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なぜ強いチームには「心理的安全性」が必要なのか?──及川卓也×國友尚【後編】

  2018年10月5日

チームのメンバー全員が気兼ねなく自分の本音を伝えられる「心理的安全性」に、いま注目が集まっている。対談の前編では、心理的安全性の高いチームをつくるためには、こまめなフィードバックと「人ではなく問題に向き合う」考え方が重要だという話が交わされた。

では、心理的安全性が高まると、チームにはどのようなプラスの変化が生まれるのか──。後編では、MicrosoftやGoogleでエンジニア組織のマネジメントに携わってきた及川卓也氏と、Yahoo! JAPANやKDDIにて新規事業のマネジメントを手掛けてきたチームボックス Chief Experience Officerの國友尚がその核心に迫る。

自分が苦手なこと、嫌なことを「さらけ出す」重要さ

──前編では、日本人はどうしても「人ではなく問題に向き合う」ことが苦手で、フィードバックも「悪いところ探し」になってしまいがちだという話が出ました。チームでそういった状況が発生している場合、その空気をどのように変えていけばよいのでしょうか。

國友:やはり、自分自身で内省する時間をつくることです。例えば、小学生のときってみなさん鬼ごっこで遊んだと思うのですが、鬼として人を捕まえられたときは達成感があってとても嬉しい一方、捕まえられなかったときはすごくショックだったと思うんですよ。つまり、遊びの時間って実はネガティブな感情もたくさん受け取っているはずなんですけど、それでもなお、子どもはその遊びにハマるわけです。

仕事もまったく同じで、会社の中にいるとポジティブな感情だけでなく、いろんなことを感じ取っているはずなんです。でも、人って会社の中ではポジティブであらねばならないという思い込みが強い。だから、明るい社員、いい社員を無理して演じ続けて鬱になってしまったり、突然会社に来られなくなってしまうというケースが発生するんです。

仕事でも、本来であればイライラするときも悲しいときもあるのが自然な状態ですよね。まずは自分自身でそれを受け止められるようになることです。その上で、普段からチームでフィードバックをし合う文化があれば、「ここまで話していいんだ」「ダメなことも上司に共有していいんだ」という空気になる。チームボックスでは、苦手なこと、嫌なことを「さらけ出す」というのをキーワードとしてよく使っています。


國友尚(くにともたかし)
チームボックス Chief Experience Officer/慶應義塾大学研究員
2018年3月より現職。チームボックス以前は、放送、インターネット、通信業界にて、数千万人が利用するサービス開発、コンテンツ開発を行う。ヤフー株式会社、KDDI株式会社では部門長として組織横断プロジェクトを率い、数多くの新規事業を手がける。研究者としては日本創造学会論文賞受賞(2017年)、イノベーションデザイン、ヒューマンシステムデザインにおける独自の手法は国内外から注目を浴びる。

──チームで「さらけ出す」ことができると、やはり生み出すプロダクトや雰囲気、人の定着率にも変化が生じるのでしょうか?

及川:例えばエンジニアの仕事においては、プロダクト開発ってひとりでは完結しない、メンバーとの共同作業なんですよね。だから一体感がない組織は、基本的な方針やコードの書き方がメンバー間で共有されていないので手戻りがすごく多いんです。逆に、自分たちはチームだという意識を持てていればこういうことは起きないか、起きてもその都度その都度解決していけます。

人の定着率というところで言うと、定着率が悪い組織って企画サイドと開発サイドが完全に分離していて、同じ会社で働いているのに対立関係にあるんですよ。エンジニアの現場に限らず、企業によっては企画職と営業職が対立してしまっているケースもあるかもしれませんね。

前にも話題に出たアジャイル開発では、そういった現場を「部署を問わずひとつのチームにしましょう」という手法をとるんです。これは、心理的安全性が保たれている組織でないとうまくいかないですね。

「管理する」ことはマネジメントの一面でしかない

──では、心理的安全性の保たれた、「なんでも言い合えるチーム」をつくるために、リーダー職やマネージャー職についている人が今日から始められることはありますか?

