日曜日の夜、癇癪をおこして長い時間泣きわめいていた娘。
泣き叫んだり、台風で荒れた外に出ようとしたり・・・、
落ち着いて眠りについたのは、たぶん11時をまわってからでした。
(夫はムスッと布団を頭までかぶって、先にイビキをかいていました・・・)
翌日は睡眠不足でまたご機嫌ナナメになるかな、と思っていたのですが、
なぜか朝も晩も上機嫌。
いつも以上に「ママ大好き」を連発してくれました。
と、思いきや、
火曜日の朝、起きた瞬間からめそめそ泣いており・・・。
いったんは機嫌をとりもどして朝ごはんをたいらげたのに、
また歯をみがきながらめそめそ泣き、
服を着替えながらめそめそ泣き、
「どうしたの?」ときいても泣いているし、
「いやことがあるの?」ときいても泣いているし、
「なんとなく悲しいの?」ときいても泣いています。
やれやれ。
私は苛立ちをどうにかこうにかおさえながら、時計をちらちら確認。
「もういいや。泣いてるだけじゃわからないけど、
理由、言いたくなかったら言わなくていい。好きにしなさい。
だけど保育園には行ってもらうからね」
と、大げさにため息をついてみせると、
「あのな、だってな、パパがな」
と、ようやくぽつりぽつりと話しはじめました。
「うんうん」と耳を傾けてきいてみるのですが、
どうも言っていることはちぐはぐで、
強引にこじつけているとしか思えない内容。
ふむふむ。
泣いているうちに、自分が泣いている理由がわからなくなったのね。
そして、誰かのせいにしたくなったのね。
あるある。
なんらかの理由で泣いてしまって、
なぜかどんどん加速して、涙も嗚咽もとまらなくて、
苦しくて、なにがなんだか分からなくなって、
そのうちに、どうして泣いているのかさえ分からなくなって、
まわりの大人はざわざわあわてふためいているのに、
泣き止むタイミングも分からなくなって・・・。
子どものころ、確か私がそうだったなぁ。
よく癇癪をおこしていた私は、「お父さんに似ている」と言われていました。
自分の気持ちをコントロールできずに
”酒と家族と女”に甘える「父」に似ているという
周囲と私自身がつくりだした自画像に、
いったいいつまで振り回されていただろう。。。
な~んて、思い出しながら、
娘のおかしな言い分に「うんうん、そっかそっか」と返事をし、
せかせか着替えを手伝った朝でした。
ところが・・・
それはもう、とてつもなく的外れだったのです。
その日の夜、帰宅してすぐ、
いつものように慌しく晩ごはんの準備をしていると、
いつものように娘が近づいてきて
「ママ、これとこれどっちがいい?」ときいてきました。
バタバタと作り置きを盛り付けながら、
適当に「こっち」と答えると、娘はみるみる顔色をかえて、
「それやったら、●●(自分の名前)とちがう方やん。●●とちがっていいの?」
と悲痛な声を出しはじめました。
ヤバイ、またご機嫌ななめだ、と察知した私は、
手をとめ、あわててもう一方の方を選びなおします。
が、もう娘の耳には届きません。
「それやったら、ママともう一緒に暮らしていけないやん。
べつべつに暮らしていかないとあかんのや。それでもいいの?」
と突拍子もないことを言っています。
もう、何がなんだかさっぱり分かりません。
どれだけなだめても、首をぶるぶる横にふって、
泣き叫んで、「もうイヤだ」と寝室に逃げ込んだり、また戻ってきて、叫んだり。
抱きしめてもふりほどくし、何を言ってもきこうとしない。
「どうしたの。ママは●●とずっと一緒にいるよ。
はなれて暮らすなんてないよ。
なにか嫌なことがあるならちゃんと言って」
という私の声は、大きな泣き声でかき消されます。
さんざん泣き叫んで、意味の分からないことをまくしたてたあと、
最後のとどめのように娘が発した訴えに、私は息をのみました。
「どうして、いつもいつも●●が
ママのかわりにパパにお願いしないとダメなんよ」
切実な娘の叫び。
はっきりと意味の分かるものでした。
そう、私はいつも夫に言いにくいことを、娘をとおして伝えていたのです。
「トイレの電気がまたつけっぱなし。ちゃんと消してって、パパに言っておいて」
「これあっちに運んでって、パパにお願いして」
「片付けるようにパパに伝えて」
「ママひとりで何もかもやってたら、倒れちゃうからね。
みんなのうちなんだから、パパも●●も一緒にきれいにしようね」
パパに、パパに、パパに、パパに、パパも。。。。
余裕がなくなればなくなるほど、
夫への苛立ちが募り、でも直接伝えることを放棄して、
娘を通してその苛立ちをぶつけていたのです。
娘はその度に、使命感に燃えるようにいきいきとした顔で、
だだだだだ~っと夫のもとに走っていって、伝えてくれていました。
それをいいことに、私は調子にのって、
あたりまえのように、娘経由で、夫に不満をぶちまけつづけ・・・。
心の奥底ではいつもひっかかってはいたのですが、
夫に対する不満をうち消すこともできず、
直接伝えると返ってくる不満げな顔を想像して怯え、
まだ5歳の娘に甘えていました。
娘はたったひとりで、その小さな体で、
理不尽きわまりない重い任務をずっと背負わされていたのです。
「なんで、いつも●●ばっかり、パパに言わないとあかんのよ」
金きり声をあげる娘に、
「ごめんなさい」
私は、大声であやまりました。
ぴたっと泣きやむ娘。
「ごめんね。本当やね。●●の言うとおりやね。
言いたいことがあるなら、ちゃんと自分で伝えないとダメやんね。
パパとまた喧嘩になるのがこわくて、自分で言えなくなってた。
ごめんなさい。本当にごめんなさい」
何度も何度もあやまりました。
「いいよ」
娘は小さな声でそう言って、ぎゅっと抱きつきにきてくれました。
聡明で繊細で優しい娘。
なんだか分からないけど泣いているんだろう、なんてとんでもない。
私ときたら、なんてとんちんかんだったんだろう。
そうだった。
幼き頃の私も、理由がなくて癇癪をおこしていたわけじゃなかった。
悲しくて、淋しくて、辛くて、涙がでて、とまらなくて、混乱して、
どうしたらいいか分からなくなって。。。
『お父さんに似た自分』をダメな子だと思っていたあの頃の私を
できればぎゅっと抱きしめてあげたい・・・。
今をちゃんと生きていれば過去は塗り替えることができる、と思っています。
だけど、子ども時代にできた心のしこりは、
隠しても、忘れても、ひょっこり顔をのぞかせる。
守るべき娘の心に、しこりを日に日にこしらえていた私は、本当におろかな母親でした。
反省・・・・・
をしていたのですが、
また、その翌日、よく分からないことをまくしたてながら、
娘がぎゃーぎゃー泣き叫んでいました。
・・・・・・。
「いい加減にしないと、もう口きかないよ」
娘の金切り声に、私の怒鳴り声がかぶさり、にぎやかな我が家です^^