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【社説】

週のはじめに考える 雨を感じる者として

 秋分もすぎて、天文学上の定義でも、ついに夏は去りましたが、顧みれば、獰猛(どうもう)な、とでも表現したくなるような、自然の脅威にさらされた夏でした。

 まずは、言うまいと思えど、今夏の暑さ、です。

 東京都内や名古屋市で観測史上初めて最高気温が四〇度超え。七月二十三日には埼玉県熊谷市で四一・一度と国内最高気温が更新されました。

 その日、気象庁は連日の高温について異例の会見を行い、「災害と認識している」と。熱中症などで亡くなる人が続出し、テレビで連呼された「命にかかわる危険な暑さ」というフレーズも、大げさには聞こえませんでした。

◆この夏、自然の脅威

 そして、「過去に経験したことのない雨」という言葉も大げさではなかった。七月初旬、九州から岐阜県までの広い範囲で被害をもたらした西日本豪雨。気象庁は「数十年に一度の大雨」を警告する特別警報を過去最多の十一府県に発出。河川氾濫、土砂災害が多発し死者は二百人を超えました。

 台風も、また。連絡橋にタンカーが衝突したり滑走路が浸水したりした映像は衝撃でした。21号が徳島、ついで兵庫県に上陸したのは今月四日。最大風速四四メートル以上の「非常に強い台風」が上陸したのは二十五年ぶりです。死者は十人を超え、関西を中心に大きな被害が出ました。

 そして、六日には北海道で震度7の大地震が。

 大規模な土砂崩れが発生した厚真町を中心に、死者四十人を超えるなど甚大な被害。住宅の全半壊は約千棟、全道を停電が覆うブラックアウトも出来(しゅったい)して、暮らしは大混乱に陥りました。

 この夏を振り返れば、私たちは本当に何というやっかいなところに暮らしているのだろうと、改めて思わずにはいられません。

◆猛暑、大雨、台風、地震

 気象庁のデータを瞥見(べっけん)すれば、例えば夏の台風は、ざっと発生数の半分が列島に接近、その半分が上陸といった感じでしょうか。今も新たに24号が…。偏西風や気圧配置からそうなるだけだと聞いても、何か腹に落ちない。どうしても台風は日本列島を目指してくるような気がしてしまいます。

 「日本人であるということは、どうやら多くの自然災害とともに生きていくことを意味しているようです」。作家の村上春樹さんは二〇一一年にカタルーニャ賞を受けた時、大震災や毎年のような台風被害にふれたスピーチでそう語りましたが、まさに、です。

 確かに、テクノロジーは素晴らしい。科学技術の進展がどれほど減災に貢献してきたか分かりません。でも、自然そのものを力ずくでどうこうはできない。ほぼ半世紀前、大阪万博で大人気だったパビリオン、三菱未来館で見た「未来には実現する」技術の映像では、確か、ジェット機が台風の目に爆弾のようなものを投下して台風を消滅させる…。幸か不幸か、そんな未来は来ていません。

 それでも、はるか昔から、人々がこの地でどうにかこうにか生きてこられたのは、自然とうまく折り合いをつけてきたということでしょう。パスカルの『パンセ』じゃありませんが、自然に比べれば人間は弱い、ちっぽけだと自覚しているからこその強さ。強面(こわもて)でなく柔らかい物腰、対峙(たいじ)というより対話するように自然とつきあってきたのだという気がします。

 例えば、平生は恵みの雨だが、時に猛(たけ)り狂うこともある雨。なのに「篠突(しのつ)く雨(激しく降る雨)」「私(わたくし)雨(ごく局地的な雨)」「一篩(いっし)の雨(篩(ふるい)で粉をひとふるいした程度の少雨)」など、それだけで本が一冊できるほど(実際にあります)多くの凝った名前をつけて、愛(め)でるように接してきたことにも思い当たります。

 <雨を感じる者もいれば、ただ濡(ぬ)れるだけの者もいる>とは、誰か西洋の人が言った言葉ですが、身びいきを承知で言えば、私たちは、断然、前者でありましょう。

 そして、人々のそういう柔らかな心性とも、あちこちでぐらぐらする柔らかい国土とも決定的に相性が悪いと思うのが、原発なのです。そう、この歌が静かに訴えるように。<やはらかきふるき日本の言葉もて原発かぞふひい、ふう、みい、よ>高野公彦。

◆柔らかく、しなやかに

 北海道地震で、泊原発の外部電源が一時喪失した時、あの福島の記憶、自然をねじ伏せようとする営みが脆(もろ)くも崩れた記憶が苦く蘇(よみがえ)ったという人もおられましょう。今回は活断層でない断層がずれたともみられ、「原発は活断層の上には造らない」というルールの意味も揺さぶられています。

 この美しくも災害だらけの国でしぶとく生き抜いていく。それには自然と、柔らかく、しなやかにつきあっていくほかないのです。

 

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