及川:チームメンバーが、立場やレベルに関わりなくリーダーシップを発揮できるようにすることですね。例えば、これまでは会社に新卒の社員が入ってきたとして、1日1回「昨日はどこまで進んだ? 今日はこれをやっておいてね」と指示するようなやり方が主流だったと思うんです。

でも、それをやった瞬間に相手は受け身になってしまう。受け身になった瞬間、今回お話ししているような「自由に意見を言う」「自発的にアイデアを出す」ということはできなくなるんです。マネジメントと言うとつい「管理する」ことをイメージしがちなんですが、それはマネジメントの一面でしかないんですよね。


及川卓也(おいかわたくや)
株式会社クライス&カンパニー 顧問
早稲田大学理工学部を卒業後、日本DECに就職。営業サポート、ソフトウェア開発、研究開発に従事し、1997年からはMicrosoftでWindows製品の開発に携わる。2006年以降は、GoogleにてWeb検索のプロダクトマネジメントやChromeのエンジニアリングマネジメントなどを行う。2015年11月、技術情報共有サービス『Qiita』などを運営するIncrementsに転職。17年6月より独立し、プロダクト戦略やエンジニアリングマネジメントなどの領域で企業の支援を行う。17年9月、ヘッドハンティング・人材紹介を展開するクライス&カンパニーの顧問に就任。

國友:本来はチームメンバーの個々人にもリーダーシップというものはあるわけで、それをいかに育むマネジメントができるか、というのが重要ですよね。

ちょっと話は逸れますが、いまの20代、30代と話していると、大企業に勤めていてもリーダーになりたくないという人たちが本当に多いんですよ。それは、リーダーの上にばかり業務が降りかかってきて大変な思いをしているのを見てきたからだと思うのですが。

及川:上司が昇進した途端、つまらない仕事ばかりするようになってしまったのを見ていたら、「給料は高いかもしれないけど、自分は絶対にああなりたくないな」と思いますよね。本当は、チームが健全な状態であればマネージャーが現場の仕事から離れて部下の管理ばかりしているといったことも起こらないはずで、若手社員にとっても、マネージャー職が魅力的なものとして映るはずなんですよ。

メンバーが価値観を共有し合えれば、チームはうまく回り始める

──さきほど、メンバー一人ひとりがリーダーシップを発揮できるような組織をつくるためには、「さらけ出し」が重要だという話がありました。おふたりがこれまで見てきたなかで、リーダーが他のメンバーに弱点を話す、つまり「さらけ出し」をしたからチームがうまく行き始めたという例はありますか?

及川:自分自身のユーザーマニュアルをつくるという手法を見たことがあって、これはすごく面白いなと思っています。つまり、リーダー自身が自分について「機械的に物事を捉える傾向があるので、コミュニケーションがぶっきらぼうになることがあります。直そうとしているところなので、あまり気にしないでください」といった、欠点と捉えられるようなことを全部書き、それをチームメンバーに共有するんです。

もうひとつ、日本ではあまりまだ浸透していないのですが、「マネジャーアシミレーションプログラム」というやり方もあります。これは、チームに新しいマネージャーが入ったときに、チームメンバーがマネージャーについて知っていることや知りたいこと、自分たちについて知ってほしいこと、チームがフォーカスすべき問題……といったことを話し合ってまとめて、最後にそれをマネージャーに見せるというプログラムです。

マネージャーはそれを見た上で、今後どのようなアクションを起こしていくかをチームに共有するんですが、それもやはり自分と相手を知る方法としては有効だと思います。

國友:リーダー自身の取扱説明書や、チームビルディングのためにリーダー自身のことをメンバーに説明する機会というのは本当に大切ですよね。僕が実際にチームボックスでやっているのは「エピソードワーク」という、人生の価値観が転換したタイミングを3つ挙げてもらって、それを5分間プレゼンするというワークです。

人生のなかで価値観が劇的に変わった出来事について語ってもらうので、ひとつのエピソードにネガティブな状態とポジティブな状態が混在しているんですよ。自分のプレゼンのあとは、チームメンバーにひたすらそのエピソードについて質問してもらう。チームメンバーが5名だとすると、15分くらい質問攻めにあうわけです。話している側も、質問をされているとそのときの感情が蘇り、そのエピソードについて多角度で振り返ることができます。

