バーチャルYouTuberがアニメや漫画のキャラとおおきく違う点って、キャラクターのアイデンティティーがかなりの部分で中の人の人格に依拠してるところだよね。
趣味の話になれば中の人の好きなアニメや漫画の話題が嬉々としてでてきたり、日常の話をすれば中の人の最近身近でおきた出来事がそのまま話されたり。
そういうの全部、「中の人の話」じゃなくて「キャラクターの話」として受け入れられるんだよね。本来のキャラクター設定にはない、想定したイメージにはとても似つかわしくないような話でも、「そういうギャップのある子なんだ」として回収される。
そうやってただ決められた台本を喋るんじゃない、中の人の人間性丸出しな内面話がそのアニメ漫画的な外観や設定と混ざり合うことで、生身の人間ともアニメや漫画のキャラともまた違う独特の、「キャラがそこに生きてる感」みたいなのを視聴者は感じるんだよね。
キズナアイはそうしたVtuberたちの中では、どちらかというと元々のキャラ設定に忠実なタイプだと思う。
たとえばキズナアイは二次元三次元のアイドルが大好きでこれも明らかに中の人の趣味なんだけど、そういう話をする時にも「けやき坂大好きだけど現実の物体に干渉できないから握手会にも行けないし悲しい」とか「見てみたい映画があるけどネット配信サービスにはないから見れなくって困ってる」とか、中の人の趣味の話題でも設定と矛盾しない形にしてライブ配信のフリートーク中でもごく自然な感じで出してくるから、「隙を見せないな」と見てて感心することもある。
他にもそういうAIとしての細かいロールプレイ(RP)を積み重ねることで、一見するといかにもアニメ的な自称AIキャラクターなんだけど、ただのキャラというには一個の人格としてあまりにも自律性があって、かといって中の人剥き出しかというとそうでもなくて、馬鹿馬鹿しいようだけど、見てるとたまに「キズナアイってもしかしてガチのマジで本物のAIなのでは…?」みたいな感じになってくるんだよね。
キズナアイのVtuberとしての主な活動はYouTube上での動画投稿で、そこで見る彼女の多くは「元気で明るくてアホっぽい自称スーパーAIのかわいい女の子」に見えるだろうけど、決してそれだけが彼女の全てじゃないんだよ。
ホリエモンとコラボしてホリエモンと絡んだってそれだけの理由で批判の嵐にさらされた時に「それでも自分はこの方向性はやめない」と語った、
別のVtuberの子を話題に出して、タチの悪いアンチが「そいつと関わるな」とイチャモンつけてきた時に「はっきりイヤだしそんな言い方はその子に失礼だ」とはっきり言い放ってくれたことも、
「自分の言葉が知らずのうちに誰かを傷つけているのかもしれない」とこぼしたことも、
全部キズナアイなんだよ。
決してただの薄っぺらな萌えキャラのアイコンでも、ただの相槌しかできない典型的アホの子キャラでもないんだよ。
騒ぎ立てた人たちはどこまでそれを理解していたのかな。もしかしたら「キズナアイの人格」なんて考えようとしたことすらないのかな。
キズナアイはネットめっちゃ見てるし今回の出来事もすでに把握しているだろうけど、彼女が深く傷ついていないことを祈るよ。