沖縄県知事選挙が終わり、玉城デニー氏が圧勝した。選挙への注目度は高かったように思うが、今後も普天間基地をめぐる問題は関心を集め続けるだろう。
それにしても問題をいたずらに矮小化する傾向があるように見える。沖縄が日本全体の中で特別に見えるとしても、それは誰のせいでもない。沖縄の運命のようなものだ。
国際政治学者であれば当然と思う認識が、目の前の政争の中で、見失われているかもしれない。右派と左派の感情的な対立を超えて見つめなおしたいのは、沖縄が持つ地政学的な運命である。
沖縄県が日本の中で特別であることは、その歴史を見ればわかる。
第二次世界大戦では激しい陸上戦が行われ、20万人とも言われるおびただしい数の人命が沖縄で失われた。沖縄戦のあまりの激しさは、アメリカの戦略に影響を与え、結局は本土侵攻が回避された大きな要因となった。
1951年サンフランシスコ講和条約によって日本が主権を回復した際、沖縄は取り残された。小笠原諸島の返還よりも遅く、沖縄の返還は1972年までずれこんだ。その間に、沖縄にはさらに特別なアイデンティティが刻まれることになった。
1972年に「沖縄返還」が果たされた後も、沖縄は過剰な米軍の存在に悩まされてきた。
こうした特別な歴史を沖縄が持つのは、なぜか。
それは、沖縄が、地政学的に特別な性格を持っているからある。
朝鮮半島と中国本土を封じ込める形で日本列島から台湾につらなる南西諸島の中央部に位置し、南西諸島で最大の面積と人口を持つのが、沖縄本島だ。その地政学的な重要性は、地図を少し見るだけで、誰でも簡単にわかるだろう。
もちろんその重要性は、人類の技術力が低く、海軍力や空軍力がこの地域にほとんど存在していなかった時代であれば、違うものであった。しかし19世紀以降、沖縄にふりかかる運命は、非常に苛烈なものになった。
特別な重要性を持つからこそ、沖縄は西太平洋と東アジアの覇権をめぐる太平洋戦争で激しい戦場となり、アメリカは沖縄から撤退しようとはしないのである。
終戦直後、大日本帝国軍の武装解除を指揮したマッカーサーは、日本の安全は、沖縄に常駐する米空軍によって十分に確保されるという見通しを持ち、そのような政策をとった。日本国憲法の平和主義を強調できたのも、沖縄に巨大な米軍が存在していればこそであった。
このような地政学上の運命にもとづく沖縄の位置づけは、2018年の今日になっても変わらない。
残念ながら、米軍基地の問題は、何人かの政治家の決断や思い付きなどによっては消滅しない。朝鮮半島の不安定、中国と台湾の間の緊張関係、そして米国と中国という超大国間の緊張関係などがなくなるまでは、沖縄問題はなくならない。
沖縄の基地問題の解決の王道は、東アジアの安全保障環境の劇的な改善でしかない。安全保障環境の改善さえ図られれば、沖縄にも必然的に変化が訪れるだろう。しかし改善が果たされるまで、基地問題は続いていかざるをえない。