それを3エピソード、約1時間続けると、「國友さんがこういう振る舞いをすることが多いのは、こういう出来事を経験していて、こんな価値観があるからなんですね」とチームメンバーも理解できるようになるんです。これを全員分おこなうと、一気にチームビルディングができてきます。周りが自分の価値観を知って受け止めてくれているという環境なので、「このチームのなかで自分はこの役割を担おう」といった役割分担も明確になってくる。

及川:そもそも「人生の転機」の話って、チームに心理的安全性がないとできないですよね。逆に言うと、マネージャーが率先してその話をすることによって、周りも過去の自分のことを話しやすくなる、つまり心理的安全性が生まれるという側面もあると思います。

──チームのなかには「さらけ出す」ことに慣れていなくて、自分にとって重要なエピソードを話すことに心理的な抵抗感を感じる人もいると思います。その抵抗を取り払うには、どうすればよいでしょうか?

國友:さらけ出しには強みと弱みのふたつがありますが、弱みのさらけ出しは多くの人が苦手と感じることだと思います。特に、大企業の優秀な社員ほど、自分の弱みはいかに隠すかを考える傾向にあるなと思いますね。

それを解消するには、やはりリーダーが「いかに自分が完璧な人間ではないか」「自分にはどの方面のスキルやスタンスが不足しているか」を率先してさらけ出していくことが大事です。これは日本のコミュニティの良さなのかもしれませんが、日本のチームは不足していることを理解すると往々にして「じゃあ、自分たちがどう助けようか」という方向に動きます。困っている人を手伝う文化があるというか。

似たケースで、人に仕事を依頼するのが苦手だという人もいると思うのですが、それは「自分が嫌な仕事は他の人も嫌がるはず」と思い込んでしまうからです。でも、本当は他の人はその仕事が大好きかもしれないんですよね。自分自身が苦手なこと、嫌いなことは他の人も同じだとは限らないんです。だから、まずはリーダーが自分をさらけ出すというのは本当に重要だと思いますね。

及川:さらけ出すという考え方は、会社の業績が悪いときにも必要ですよね。つまり、会社の状況が良くないと、その経営や運営の方法に社員が疑心暗鬼になってきて、経営陣とそうでない人たちとの間に溝が生まれてしまいます。でも、「自分はこう考えているからこの方針をとっているんです」というのを経営陣がメンバーにきちんと共有していれば、少なくとも疑心暗鬼になったまま社員が辞めてしまうというケースは避けられる。

Googleなどはまさにそういう組織で、何か大きな変化が起きるごとに社内チャットではかなり激しい議論が繰り広げられていると思います。会社の方針をメンバーみんなで共有し合って透明性を担保した上で、もしもそこに変更が必要ならば覚悟を持って変更する、というのはGoogleの美点ですよね。

國友:私が昔いたヤフーでも同じで、社内SNSのMYM(Slackのようなもの)ではみんな会社の現状に対して言いたい放題でしたね。いま会社ではこういうことが起きている、という問題提起がさまざまな人から自由に放り込まれるので、とにかく議論が白熱しているんです(笑)。

経営陣も覚悟を決めて、社員との対話の場を開こうということで各フロアに必ず毎週1回やってきていました。透明性をすごく大切にする文化がありましたね。

そのときも思ったのですが、「自分は本当はこうしたい」という気持ちを会社の人に打ち明けられる心理的安全性がない、というのが、社員の一番の退職理由になったりするんですよね。ヤフーではそれを「才能と情熱の解放」と呼んでいましたが、情熱を解放できずに胸のうちに留めてしまうのは会社にとっても絶対に良くないことなんです。

やはり多くの人は、自分の本当の思いを言いたくてもなかなか言えない。だからこそ、チームにとっての「言える化」、そして「見える化」は最重要なのだと思います。

執筆:豊城志穂 編集:中薗昴 写真:瀬野芙美香