​飲食店とお酒のいびつな関係

仕事帰りに晩御飯を食べようと思っても、居酒屋ばかりでお店選びに困ったことがある人は多いはず。下戸の人にとっては悩ましいこの問題は、なぜ起きてしまうのでしょうか? bar bossa店主・林伸次さんが、日本の外食産業の問題を考えます。

『孤独のグルメ』はなぜ面白いのか?

いらっしゃいませ。
bar bossaへようこそ。

先日、たまたまマンガ『孤独のグルメ』を読む機会があったんですね。すごく面白くて、どうしてこんなに面白いんだろうって何度も読み直してしまったんです。まず、圧倒的にお店の描写がうまいですよね。僕、飲食店を経営しているので、こういうマンガや映画なんかで「そんな言葉遣いをするバーテンダーいません!」とか「料理をそんな風には出しません!」ってことが、気になって気になってしょうがないんです。でも、この『孤独のグルメ』はその辺りの描写が完璧なんです。

それと気になったのが、主人公以外のお客さんを毎回丁寧に描いていて、主人公がその他の客の食べ方なんかを見て、「ああ、このお店ではこうやって食べるんだ」って学んでいるのもリアルで楽しい理由です。

でも、やっぱり僕が面白いと感じる一番の理由は、「主人公がお酒が飲めない」という設定なんです。主人公は「いかにも居酒屋という外観のお店」を前にすると、必ずちょっと躊躇するんですね。「ああ、こういうところではお酒を注文しなくてはいけないから、自分はお客として歓迎されているわけではないんだろうなあ」というような疎外感を持ってしまうんです。

それでタイトルをもう一度見ると『孤独のグルメ』とあります。「そうかあ、このマンガは酒中心にできている日本の飲食店の中で、酒が飲めない人という少数派が感じることを描いたマイノリティ文学だから、心に沁みて深く感動するんだ」ということに気がつきました。

前にもこのコラムで書いたように、日本の外食産業って、お酒の売り上げに頼っている割合がかなり高いんです。お酒をたくさん飲んでもらって、それで経営が回るように設定されているんです。例えば「飲み放題」ってありますよね。あれ、お酒をたくさん飲む人にとってお得なシステムのように感じられるのですが、実はお酒をあまり飲めない人たちからもちゃんと均一にお金を取れるように考えられたシステムなんです。

『酒好き医師が教える最高の飲み方』という本によると、遺伝子的に、白人と黒人はたくさんアルコールを飲める体質らしいんですね。でもアジア人は、5割がアルコールが飲める体質で、4割がそんなに飲めないのだけど何度も飲む練習をすると少しだけ飲めるようになる体質で、1割が全く飲めない体質なんだそうです。

要するに、日本人の半分が「お酒はそんなに得意じゃない体質」です。だから飲み放題にすると、半分の人が結局はそんなに飲めないので、たくさん飲める人が元を取ったしても、他の人は元を取れないから飲食店側は、ひとりひとりに好きなドリンクを注文されるよりも、全員から一律にお金をもらった方が儲かるようになってるんです。

美味しい飲食店を増やすには?

あと、基本的に日本の外食は「味付けが濃い」ですよね。たぶんみなさん気がついているとは思いますが、安いお店であればあるほど、ソースやマヨネーズや油や唐辛子やスパイスがたっぷりと使われていて、どんどんお酒が進むようになっているんです。飲食店側の人間としては経営上しかたないんです。どうしてももう一杯お酒を飲んでほしくて、あれこれ色んな策を考えているんです。

でも、上にも書いたとおり、実は日本人の半分は「お酒は強くない」んです。これ、常々不自然だなあと感じているんですね。なぜ、日本の外食産業はお酒に頼っているのか。きっとその答えは、料理が安すぎるせいだからだと思うんです。先日ニューヨークに行った人から「とんかつ定食が39ドルだった」と聞きました。すごく高いと怒ってるんです。たしかに日本だと、800円くらいで食べられるところがありますよね。

飲食業の原価は3割なんです。アメリカでちゃんとした豚肉とお米と小鉢とお味噌汁を用意すると、10ドルちょっとはしそうです。ニューヨークだと家賃も高そうだし、たしかに4000円くらいになりそうな気がします。でも日本はお昼はランチでとんかつ定食を800円に設定して、すごく安い食材にして、でも赤字ギリギリで、一度でもお昼に来店していただいて、お店を知ってもらって、また夜に飲みに来ていただいて、たくさんお酒を注文していただいて、そしてようやく回収という方式をとっているんです。

ちょっといびつですよね。例えば飲食店は「1000円の壁」というのがあるんです。お料理は1000円をこえるとガクンと頼まれなくなるんです。本当は良い料理人であればあるほど、もっと良い食材を使って1800円の焼き魚定食とか2000円の鹿肉のパスタとかをやりたいのですが、みんな注文してくれないんです。この「1000円をこえられない」という状況が、かれこれ30年くらい続いてるんです。

日本の外食、もっと料理を高くしても良いと思いませんか? お酒に頼る構造、変えた方が良いと思いませんか? お酒の売り上げで回収する必要のない高級料理店では、濃い味付けはせず、食材をいかした料理になっています。そして最近は、格安の居酒屋よりも、そういう店の方がお客さんが増えてきているそうです。おいしいお店が増えてほしいなら、もっとそういう店を使うといいかもしれません。

林伸次さん、はじめての小説。

ケイクス

この連載について

初回を読む
ワイングラスのむこう側

林伸次

東京・渋谷で16年、カウンターの向こうからバーに集う人たちの姿を見つめてきた、ワインバー「bar bossa(バールボッサ)」の店主・林伸次さん。バーを舞台に交差する人間模様。バーだから漏らしてしまう本音。ずっとカウンターに立ち続けて...もっと読む

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コメント

yucca88 使えるお金の中でケの日は楽しく節約して自炊、ハレの日は4000円〜7000円払って質の良いご飯とお酒を楽しむのが好きです。 飲食店とお酒のいびつな関係|林伸次 @bar_bossa | 約2時間前 replyretweetfavorite

y_kie 「日本の料理は安すぎる」「孤独のグルメはマイノリティ文学」に深く同意。。。 > 約2時間前 replyretweetfavorite

mikakofuse 日本の食は安すぎる。 約4時間前 replyretweetfavorite

ikb 『日本の外食、もっと料理を高くしても良いと思いませんか?』 約4時間前 replyretweetfavorite