどの巨大な建造物にも関わらず、数多の奴隷が動員され、昼夜を問わず働かされたという一文も発見できなかった。

 つまり八欲王は、どこからも物資を手配せず、人も雇わず、誰にも造っているところを見られずに、一つの城を天空へと配置したのだ。

 五百年の前のことだから、物語の中で創りあげられた妄想というのだろうか?

 いや、八欲王自身にしても、世界を滅ぼすほどの力を持った――それでいて全く無名の化け物たちがある日突然、八人同時に暴れ出す、なんて不自然にもほどがある。

 これはやはり、

 

「『突然現れた』と言ってもよいでしょう。だとすると、今回の遺跡は五百年前のような世界戦争の前触れ?」情報を一つ一つ組み上げてはその先を予想するも、根拠となるべき話があいまい過ぎて、未来を読み解くことなど出来るわけもない。

「はぁ、法国が管理している歴史資料を見せてもらえたら、話は早いのですけど……」

 

 王国の歴史は法国に及ばない。

 魔神と呼ばれる世界を破滅に追い込んでいた化け物――が討伐された後に建国されたのだから、精々二百年ほどであろう。

 貯蔵されている書物を全て読み込んでも、真実にはたどり着けない。

 

「なにかが起ころうとしている? 人知の及ばない、なにか……恐るべきことが?」

 

 リ・エスティーゼ王国の第三王女、ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフは、組み上げていた未来に余計な異物が入り込んだことを感じていた。

 無論、横やりの存在などは事前に想定済みではあったが、姿の見えない新たな異物は多少の修正で避けられるようなモノではない。情報のパズルが指し示すは、国家の未来すら打ち崩すであろう『何か』。

 それは生き物なのか、現象なのか?

 人が立ち向かえるのか、希望はあるのか?

 紅茶で喉を潤した可憐な王女様は、頭の中で使えそうな手駒を数えつつ、『数えるまでもなかったわね』とため息交じりの失笑を零す。

 それでもラナーは考える――自分とクライムが生き残るための方策を。そのためなら家族や王国民の命などいくらでも使い潰そう。悪魔の生贄に捧げてもよい。

 あんなゴミには、その程度の使い道しかないのだか――

 

「――ラナー様!」ノックをしないでよいといったのは自分なのだが、全力疾走しながら扉を引き開けるとは想定していなかった。クライムも少しばかり強引になってきたようで嬉しい限りである。「王城の正面門に異形の化け物が現れました! すぐに避難を!」

 

「化け物、ですか?」紅茶が入ったカップを片手に、こくんと首を傾げ、愛しい男の焦った表情を楽しむ。

 眉間に皺をよせ、厳しい空気と共に部屋へ入ってきた鎧を着込む若者の名は、クライム。

 王女様がこの世界で唯一愛する男であり、首輪をはめて一日中その瞳を眺めていたいと思う可愛らしい犬であった。

 

「はい、漆黒の一角獣に跨った黒騎士のような姿ですが、アンデッドかもしれません。街中を平然と進み、制止しようとした衛士隊を壊滅させ、真っ直ぐ王城まで来たとの報告が入っております。非常に危険な相手です。ラナー様は、国王陛下と共に避難してください!」

 

「大丈夫ですよ、クライム。城には近衛の方々もいてくださいますし、私には貴方がいるのですから」

 

 天真爛漫なお姫様のように無垢な笑顔でいくべきかと思ったが、衛士隊に犠牲が出ていることを考慮し、少し緊張気味の震える仔犬が無理をして笑顔を作っている感じで言葉を返し、怯えを含ませてクライムの手を握る。

 

「それで、黒い騎士様は何をしているのです? 何か話しましたか?」

 

「いえ、今のところは何も話さず、兵に囲まれたまま王城の前で――」

 

『――告げる!! 我は偉大なる御方、大魔王様に仕えしもの!! 死の騎兵(デス・キャバリエ)である!』

 

 響き渡る、人にあらざるモノの声。

 王宮の奥にある第三王女の私室にさえ届く、まるで魔法がかかっているかのような化け物の宣告に、少年と姫は静かに身を固める。

 

『聴くがよい! リ・エスティーゼ王国を支配する矮小なる者どもよ! 大魔王様は、汝らに宣戦を布告する!!』

 

 誇らしげに、高らかに、意気揚々と化け物は語り、手にしていた紋章入りの旗を掲げる。

 なお、紋章に見覚えはない。後で形状を聞いたラナー王女も首を振ったそうな。

 

『今日より数えて八日後! 魔王軍は、滅びの街エ・ランテルより進軍を開始する! 人間どもよ、必死の抵抗をせよ! 大魔王様に喜んでいただけるほどの、必死の抵抗を!!』

 

 その言葉を最後に、死の騎兵(デス・キャバリエ)は馬をかえし、元来た道へ悠々と帰り行く。

 当然ながら、周囲を囲んでいた王城の守備兵が道を開けるわけもない。手にした槍を隙間なく並べ、一気に突き刺そうと力強く踏み込む。

 

『なるべく的は残しておくように――との仰せ故、戦いは好まぬ。されど、我が帰還を邪魔するのであれば仕方なし』

 

 気合の入った兵士の掛け声が響き、不自然な静寂、一拍遅れて悲鳴が轟いた。

 クライムに寄り添ったままのラナーは、悲鳴の中に苦痛による叫びが無かったことを察し、反撃を受けた兵士たちが声を上げることもできずに殺されたのだと理解する。悲鳴を上げたのは、仲間のバラバラ死体を直視した周囲の兵士たちであろう。平和に慣れきった王城警備の兵士には、さぞ刺激的であったに違いない。

 







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