安定の初手〈
今現在、エンリ・エモットは死を覚悟していた。突然現れた騎士達に村が襲われ、両親は自分たちをかばって立ち向かった。
エンリは妹であるネムの手を引いて必死に森の中へと走ったが、ただの村人でしかない自分たちでは鍛えられた兵を相手に逃げ切れるはずもない。
すぐに追いつかれて背中を切りつけられる。その衝撃と痛みで地面に倒れこみ、せめて妹だけでも助けなければとその小さな体に覆いかぶさる。
そんな思いも虚しく無情にも背後から剣を振りかぶった騎士が近づいてくる。エンリは恐怖に耐えながら目をつぶり、最後の瞬間を待った。
「・・・?」
しかしいつまでたってもその瞬間が来ない。エンリが恐る恐る目を開けると、目の前に”死”が立っていた。
◆
まるで闇を切り取ったかのような漆黒のローブを纏い、左手には神々しくも禍々しい杖を携えたその体には皮も肉は無いが、空であるはずの眼窩には濁った赤い炎のような揺らめきがある。その背後には光を拒絶するかのような黒い門のようなものが広がっている。
それと”眼”が合った瞬間エンリは理解した。先ほど感じた死の気配などただのまがい物であると。そう、目の前の存在こそが”死”そのなのだと。
同時になぜ剣が振り下ろされないのかがわかった。きっと背後の騎士もまた、エンリと同様に動けなくなっている
「・・・あ」
エンリが呆然としていると、目の前の”死”は空いている右手でエンリ達を抱きかかえて静かに門の中へと戻っていく。
突然の事ではあったが不思議とエンリは落ち着いていた。思考が麻痺していたのかもしれないが、心の中で(これから黄泉の世界に連れていかれるんだなぁ)などとぼんやり考えていた。
◆
門を抜けると、その先は予想に反してまた森が広がっていた。そこはエンリにも見覚えがあり、先ほどの場所からそう離れていない。そして”死”が優しくエンリ達を地面に下すと言葉をかけてきた。
「え、えっと・・・大丈夫ですか?多分もう安全だと思うんですけど・・・あっ・・・け、怪我してるんでしたね!?えっとポーション・・ポーション・・・。」
見た目に反してやけにおどおどとした声がしたと思ったら目の前の”死”の右手が空中に消える。・・・いや、よく見ると手首のあたりに先ほどの門のような黒い空間が存在している。「えっと・・・どこやったかなぁ・・」などと言いながら腕を動かしている様子は、袋の中を手探りで探っているかのように見える。
やがて右手が引き抜かれるとその手には小さな瓶が握られていた。それは非常に繊細な細工が施されており、まるで香水瓶のようだ。その中は真っ赤な液体で満たされている。
「っ・・血!?」
思わず口から言葉が漏れると、慌てたような声が返ってきた。
「だ、大丈夫です・・・ただのポーションですから・・・。えー、飲めますか?」
何も返答できずに固まっていると、「無理みたいですね・・・えっと・・すいません・・失礼します!」という言葉と共に、瓶の蓋が外され、その中身がエンリに降り注がれた。
「っ・・ひ!?」
全身に赤い液体が降り注ぐと同時に、背中の痛みが消えていく。
「うそ・・・」
背中に触ると、服は切り裂かれたままだが、その下にあるはずの傷は嘘のように消えていた。
「よ、よかった~。あー・・・これでもうあなたたちは助かった・・・と思います」
その言葉に振り向くとそこには先ほどと変わらぬ”死”が立っている。そしてエンリは以前薬師の友人に聞いた話しを思い出していた。
『ポーションは作る過程でどうしても青い色になっちゃうんだよ。でも本当の完成されたポーションは赤い色をしていて、”神の血”って呼ばれてるらしいんだ。それを作るのがすべてのポーション職人の夢なんだよ。』
エンリに振りかけられたポーションも赤い色をしていた。そしてその効果は実感したばかりだ。しかし目の前の存在は神どころかその逆の”死”そのものに見える。死・・・神・・・・。
「・・・あ、ああ!」
その瞬間エンリの頭に昔村に来た宣教師の言葉が蘇った。
『生と死は表裏一体なのです・・・。神は役目を終えた命を摘み取り、死を与えます。しかしそれは終わりではありません。それは神の手により新たな命となり、またこの世に生れ落ちるのです。そんな生と死を司る神の名は---』
「死・・・神・・様・・・・」
そんなエンリの呟きに目の前の”死”改め”死神”は「ぅん?」と頷く。
「あ・・・あの!あなたの・・いえ!あなた様のお名前は!?なんとおっしゃるのでしょうか!?」
「え?名前?ああ、はい・・・私”鈴木悟”といいます。」
原作で〈
一般人だったら戦わずに即逃げるよなあ・・・と思って。